大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久

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第1章 南海の覇者

第4話 広南国の交易官

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 俺と太郎右衛門、利左衛門、宗助はカンボジア経由でアユタヤへ向かっていた
 背に籠一杯のジャガタライモを背負って…

「おい」
「日が暮れぬうちにこの山を越えたい。急ぐぞ」
「おい」
「宗助。商人に扮するなら、刀は隠しておけ。いらん厄介ごとを招くぞ」
「おい」

「…なんだ、うるさいな」
 頭を掻きながら太郎右衛門がこちらを向いた

「何故お前は籠を背負わん」
「俺は行商用の馬を持っている。お前達は持っていない。
 その違いだ」

 俺と利左衛門、宗助の三人は籠を背負って汗だくだが、太郎右衛門は馬の背に荷物を乗せていて涼しい顔だった


「そもそも何故荷を背負わねばならん。目的は商いではないのだろう?」
「兵に見とがめられた時、なんと言い訳する?」
「…」

「心配せんでも、明日にはアユタヤだ」


 ホイアンを出発してからもう30日が経っていた
 宗助はすでにバテて舌を出しながら歩いている

 気持ちはわかる。とにかく、暑い





 アユタヤの宿に着いてようやく人心地ついた
 こっちの米は日本の物とはちょっと違うが、さっぱりとして悪くはなかった
 ただ、手で食べるのだけはまだ馴染まんな…

「俺は少し聞き込みをして来る。お前たちは今日一日宿で休んでいろ」
 そういい置くと太郎右衛門は単身出かけて行った

 夕刻になって戻って来た時には、三人の男達を連れていた


「アユタヤの日本人町で山田長政殿の配下だった者たちだそうだ」

 代表格の男が進み出る
「拙者、山田やまだ知政ともまさと申す。長政様の甥でござる」
「長政殿の… よく一緒に殺されなかったな」
「拙者はアユタヤで留守居をしておった。また、町が焼き討ちに遭った時には住民を連れて山へ逃げ申した。今も山地に200人ほどが隠れ住んでござる」

 他の二人は交易従事者とキリシタンをそれぞれ代表して来たそうだ


「何故長政殿が謀殺されたか、知政殿はご存知かな?」
 利左衛門が知政に尋ねる

「叔父上は前国王のソンタム様に厚いご信任を頂いておられた。二度にわたるイスパニアの侵攻を撃退した功でな。

 …ところが、ソンタム様が亡くなられると叔父上はソンタム様の遺言に従い、チェーター親王様を盛り立てようとなされたが、シーウォーラウォンと申す臣が親王様を弑し、王位を簒奪せんとした。

 叔父上は先王の意志を守るべく抵抗したが、華僑共の圧力に負け南部のリゴールに左遷され、かの地で謀殺されたのだ。

 憎むべきはシーウォーラウォン… いや、今はぬけぬけと王位に就き、プラーサート・トーン王を名乗っておる。
 先王からチェーター親王様を託されておきながら!なんたる逆賊!」

 知政が拳を膝に叩きつけた

「つまり、敵はアユタヤの宮廷にはびこる華僑、それと王位を簒奪したトーン王というわけだな」
「いかにも!亡き叔父上の無念を晴らし、親王様の仇を討つために合力頂けぬか!」
 知政が興奮した様子で声を上げる


「落ち着かれよ。今ここで気勢を上げた所で、たったの200人と商船一隻では返り討ちに遭うのが関の山だ」
 太郎右衛門がたしなめる


「知政殿、その生き残った200人を連れてホイアンへ移らぬか?」
「ホイアンへ…?」
「そうだ。俺は形式上、広南国王の臣下だ。交易官の位を賜っている。……実権は何もないがな」
「…」
「広南国は、北の安南とも長年敵対しているし、カンボジアのクメール王朝へも侵攻している。
 本音を言えば、兵も武器もいくらあっても足りないのが現状だ。
 そして、日本にいては意識されにくいかもしれんが、日本はアジア圏最強の軍事国家としての声望をほしいままにしている。

 文禄・慶長の役は最終的に領土を切り取れなかったが、明でさえ日本には手こずった。
 イスパニア・ポルトガルと言えども、アジアでは日本を無視できないほどの戦力を有している。

 日本兵が加勢するといえば、福源王は喜んで迎えてくれよう」


 そうだったのか…
 海の外の事など日本ではほとんどの者が知らなかったが、この太郎右衛門という男…


「もしも広南国王が我らの仇討ちを援助して下さるのならば、喜んでホイアンへ参ろう」
「―――決まりだな!七郎兵衛は武器の調達だ。鉄砲は日本からは持ち出せんだろうが、刀・槍を積めるだけ積んで戻ってくれ」

「あの…」
 今まで一言も発さなかったキリシタンの長老が口を挟む

「武具ならば作る鍛冶がキリシタンに居りまする。刀鍛冶が5名・鉄砲鍛冶が3名
 いずれも、キリシタン禁令により祖国を追われた者達にござる。武具の調達ならば多少お役に立てるかと…」
「なんだって!?そりゃあいい!鉄は明から手に入るからな」

 勝手に話が進んでいく…

「なら、七郎兵衛は差し当たって交易を行って船団を拡大しよう。広南海軍として福源陛下に認めてもらえれば陸・海共に協力していける」
「―――まてまてまてまて!当然のように話が進むが、そもそも海はイスパニアともオランダとも敵対しているのだろう!それにこれからは華僑も敵になるのではないのか?」

