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川中島合戦(1) 貞吉の御馬揃
しおりを挟む・1547年(貞吉五年) 四月 山城国 京 六角定頼
黒山の人だかりが左右に広がる中、都大路を兵馬が粛々と進んでいく。
この行列は内裏の東側を抜けて北に上り、下賀茂神社の脇をかすめて東大路を南に下る。京の町の東側をぐるりと一周し、そののちに東山を越えて近江に入り、観音寺城へと至る行列だ。
先頭は滝川一益率いる近畿鎮台軍の組頭達が務め、二番に三好長頼と阿波・摂津衆が進む。
三番は朽木貞綱率いる丹波・若狭衆、四番に海北綱親の西国鎮台軍、五番に六角賢頼と播磨・備前国衆、その後から近衛前久、織田頼信らを含む公家衆と続き、最後尾を俺が進んだ。
もっとも、西国鎮台軍は今回の信濃出陣には参加しない。
西国はまだ完全に安定したわけでは無いし、九州への備えも必要だ。その意味では、三好にも今しばらく四国の安定を図ってほしい所だったが、賢頼からも三好の出陣を要請する声があったために三好・朽木には出陣を要請した。
まあ、土佐の一条とは今のところ関係も悪くないし、不意を突いて阿波に攻め込めば土佐攻めの絶好の口実を与えることになるのは向こうの方が良く分かっているだろうしな。
出来れば馬揃えには斎藤や大原頼保らも参加させたかったが、前線を守る者を呼び戻すわけにもいかん。
長尾との戦が済んだら、凱旋の意味も込めて改めて馬揃えをしてもいいかもな。
斜め前を進む進藤貞治が太ももの内側を両手で押し、股関節を広げる動きを見せる。
お互い、歳を食った。俺ももはや、馬に乗るのが苦痛に感じるようになっちまった。
……いや、昔からあんまり馬は好きじゃなかったな。
若い頃はケツが痛いのが辛かったが、今じゃ股関節が痛くて辛い。
「何か可笑しゅうござるか?」
「いいや。お互いもう若くないなと思ってな」
「……左様ですな。大本所様(六角定頼)も某も、随分とくたびれ申した」
「そこは嘘でも『まだまだ若々しくおわす』とか言ってくれよ」
「ははは。御本所様(六角賢頼)も随分と頼もしくなられました。あまり年寄りが張り切り過ぎても仕方がありますまい」
「それはそうだ」
二人で軽く笑い声をあげる。
今回の戦は賢頼に総大将を任せ、俺はある程度後方で控える予定だ。西国攻めではあくまでも副将格だったが、そろそろ賢頼を本格的に立てていくつもりだ。
「ですが、庶人にとってはいささか期待外れだったやもしれませんな」
今回の馬揃えは出陣式も兼ねているから、華やかさ一辺倒ではない。むしろ、鎮台軍などは実戦を見据えた揃いの具足を着こみ、槍や鉄砲なども『魅せる』物ではなく『戦う』ためのものを持参させた。
近頃戦が遠のいた京では、羽目を外した若者らが酔って暴れる事案も多く発生している。そういった風紀を引き締める意味でも実戦部隊の行軍を見せるのは良いアピールになるだろう。
それでも、左右に居並ぶ人々からは歓呼の声が聞こえる。この辺りは、京都奉行の根回しが上手く行っているな。
内裏に到着すると、馬を降りて軒下の砂利に跪いた。
見物人が見守る中、帝から下賜された太刀を両手で捧げ持つ。故実にちなみ、出征前に帝から改めて軍の指揮権を委任された証を庶人に見せる形を取った。
これで、『今回の征伐目標である足利義輝は正式に朝敵となったのだ』と庶人は理解するだろう。噂が広まれば、関東で気勢を上げる足利勢にも多少の動揺が走るはず。
亡き近衛稙家には少々気が咎めるが、義輝があくまでもこちらに対抗して来る以上、打てる手は打たせてもらう。
関東に攻め入った足利勢は順調に勢力を伸ばし、今や明白に北条を圧迫している。今少し北条にも働かせようと思ったが、これ以上放置すれば北条を食いかねないと判断した。
今のこちらの優位性は支配地域の大きさもあるが、何よりも関東と畿内で信濃・越後を包囲しているという点だ。
後方を脅かす北条が居ればこそ、時間を味方に付けられる。
長対陣になればなるほど、後ろにも敵を抱えているというプレッシャーは足利勢に重くのしかかっていくはずだ。
行列が内裏を出て下賀茂神社に差し掛かる。
さて、あと半分だ。
早く輿に乗り換えたいもんだな。
・1547年(貞吉五年) 四月 近江国蒲生郡 観音寺城 宇喜多直家
「こたびの戦はひとつ信濃を平定する戦に非ず! 帝の威を畏れず関東にて自儘に振舞う逆賊、足利義輝を討つための戦と心得よ!」
御本所様(六角賢頼)の一声に五万の歓声が答える。
士気は充分。兵糧・弾薬の支度も申し分無し。昨年のうちに軍を進めておれば、ここまで支度を整えることは叶わなかったかもしれん。
しかも、此度の戦は御本所様が先手の総大将を務められる。名実ともに、六角家の後継者としてお立ちになる戦だ。
何としても負けるわけにはいかぬ。お側に仕える儂の胸も震えるわ。
続いて鬨の声が響き、軍勢が東に向かって移動し始める。
高欄の縁に立っておられた御本所様も広間に戻って来られた。
広間の上座には大本所様(六角定頼)が座し、対面左側に三好筑前殿(三好頼長)、右側に朽木宮内殿(朽木貞綱)が並んでいる。
お二人の間の中央に御本所様が座られ、お三方が揃って大本所様に対面されている形になった。
「では父上、お先に参ります」
「うむ。くれぐれも緒戦には気をつけよ。うかと誘いに乗らぬようにな」
「ハッ!」
お三方が一斉に立ち上がる。一拍遅れて儂を含むお三方のお側衆も立ち上がった。
鎧のこすれ合う音が響き、辺りが一時騒然となる。
長尾が関東に兵を向けたことを受けて小笠原は林城を落ちたし、村上も既に砥石城まで兵を退いていると聞く。砥石城、葛尾城を抜けば、春日山を指呼の間に捉えることができよう。
大本所様はああ言われたが、今や春日山は足利の中核を為す長尾景虎の急所であるのは間違いない。
長尾が上州から来るか、それとも越後から来るかによっても変わるが、なるべくなら相手の機先を制したいものだな。
・1547年(貞吉五年) 四月 甲斐国山梨郡 府中 木下藤吉郎
おや?
なにやら、府中が随分と賑わっておるな。市場の客もいつもより多い気がする。
いつもの店に入ると、普段はちらほらと客の姿があるだけの店にも大勢の客が詰め掛けていた。
「毎度どうも。塩を届けに参りました」
「おお、いつもの小僧か。生憎いま手が離せん。すまんが、裏に回って荷を倉に下ろしておいてくれ」
「へーい」
亭主に言われた通り裏に回り、女房殿に倉を開けてもらった。
倉の中には、塩だけでなく米や武具、古着など雑多な品物が乱雑に置かれている。
「随分とたくさん仕入れをなすったんですなぁ」
「それがねぇ。年の初めに躑躅が崎の御屋形様(武田晴信)が駿東郡で戦をなさったんだけど、随分と利得があったらしいのよ。
戦に行った百姓が色々と手に入れたとかで、それを売りに来ているんだよ」
ははあ。戦で奪った品物を銭に換えに来たということか。
それは忙しくなるはずだ。
「でも、こんなに買い取ってお店の銭の方は大丈夫なんで?」
「それが、今度は信濃で大戦が始まるってんで、仕入れた品物は次から次に飛ぶように売れていくんだよ。おかげでウチも大儲けさ」
ほうほう。やはり戦は儲かるんじゃなぁ。
かか様は戦を嫌がっちょるが、商いの基本はモノを動かすことじゃ。
甲斐には塩が足りんから、塩を持ってくる。すると、銭になる。特に戦場は生き死にの場所だで、相当な高値でも買わねば死ぬとなれば買う者は居るはずじゃ。
そんじゃあ、戦場で足りんものっちゅうと……なんじゃろうか。
「おう、すまんかったな。客がなかなか引かなくて」
「ああ、旦那さん。お指図通り、倉に塩、入れときました」
「ご苦労さん。これは塩のお代だ」
「こ、こんなに?」
旦那さんから渡された銭は、いつもより相当多い。
塩の値が下がって来た今では、有難いことじゃ。
「ウチも今随分と儲かってるから、色をつけさせてもらったよ。近頃は塩の値も下がって来て、お主が運んでくるのを嫌がるんじゃないかと心配もしてたしな。
これから戦で塩もどんどん必要になる。もっともっと運んできてくれな」
「へ、へい! ありがとうございます!」
やはり、戦は儲かるんじゃな。
折角だで、もうすぐ信濃で起こる戦っちゅうのも見て行くかぁ。戦を見れば、戦場で何が足りんようになるのかも分かるじゃろう。
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