3 / 20
第1章 南海の覇者
第3話 アユタヤ逃走劇
しおりを挟む「フエに行くぞ」
一緒に行動することになった翌日、太郎右衛門はいきなり切り出してきた
「フエ?一体それはどこだ?」
「広南国の首都だ。ホイアンから北へ100kmほど行った所にある。現王の阮福源に拝謁する。貢物は銀を10貫ほど用意しておけ」
ちょっと待て、いきなりなんだこの野郎
大切な交易品を献上するとか何考えてるんだ
「献上というが一体何のために――」
「南方一帯は島嶼国家がひしめいている。故に船での交易が不可欠なんだが、船が壊れたらどうする?また新しい船を調達する算段は?
5年しかないなら、いちいち長崎に戻ってやっているヒマはないだろう?」
「む。それはそうだが…」
「なら、広南王に許しを得て、フエとホイアンで造船や拠点化の許しを得なければ話にならんだろう。どこに行っても、魚心あれば水心あり さ」
「なるほど…」
船員達にはホイアンでしばし休息させ、俺と利左衛門・太郎右衛門の三人でフエへ向かった
フエでも太郎右衛門は顔が効くようで、王宮での拝謁もスムーズに通された
「福源陛下にはご機嫌麗しゅうあらせられ、祝着至極にございます」
「おお、ニシムラか。久しいの。その者達は?」
「カドヤと申す交易商とその配下でございます。はるばる日本からやって来た我が同胞にございます。
ここ広南国を拠点として交易を行いたいと申しております。つきましては、ホイアンとフエの船大工の手をお借りいたしたく、お願い申し上げます
こちらはカドヤよりの献上品でございます」
何を話しているかさっぱりわからないが、太郎右衛門の合図で利左衛門が銀に掛けた布を開く
「ほお、日本の銀か。良い物をくれるの」
「お気に召していただけましょうか?」
「うむ。その者達の願いを許そう。ホイアンとフエの船大工は自由に使うが良い。その代り、交易の成果の一部を献上させよ」
「はい。もちろんでございます」
太郎右衛門が拱手して頭を下げる
見よう見まねでそれに倣った
拝謁が済むと、書状を受け取って王宮を出た
国王からの造船・交易の正式な許可証らしい
「ガキに持たしておくには危ないシロモノさ」
そう言って太郎右衛門に持って行かれた
まあ、見ても何が書いてあるかさっぱりわからないんだが…
その後、ホイアンへ戻ってアユタヤ行きの準備をする
交易品は銀をそのまま持って行った方が良いとの太郎右衛門の助言で、ホイアンでの交易は行わなかった
―――ホイアンは不思議な町だ
日本人も多いがポルトガル人も多く、町には教会が二カ所あった
南蛮では曜日というのがあるらしく、日曜日には日本人キリシタンやポルトガル人が大挙して教会に行くのが不思議だった
キリシタンはこのような事を行っていたのか
日本人もマゲを結っている者ばかりではなく、太郎右門のように髪を長く伸ばしている者や短く切り揃えている者もいた
俺も船上生活でマゲを結うのは面倒なので、短髪の散切り頭にした
ホイアンの町で7日ほど過ごし、食料の補給などを済ませたところでアユタヤへ向けて出港した
「これが海図だ。善太郎殿からもらってきた」
「これが南方の全てなのか?」
「いいや、我々がわかるのはアユタヤから長崎までだ。俺はその先にも行った事はあるが、残念ながら海図はもらってもわからんので持っていない。それにアユタヤから西や南にも国々は広がっている。
あとは自分たちで海図を作っていくしかない」
「わかった。では行こうか!」
新たに太郎右衛門を乗組員に加え、逸平に海図を渡して出航した
太郎右衛門の役職は便宜上、参謀兼外交官とした
まあ、自分の配下ではなくあくまで協力者だ
アユタヤまでは10日間ほどの航海だった
陸地に沿って航行するので、大きな嵐に遭うこともなく順調に航海できた
時たま激しい雨に打たれることはあったが、風はキツくないので縮帆してしのげば、四半刻(30分)ほどで雨の海域を抜けられた
太郎右衛門曰く、スコールとか言うらしい
「あれがアユタヤか。なんとも荘厳な寺院があるな」
「アユタヤは仏教国だからな。本場天竺での仏教に近いと言われている。まあ、日本の寺とは少し違うな」
「しかし、いつになったら入港できるのだ?」
「さて…俺は普段陸路で来るからな。船の入港はどんなものかはわからん」
アユタヤの湾に停泊して既に3日経っていた
そして4日目に迎えの小舟が来た
「代表者4名のみ同乗せよとのことだ。俺とお前は行くとして、あとの二人はどうする?」
「利左衛門と逸平か―――」
「言い忘れたが、なんとなく使者の態度がキナ臭い。腕の立つ護衛を連れて行く方がいいだろう」
「宗助!同乗しろ」
「はっ!」
宗助はずいぶん船に慣れたのか、この頃は青い顔はしなくなってきていた
王宮に通されると、王に拝謁はできずに官吏に尋問される羽目になった
「だから、我々は交易商だと言っているでしょう。それに先ほどこちらに着いたばかりなんだ。謀反などと言いがかりだ」
「ならば、何故今になって来るんだ?オーヤー・セナピモック(山田長政のタイ名)は既に死んだ。日本人町も謀反の動きがあるため焼き払われた。
お前達は報復の為に訪れたのではないか?」
「何ですって… 山田長政殿が死んだ…?」
「知らなかったのか。昨年に南部のイスラム教徒との戦で戦死した」
「……」
「ともかく、お前達には謀反の疑いがある。しばらく王宮で待機してもらおう」
何を話しているかは相変わらずわからなかったが、どうにも交易をする雰囲気でないことだけはわかった
取り調べを終えた俺たちは、王宮の一室に監視つきで閉じ込められた
「一体どうなってるんだ!?アユタヤは日本の勢力の強い町じゃなかったのか!?」
「山田長政殿が戦死したらしい。日本人町も焼き払われたと言っていたな。このままここに居ると俺たちも殺されることになるのかもしれん…」
「何!?何とかできんのか!」
「…」
「若、少し落ち着きなされ。太郎右衛門殿も苦慮しておいでなのです」
「…」
太郎右衛門は考え込んだまま声を出さなかった
「これが落ち着いていられるか!俺には南方交易を確立するという使命があるのだぞ!こんな所でむざむざ死ぬわけにはいかん!」
「まだ殺されると決まったわけではございません。今はお調べの最中でございましょう」
「…いや、殺されると思った方がいいかもしれん」
「何!?」
「さきほどから衛兵の会話が聞こえるが、『処刑までは…』とかなんとか言っているのが聞こえた。
ぼやぼやしてると明日にも殺されかねんぞ」
考え込んでいたのではなく、衛兵の会話に耳を澄ましていたのか
「七郎兵衛。お前ちょっと苦しめ」
「はぁ!?」
「ハラでも痛いフリをするんだよ。早くしろ!」
何を言っているんだ…コイツ
「ええい、わからんやつだな」
言うなり太郎右衛門が近寄って来て思いっきり腹を殴られた
「うぐっ…」
思わず腹を抱えてうずくまる
痛ぇ…
ドンドンドンドンドン!
「大変だ!一人が突然腹を痛めて苦しみだした!医者を呼んでくれ!」
何を言ってるのかわからん…とにかく腹が痛い…
「何事だ!?」
衛兵が二人室内に慌てて入って来る
「宗助!」
太郎右衛門が宗助に合図しながら、衛兵の一人を殴りつける
「は!…え!?」
「そっちのヤツを気絶させろ!」
「は!…はは!」
慌てて宗助がもう一人の衛兵に当て身を食らわすと衛兵が気を失って崩れる
「宗助!こっちをなんとかしろ!」
衛兵からの反撃を受けた太郎右衛門が助けを呼ぶ
「は!」
気を取り直した宗助がもう一人にも当て身を食らわすと、室内は静かになった
「宗助。武器を取り上げろ。王宮から脱出する」
「私の刀は―――」
「そんなもん、無事に船に帰れてから心配しろ!」
宗助が一瞬戸惑ったが、衛兵の腰から刀を取って自分の腰に差す
日本刀によく似た作りだった
日本刀はアユタヤでは最先端の武器として人気だそうだ
「行くぞ!」
「道はわかるのか?」
「来た時に覚えた」
王宮を脱出すると、俄かに後方が騒がしくなった
「『日本人が逃げた――』とか言っているから、バレたようだな。
船へ急ぐぞ!」
厩を見つけて馬をかっぱらい、港に向かって駆ける
まるで盗賊だな…こんな事してていいのだろうか
港には10名ほどの兵士が角屋丸を警備していた
松明の炎だけだから、暗闇から接近することはできる
「宗助。出来るだけ音を立てずに殺していくことはできるか?」
「お任せくだされ」
言うと、宗助は明かりの当たらない方を走り抜けながら、音もなく刀を振るっていく
二振り、三振り、闇の中で刀が煌き、瞬く間に五人の兵士を切り伏せた
一刀流を修行したというが、伊達じゃないな
驚いた敵兵が何やら叫んでいる間にもう三人を切り伏せる
残った二人は浮足立って、方々へ散っていった
「逸平!逸平!」
甲板に立っていた逸平に声を掛ける
「七郎兵衛さん!無事だったのですね!」
「なんとか逃げて来た!縄を投げてくれ!」
言うや、縄梯子が下りてきた
「出港準備!急げ!」
闇夜の中だが、岸が騒がしくなってきていた
先ほどの兵士が応援を呼びに行ったのか
急いで小舟を下ろし、櫂でこいで角屋丸を牽引させる
「帆を開け!出航する!小舟は捨てて乗員だけ拾うぞ!」
「アイアイサー!」
グエンが張り切って動き出す。配下の操帆員慌ただしく帆を下ろす
と、角屋丸が桟橋を離れて動き出した
「今だ!総帆半開!乗員を引き上げて小舟の綱を切れ!」
「「せいや!せいや!」」
「よし!総帆全開!ホイアンまで逃げるぞ!」
岸から王宮にかけて多数の松明が動き出していたが、外洋へ出てしまえば奴らに追撃の手段はない
「一体何があったのだ?」
外洋に出てから、太郎右衛門に話を聞いた
「どうも、アユタヤ王宮内の権力闘争のようだ。山田長政殿はその争いに負けたということだろう。日本人町が焼かれたのも、報復を恐れてのことだと思う。
そう考えると、合点がいく」
「なるほど…」
そんな時に入港してしまうとはなんとも間の悪い…
「相手が誰かだが―――
おそらく華僑勢力だろうな。30~40年前に明の海禁が緩和されたとかで、アユタヤにも多くの華僑が来ているそうだが、彼らにとってみれば日本人は強力な競争相手だからな」
王宮の権力闘争に華僑との勢力争いか…
交易は一筋縄ではいかんものだな
「ともかく、ホイアンに戻って福源陛下に改めて武装の許可を頂こう。それと、俺は陸路からもう一度アユタヤへ行く。日本人町の生き残りが居れば話を聞けるかもしれん」
「俺も一緒に行く」
「言っただろ、ガキのお守りは―――」
「交易ができるかどうかがかかってるんだ。座して待つなどできん」
「………」
太郎右衛門がはぁっとため息を吐く
「わかった。お前も連れて行こう。あとは宗助と利左衛門殿も一緒に頼む」
「承知!」
「かしこまりました」
ホイアンに戻った俺たちは、乗組員を一旦上陸させて逸平に取りまとめを頼み、陸路カンボジアを超えてアユタヤを目指した
0
あなたにおすすめの小説
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
マルチバース豊臣家の人々
かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月
後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。
ーーこんなはずちゃうやろ?
それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。
果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?
そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる