大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久

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第2章 マラッカ争奪戦

第16話 分岐点

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 翌日、太郎右衛門と今後についての打ち合わせのため、高崎殿の商館で会う約束をした




「待たせたな」
「いや、おれもまだコーヒーを飲み始めたところ…」

 入って来た太郎右衛門を見て言葉を失くした
 絹の長衣を羽織って冠を被り、完全に広南の宮廷衣装の姿で現れた
 いつもの着流しのような小汚……親しみやすい服装からは想像も付かない変わり様だった

「お前……一体どうした?」
「言っただろう?しばらく内政にかかると
 まずは広南の丞相になり、国内の政治を取り仕切る権力を手に入れる
 福瀾陛下にはまずは相談役として宮廷に侍るようにと許可を頂いた」

「……本気で明とやり合う気なんだな」
「察しがいいな。無益に事を構えたいと思っているわけじゃないが、タイオワンは守らねばならん
 明がピンチになれば必ず皇帝の逃避先としてタイオワンをオランダから奪い取るはずだからな」
「ゼーランディアを失っては、日本との交易が断たれるってわけか」
「そういうことだ」


 給仕の下女が太郎右衛門と俺の分も新しいコーヒーを用意してくれた

「それで、まずはパタニの東方交易はどうする?」
「パタニ・ホイアンの定期航路を作ってもらう」
「……それで?」
「それだけだ」

 太郎右衛門がほぅと感心したような声を出す
 まずは第一問は正解ってところか

「よく思い切ったな
 だが、おそらく最も正しい選択だ」

「俺も自分で真剣に考えるまで気付きもしなかったがな
 今のホイアンはアジア・ヨーロッパの産物が集まる集積地になっている
 パタニが交易するとしても、ホイアンで必要な物と交換すればそれで事足りる。そういう事だろ?」
「その通りだ」

 大仰にうなずいた後コーヒーを一口すする
 俺もつられて一口
 やっぱ俺は紅茶よりもコーヒーの方がいいな


「しかし、パタニに交換するべき物資が少ないな」
 磁器製のカップを置いて、太郎右衛門が問題点を話し出す
 そこにもちゃんと回答を用意してあるさ

「ムガールからインド更紗を持ち込んでもらう。アジアじゃあまり手に入らない貴重品だからな」
「ふむ……可能なら、パタニ国内で作ってもらえ」
「作る?生産するのか?」
「ああ、綿花は広南から手に入る。材料を輸入してもらって、商品に仕立てて販売してもらえばパタニの富にもなるはずだ」

「なるほど…確かにこのままじゃパタニに先がないか…」


「あとは、アチェとジョホールには一度使節を送らねばならん
 次の正使はお前になる。ご指名がかかるまでとりあえずパタニとの航路をお姫さんと一緒に開発しておいてくれ」
「わかった」


 打ち合わせが終わり、太郎右衛門は宮廷へと向かって行った
 ここからは別行動だな

 太郎右衛門は宮廷で、俺は外交で目標に向かって行くことになる
 アジアを一つに纏めるという目標に



 ※   ※   ※



 ホイアンからフエで与えられた屋敷へ向かいながら、太郎右衛門は込み上げてくる笑いを押し殺していた

(いやに機嫌がいいな
 角屋七郎兵衛の成長がうれしいのか?)

 ―――ああ、男子三日会わざれば刮目して見よ だ
 アイツはたった一日で男の顔になりやがった

(元々素質はあったからな
『史実』でもホイアンの日本人町の町長まで勤め上げた男だ)

 ―――そうだな。さて、俺も負けていられん
 早いとこ広南の朝廷を牛耳って議会制を創り上げるところまで行かねばならん

(朝廷には古い貴族や阮氏の血縁が大勢居る伏魔殿だぞ
 外様には安南の鄭氏やラオスのウォンサー王が居る
 彼らは降ったと言ってもいつ背くかわからん内憂勢力だ
 気を引き締めてかからんとな…)

 ―――なに、広南に従えば国が豊かになると示せば、彼らも大人しく外様の太守の一人として広南の覇権に力を貸すだろう






 ――――― フエ王宮 西村太郎右衛門 ―――――



 宮廷の末席に侍り、福瀾陛下の出座を待つ
 文官が30名ほど左右に分かれて跪き、左右の先頭には右丞相の阮福瑛殿下と左丞相の巌豊様が玉座に正対して座する

 床を見ていると奥からコツコツと足音が聞こえて来た
 いよいよ、朝議の始まりだ


「面をあげよ」
 福瀾陛下の一言で文官全員が立ち上がる


「朝議を始める前に、皆に伝えておくことがある」
 左丞相の巌豊様が全員に聞こえる声で話し出す

「我が国の交易官として外交に尽力してくれたニシムラだが、この度陛下の相談役として朝議の末席に加わる事になった」

 文官たちが一様にざわめく
 まあ、俺の功績は誰しも知っているからな
 自らの地位を脅かす恐れを抱いても不思議ではないだろう

「静まれい!これは陛下の御意によるものだ!今以上に我が広南国を富ませる為、ニシムラの力を役立てようというものだ!」
 座がぴたりと静まる
 さすがは左丞相殿だな


「ニシムラよ。皆に一言あるか?」
「ハッ!ではまず最初に皆様にご報告いたします
 私が経営しております農園はこの度阮王家へ献上し、我が広南の富の基とさせていただきたく思います」
 再びざわつく
 そりゃあそうだろう。俺が心血を注いで作り上げた巨大な利権だからな

「ふむ、代わりに何を望む?」
「しからば、将作(土木担当官)の役目を仰せ付けられたく」
「将作の位を得て何とする」
「新たに得た各領地は旧来の領主たちによってまだ半独立国としての体裁を取っております
 街道を各国へと繋げることで、領地の監察と軍の移動、及び国内産物の移動を容易ならしめます」

「危険ですぞ!各国と街道を繋ぐという事は各国の軍が王都へ進軍することも容易となるという事
 シャムは陛下の義弟であるチェイチェッタ様が治めておられるとはいえ、安南国・ラオスは未だ向背常ならぬ者達です」
 大尉(軍事大臣)の阮有益殿が発言する

「それゆえ、まずはシャムのアユタヤと街道を繋ぎまする
 アユタヤはビルマと国境を接しており、また米を豊富に産する穀倉地帯でございます
 危急の折りにはフエから援軍を送ることも、アユタヤから援軍を得ることも容易になります」


 文官たちがなるほどといった顔でこちらを見る
 ま、ここまでは出来レースだ
 有益殿と厳豊殿には事前に話を通してある


「しからば、ニシムラに将作少丞の位を与え、併せて正六品の官位を与える
 まずはアユタヤとの街道の整備の任に当たるが良い」
 福瀾陛下のひと声で決まった

 やれやれ、はなから決まっていた事とはいえ、手順を踏まねばならんのはやはり面倒だな
 右丞相の福瑛殿下がやや冷めた目でこちらを見ている
 おそらく面白くないんだろうなぁ
 陛下の片腕としてこれまで阮朝廷で勢力を振るって来たからな
 差し当たり、敵に回さぬように取り入っておくか




 ※   ※   ※



 翌日、福瑛殿下の元を訪ねた
 土産にパタニで求めておいたインド更紗の長衣と銀10貫、ヨーロッパのワインと農園で収穫した紅茶を一箱を贈り物として用意した

「今を時めくニシムラ殿がこのような老骨に挨拶などと、どういった風の吹き回しかな?」
 にこやかに対応してくれているが、目が笑ってねぇんだよな。オッサン

 福瑛殿下は亡き福源陛下によく似た顔立ちだ
 福源陛下の次男として、兄王を支えて宮廷で隠然たる勢力を保っている
 あくまで阮王家の力を強くすることに人生を懸けている御仁だから、いずれ対立は避けられないが今は仲良くしておいた方が得策だ


「時めくなどとお恥ずかしい。たまたま時勢が味方してくれただけにございますよ」
「ご謙遜を。父上の代からそなたが果たした功績はよく承知している
 阮王家にとって真に天晴なお働きと存ずる

 だが、調子に乗って広南の政を専横するつもりなら容赦はせん
 功臣といえどもあまり調子に乗らぬことだ」

「胆に銘じます。私は広南朝廷ではまだ新参者にございますので、よろしくお引き立てをお願いいたします」




 なごやかというにはあまりに周囲に火花が飛んだ会談が終わった
 結局、仲良くなるという目的は果たせてないな
 やたらに警戒させただけかもしれん…


(思い切ってクーデターでも起こすか?)

 ―――それは最後の手段だ。できれば穏便に事を運びたい


 そう、できれば穏便に民主主義国家として開けた国に変えていきたいんだ
 血を見るような事になれば広南の国力を無駄に消費することになるからな









 とりあえず、次の朝議は一か月後だ
 それまでフエとホイアンで人足を募って街道整備に着手することにした

 人足募集の間に船大工のファン・タンに馬車を二百両発注した
 露骨に嫌そうな顔をされたんだが、七郎兵衛のやつまた無茶な発注でもしたのかな?

 あとは鍛冶連中にスコップとツルハシ、それと石畳用の石材も注文した

 王家に献上した農園にはゴムの木が栽培してあるから、ゴムをタイヤに貼り付ければ移動もしやすくなるだろう



 軍の連中からも手伝いを頼んだ
 タダとは言わない。それなりの日当は王家から出るんだから、悪い仕事じゃないはずだ
 翌日からは早速道普請に掛かる

 道幅は約6メートル
 後世に自動車が開発されれば、その通行にも耐えられるだけの道幅にしておかねばならん
 表土を1mほど掘って砂利を敷き、間に砂を詰めて補強をしたら石畳を貼り合わせていく
 交互に貼り合わせることでズレを防ぎ、メンテナンスを容易にする

 ホイアンの港にも使われている技術だから、そんなに難しいものじゃない
 ただ、総延長が900kmにもなるから、ひたすら地道な人海戦術でやるしかないんだがな…


 一週間が経つ頃には注文していたゴムタイヤの馬車が次々と現場に運び込まれ、作業効率が上がって来る
 この仕事、何が辛いかといって残土の搬出と砂利と砂の搬入が重労働だからな
 残土は街道回りの川の堤防に利用できるが、砂利と砂は延々と海岸から運んでくるしかない
 馬よりも力のある牛をメインに運搬しているが、それでもゴムを貼り付けたタイヤがなければ運べる量にも限界があっただろう

 まずはフエ・ホイアン間の街道整備だな
 これだけでも人海戦術を駆使して半年はかかるだろう
 先は長いな…



 あとは、ネジの規格を整備しよう
 産業の塩といわれるネジを統一規格で推し進めれば、今後の産業発展がしやすくなるはずだ
 現代の転造ネジ機械なんざまだまだ先の話だから、まずは旋盤の工作レベルの底上げからだな

 この辺はニッケルが産出するはずだから、ゆくゆくはステンレス鋼の製造もできるだろう
 だが、ステンレスに必要なクロムを溶出する高炉は酸化マグネシウムを使った3000℃に耐えるセラミック耐火レンガが必要になる
 まずは石英を使った2000℃程度のセラミック耐火レンガを作り、今までのたたら製鉄を水車吹きの水力式に変えて省力化を図り、石灰石から作るセメントを使った高炉の原型を作るところまでだな
 これだって一年は軽くかかるだろうが、出発点さえ用意しておけば後は必要に応じて彼らが開発していくだろう


  日本刀の製造工程が確立しているのはありがたいな
 砂鉄のたたら吹きに少し手を加えるだけで簡単に鉄鉱石から鋼を作れる
 問題は石炭の資源化だが、まあ石炭を蒸し焼きにしてコークスにするところは教えておこう
 今は木炭でも問題ないが、いずれ石炭を使った高炉は必須になってくる
 とりあえずは、反射炉の作成を急ごう


 蒸気機関は…やめておくか

 何から何まで未来の知識でやってしまうと彼ら自身に基礎理論が生まれる余裕が無くなる
 基礎理論のない応用理論なんざ、俺が死んだらそれで発展が止まってしまうのは目に見えてるからな
 まずは鉄鉱石からの銑鉄の作り方を体得してもらって、それを応用発展していくことで産業技術を育成していこう
 鉄は文明を作る基になる


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