「それについては、オランダを味方に付けよう」
「何!?」

 思わず目を剥いた


「オランダと我が国は敵対しているのではないのか?」
「敵対なんざしちゃいないさ。ちょっと齟齬があるだけだ。
 まして、海の上で敵に囲まれるのは相手も同じだ。イスパニアやイギリスとも戦わねばならん。
 広南海軍が親オランダになるなら願ったり叶ったりだろうさ」

「――――しかしどうやって」
「タイオワンからオランダの東インド総督に話を通してもらおう。彼らも日ノ本とのあからさまな敵対は避けたいはずだ。必ず話に乗って来る」


 こうして俺たちの広南国軍事大国化計画は動き出した
 200名のアユタヤの生き残りは、広南商人が買った奴隷ということにしてカンボジアを通り過ぎた






「ニシムラよ。そちが文にて知らせて来たことは真か?日本兵が我が国の臣下となると」
「真でございます。彼らはアユタヤのトーン王に謀殺された山田長政殿の遺臣でございます。
 陛下がいつの日か、長政殿の仇を討つ手助けを約束されるならば、彼らは喜んで陛下の為に戦いましょう」

「なんと……約束しよう。彼らの望みは必ず叶えるよう努力する」
「海軍の件はいかがなりましょうや?」
「それも許す。カドヤをそなた同様我が広南国の交易官に任命しよう。安南の軍船を撃破できる海軍を整備するのだ」

「ありがたき幸せにございまする」





 ホイアンに戻った俺たちは、差し当たって5隻のガレオン船の建造を始めた
 唐船は輸送には向いているが、海戦を想定するならばやはり南蛮のガレオン船は強力な武器になる

 船大工たちに注文を出したら悲鳴を上げてたな
 まあ、無理もない。全艦が完成するのは3年後とのことだ。それまでは角屋丸を使い、出来上がった船から順次投入していく


 世話役の高崎殿も悲鳴を上げていたな
 いきなり200人もの住人が増えたのだから、無理もない
 諸々の準備を終えた俺たちは、太郎右衛門を乗せて一路タイオワンを目指していた





「なあ、太郎右衛門。出航前に高崎殿となにやら話していたが、何を話していたんだ?」
「ああ、広南宮廷から目と耳を離さぬように頼んだ。長政殿の二の舞はごめんだからな」

「―――しかし、我らは福源陛下の家臣だろう?」
「そう単純に割り切れないのが人間ってものさ。陛下はご信任下されても、周りの臣下が華僑と繋がりを持つかもしれん。
 それでなくても、日本人の勢力が増すことを面白く思わない人間もいるだろうしな」

 そういうものか…
 俺にはイマイチ実感が湧かない。こうして船の舳先に立っている方がよほどに楽しいな

「言っておくが、俺だって楽しんでやっているわけではないからな」
 ―――あれ?口に出てたか?
「顔に出てるんだよ。おこちゃまは」
「なにおう!?」

「…朱印船の者達から聞く限り、幕府は明と同じく海禁策を取る方向に動いていくようだ。
 キリシタンはますます迫害され、こちらへ逃げて来る者は今後も増えるだろう。
 受け入れ先を作っておいてやらねばなるまい」

 …意外に考えてるんだな

「失礼な奴だ」
 太郎右衛門はフンっと鼻を鳴らしながら、どことなく爽やかな顔で海に目線を移した
 しかし、俺ってそんなに思っていることが顔に出るのかな…




 タイオワンに着いた俺たちは、ゼーランディア城を訪ねた
 福源陛下の親書と幕府の朱印船奉書を持っていたから、すんなりと城内へ案内された


「では、グエン王は我らと手を組みたいと…」
「そうです。ポルトガル商人を排斥することはできませんが、カドヤを通じてオランダの通商を認めようとの仰せです」
「ふむ…」

 オランダ東インド会社の提督 ウィルレム・ヤンセンと面会していた
 逞しい髭と茶色がかった髪に青い瞳
 初めて南蛮人を見たが、本当に目が青いんだな…
 話している内容は相変わらずさっぱりわからんが、その辺は太郎右衛門がわかっていればいいか


「あなた方はこれから広南国へ戻られるのですか?」
「そのつもりです」

「……一つお願いがあります。私はこれからバタヴィアの東インド総督に、日本からの返書を携えていきます。あなた方も私の船に随行し、東インド総督に会って頂きたい。そして、今の話を総督自身に話して頂きたいのです」


「―――という事だそうだが、どうする?」
「…どういうことか説明しろ」
「バタヴィアの東インド総督に会ってくれってさ」
「会わねばならんだろう。むしろ会って直接話した方がより良い」
「決まりだな」








 ――― 一方その頃 日本・江戸城 ―――


 日本では幕府老中の内藤忠重・永井尚政・酒井忠勝・土井利勝の4名が江戸城の一室で額を寄せ合っていた

「先年にはいすぱにあ商人と偽って伴天連が長崎への来航を企てた。もはや猶予はならんのではないですかな?」
「左様。切支丹は伴天連を呼び寄せる。伴天連が入れば切支丹が増える。伴天連を内地に入れぬことが肝要かと」
「奉書船以外の渡航を禁止し、併せて南蛮からは伴天連を連れてこないおらんだと明の船のみの入港を許可するということですな」

「先年の高山国(台湾)での事件は如何処理いたします?」
「我らが上様の禁を破って南蛮交易に出資していたことは、誰も知りませぬ。唯一知っておる末次平蔵は斬首され申した…」
「かわいそうではあるが、国書を偽造せし罪は償ってもらわねばなりませんからな」

「ともかく、おらんだ側からはどのような動きがあるのか、長崎から目を離さぬように致しましょう」
「何事も、切支丹の禁教令を徹底させるためにござる」


 誰からともなく、低い笑い声が漏れ聞こえてきた
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