17 / 20
第2章 マラッカ争奪戦
第17話 姫様の要求
しおりを挟む太郎右衛門と別れて屋敷に戻ると、再び艦隊の主だった者を集めた。
もう一度パタニに行き、シャクティと共にクニン陛下に謁見して正式に定期航路を具申しなければならん。
クニン陛下もあちらの王宮に話を通さねばならんだろうし、定期航路の就航と言っても国家事業は色々と調整が面倒だな。
俺たちなら、俺の一声で決められるんだが…
「若、我らの勢力下にあるとはいえ、タイランド湾は波も荒れ雨季には嵐も起きますし陸路沿いにアユタヤ経由の航路を設定していただいた方がいいのではないですか?」
「そうだな… しかし、アユタヤでは交易の旨味が少ない。
どうせ寄港するなら、そこで商売をして行きたいと言うのが商売人としての本音だろうし」
「アユタヤには米があります。アユタヤは北に前線を抱えておりますし、パタニの鉄は需要があるのではないですか?」
「それはそうだが、アユタヤの米は陸路で運ぶ手もある…
ふむ… シャクティはどう思… 何むくれてんだよ?」
「べっつにぃぃ」
なんだかなぁ… もうちょっと身入れてほしいもんだ。
誰の国の交易だと思ってるんだよ。
「これはシャクティにとっても国の命運を懸けた大事業だろう?」
「まあ、そうなんですけどぉぉ?」
「……あの、何に怒ってらっしゃるんですか?」
「別に怒ってないし!」
いや、めちゃくちゃ怒ってるじゃないですか。語尾が上がりまくってるぞ。
クニン陛下から託された交易路の開発が早速目途が付くってのに、一体何が気に食わないんだろうか…
「たださぁ!これじゃ私はパタニとホイアンの往復だけで済んじゃうなあって」
「……いいことじゃないスか?」
「航海の安全を考えれば、確かに最もいい選択だと思うよ。七郎の言う通り、パタニ王国としてはホイアンに集まる交易路に参加できれば、ペルシャとの交易を補って余りあると思うしね」
「…」
「まあ、要するに文句の付けようがないわけです」
「じゃあ…」
「たださぁ!せっかく東の海域を色々と見て回れると思ったのにさぁぁぁぁ?
こんな簡単に済んじゃうなんてぇぇぇ
想定外というかなんというかぁぁぁぁ?」
「……つまり、もうちょっとあちこち行きたかった、と」
「正解!」
思わず手で顔を覆った。遊びに行くわけじゃないんだぞ。
利左衛門は笑いをかみ殺してるし、他の面子は後難を恐れて顔を背けるだけだし…
俺が説得するしかないわけですか。ああ、そうですか。
「シャクティ。聞いてくれ」
「え… 何?」
まだ怒ってるのか、ちょっと頬が赤いな。ここは誠実に説得しなければ…
「俺たちの役目はパタニの交易路を作ってシャクティを無事に送り届けることだ。
この先東の海域で危険が無いとは言い切れない。俺はお前を危ない目に遭わせたくないんだ」
「七郎…」
もしも怪我なんてされたら外交問題だからな。厄介な事は早く終わらせるに限る。
「だから、まずはパタニに戻ってクニン陛下に報告しよう。俺も一緒に行くから」
「……うん」
よし!説得成功だ。
そうと決まれば善は急げと、出航の日取りを決定して解散した。
航路の設定は結局のところパタニ次第になるんだから、ここで部外者が頭悩ましてても仕方ない。
シャクティが面倒を言い出さないうちにさっさとパタニに行ってしまおう。
※ ※ ※
さっきの七郎、いきなり真面目な顔して『お前を守りたい』とか言うから、ちょっとドキっとしちゃったな。
でも、パタニに帰ればもう七郎ともお別れになるかぁ…
……ていうか、よく考えればホイアンとの定期航路なら私じゃなくても宰領できるよね。
帰ったらちょっと姉様に相談してみよ~っと。
※ ※ ※
一月後、角屋艦隊は再びパタニ王国の首都、パッターニの王宮にやって来た。
福瀾陛下からの返礼品として絹と陶磁器、それに紅茶を二箱積んで来ているから、入港してからの手続きに手間取って仕方ないな。
こんな時こそシャクティが居てくれたら話がスムーズなんだけども… 入港したらさっさと王宮に行ってしまった。
まあ、役人との手続きは俺も覚えて行かなくちゃならんし、勉強だと思ってこなしていくか。
しっかし、出す書類が多くて面倒だな。今更ながら太郎右衛門が居てくれた時は助けられてたのが分かる。
一日がかりで入港の手続きを終え、翌日にはクニン陛下への謁見を許された。
玉座で機嫌よく笑ってらっしゃる所を見ると、すでに航路の開拓という目的が果たせそうなことはシャクティから聞いているんだろう。
「お目通りが叶いまして恐悦至極でございます」
「久しい… と言うほどでもありませんね。早速のご協力ありがとうございます」
「いいえ、広南とパタニの友誼が末永く続けば幸いでございます」
「そのうえ、シャクティも引き続き面倒を見て下さるとか。ふつつかな妹ではありますが、今後ともよろしくお願いしますね」
…………へ?
「あの… シャクティ姫は定期航路の艦隊を率いられるのでは?」
「ああ、ホイアンとの航路ならば、こちらのフィラスが宰領いたします」
陛下がそう言うと、横に居並ぶ文武官の中から屈強そうな三十がらみの男が進み出て一礼する。
禿げ頭に達磨のようなイカツい体つきで、日に焼けた肌はいかにも海の男という感じはする。
「フィラスはシャクティの元で一艦の艦長を務めておりました。今後のホイアンとの交易も、フィラスに任せて行こうかと思います。
シャクティの役目については、御心置きなく」
「はあ…」
いかんな。なんだか話が噛み合ってない。
そういう事じゃないんだけど…
「では、シャクティ姫は?」
「ですから、引き続き御面倒をおかけすると…」
いやいやいやいや!
何でそうなるんだ?国の要人をもう一度預かるとか、正直勘弁してほしい。
「シャクティからは、カドヤ殿が責任持ってお守り下さると聞いていましたが、違いましたか?」
「違いま…」
「違いませんよ!『私を守りたい』と言って下さったではありませんか!」
陛下の横でシャクティが進み出る。
正式な使者の謁見の場が一気に騒がしくなった。
なんだか皆一様に”よかった”とか”これで我らも安心できる”とか聞こえるが、あっちの王宮でもシャクティを持て余してたんだな…
いや、しかし俺も持て余すのは間違いないんだから、ここはひとつ丁重にお断りして…
「では、お約束通りシャクティの事はお願いしましたよ」
ニッコリ微笑まれると返す言葉がない。
くそう… 美人てのはこういう時強いよなぁ…
「という訳で、引き続きよろしくね」
謁見が終わって宿に下がると、満面の笑みを湛えたシャクティが尋ねてきた。
すでに艦隊に加わる用意をして来ており、侍女を一人連れただけの女二人連れだ。
友好使節としてじゃないから、かなり身軽に絞ったらしい。
「シャクティ、あのな。言ったように東の海域にはまだイスパニアのマニラもあるし、海もタイランド湾とは比較にならんくらいに荒れる。
危ない目に遭わせたくないって言っただろ?」
「あら、だから危ない目に遭わないように、貴方が守ってくれるんでしょ?」
「いや、何でそうなる。船が沈めば、守るもクソもないんだから」
「あははは。その時は一緒に死んであげるから、大丈夫」
「はぁ…」
最近ため息しか出ないな。原因はわかってるんだが、どうしようもない。
「同盟国の姫様を死なせたりなんかしたら、広南にとって一大事だ。冗談でもそういう事を言わないでくれ」
「……うん。わかった」
まあ、断り切れなかった身の不運を嘆くしかないか。
クニン陛下からはパタニの姫ではなくて一人の船乗りとして扱って構わないとは言ってもらっているし。
人手が足りないってのも実情ではあるし。
「ところで、シャクティは操船できるのか?」
「操舵なら少し。それと、弓は得意だよ。アイシャは医術の心得もあるから、少しは役に立てると思う」
そう言うと、シャクティの連れて来た侍女が一礼した。
キッと睨まれた気がするのは気のせいかな。きっとそうだ。
「まあ、ともかく、フィラスさんの艦隊と一緒にホイアンに戻ろう。その後は、ゼーランディアに行って日本との交易品を交換しに行かないとな」
「おお!ついに東へ行けるんだね!じゃあ、早速行きましょ」
「いや、フィラスさんが準備を整えるまで待たないと。それまでは、パッターニでインド更紗の買付だ」
「ちぇっ」
こしうして、新しい仲間が加わった。
1
あなたにおすすめの小説
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる