大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久

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第2章 マラッカ争奪戦

第17話 姫様の要求

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 太郎右衛門と別れて屋敷に戻ると、再び艦隊の主だった者を集めた。
 もう一度パタニに行き、シャクティと共にクニン陛下に謁見して正式に定期航路を具申しなければならん。

 クニン陛下もあちらの王宮に話を通さねばならんだろうし、定期航路の就航と言っても国家事業は色々と調整が面倒だな。
 俺たちなら、俺の一声で決められるんだが…


「若、我らの勢力下にあるとはいえ、タイランド湾は波も荒れ雨季には嵐も起きますし陸路沿いにアユタヤ経由の航路を設定していただいた方がいいのではないですか?」
「そうだな… しかし、アユタヤでは交易の旨味が少ない。
 どうせ寄港するなら、そこで商売をして行きたいと言うのが商売人としての本音だろうし」

「アユタヤには米があります。アユタヤは北に前線を抱えておりますし、パタニの鉄は需要があるのではないですか?」
「それはそうだが、アユタヤの米は陸路で運ぶ手もある…
 ふむ… シャクティはどう思… 何むくれてんだよ?」

「べっつにぃぃ」

 なんだかなぁ… もうちょっと身入れてほしいもんだ。
 誰の国の交易だと思ってるんだよ。

「これはシャクティにとっても国の命運を懸けた大事業だろう?」
「まあ、そうなんですけどぉぉ?」
「……あの、何に怒ってらっしゃるんですか?」
「別に怒ってないし!」

 いや、めちゃくちゃ怒ってるじゃないですか。語尾が上がりまくってるぞ。
 クニン陛下から託された交易路の開発が早速目途が付くってのに、一体何が気に食わないんだろうか…

「たださぁ!これじゃ私はパタニとホイアンの往復だけで済んじゃうなあって」
「……いいことじゃないスか?」
「航海の安全を考えれば、確かに最もいい選択だと思うよ。七郎の言う通り、パタニ王国としてはホイアンに集まる交易路に参加できれば、ペルシャとの交易を補って余りあると思うしね」
「…」
「まあ、要するに文句の付けようがないわけです」
「じゃあ…」
「たださぁ!せっかく東の海域を色々と見て回れると思ったのにさぁぁぁぁ?
 こんな簡単に済んじゃうなんてぇぇぇ
 想定外というかなんというかぁぁぁぁ?」

「……つまり、もうちょっとあちこち行きたかった、と」
「正解!」

 思わず手で顔を覆った。遊びに行くわけじゃないんだぞ。
 利左衛門は笑いをかみ殺してるし、他の面子は後難を恐れて顔を背けるだけだし…
 俺が説得するしかないわけですか。ああ、そうですか。


「シャクティ。聞いてくれ」
「え… 何?」
 まだ怒ってるのか、ちょっと頬が赤いな。ここは誠実に説得しなければ…

「俺たちの役目はパタニの交易路を作ってシャクティを無事に送り届けることだ。
 この先東の海域で危険が無いとは言い切れない。俺はお前を危ない目に遭わせたくないんだ」
「七郎…」

 もしも怪我なんてされたら外交問題だからな。厄介な事は早く終わらせるに限る。

「だから、まずはパタニに戻ってクニン陛下に報告しよう。俺も一緒に行くから」
「……うん」

 よし!説得成功だ。
 そうと決まれば善は急げと、出航の日取りを決定して解散した。
 航路の設定は結局のところパタニ次第になるんだから、ここで部外者が頭悩ましてても仕方ない。
 シャクティが面倒を言い出さないうちにさっさとパタニに行ってしまおう。


 ※   ※   ※



 さっきの七郎、いきなり真面目な顔して『お前を守りたい』とか言うから、ちょっとドキっとしちゃったな。
 でも、パタニに帰ればもう七郎ともお別れになるかぁ…


 ……ていうか、よく考えればホイアンとの定期航路なら私じゃなくても宰領できるよね。
 帰ったらちょっと姉様に相談してみよ~っと。



 ※   ※   ※



 一月後、角屋艦隊は再びパタニ王国の首都、パッターニの王宮にやって来た。
 福瀾陛下からの返礼品として絹と陶磁器、それに紅茶を二箱積んで来ているから、入港してからの手続きに手間取って仕方ないな。
 こんな時こそシャクティが居てくれたら話がスムーズなんだけども… 入港したらさっさと王宮に行ってしまった。
 まあ、役人との手続きは俺も覚えて行かなくちゃならんし、勉強だと思ってこなしていくか。

 しっかし、出す書類が多くて面倒だな。今更ながら太郎右衛門が居てくれた時は助けられてたのが分かる。


 一日がかりで入港の手続きを終え、翌日にはクニン陛下への謁見を許された。
 玉座で機嫌よく笑ってらっしゃる所を見ると、すでに航路の開拓という目的が果たせそうなことはシャクティから聞いているんだろう。

「お目通りが叶いまして恐悦至極でございます」
「久しい… と言うほどでもありませんね。早速のご協力ありがとうございます」
「いいえ、広南とパタニの友誼が末永く続けば幸いでございます」

「そのうえ、シャクティも引き続き面倒を見て下さるとか。ふつつかな妹ではありますが、今後ともよろしくお願いしますね」

 …………へ?

「あの… シャクティ姫は定期航路の艦隊を率いられるのでは?」
「ああ、ホイアンとの航路ならば、こちらのフィラスが宰領いたします」

 陛下がそう言うと、横に居並ぶ文武官の中から屈強そうな三十がらみの男が進み出て一礼する。
 禿げ頭に達磨のようなイカツい体つきで、日に焼けた肌はいかにも海の男という感じはする。

「フィラスはシャクティの元で一艦の艦長を務めておりました。今後のホイアンとの交易も、フィラスに任せて行こうかと思います。
 シャクティの役目については、御心置きなく」
「はあ…」

 いかんな。なんだか話が噛み合ってない。
 そういう事じゃないんだけど…

「では、シャクティ姫は?」
「ですから、引き続き御面倒をおかけすると…」

 いやいやいやいや!
 何でそうなるんだ?国の要人をもう一度預かるとか、正直勘弁してほしい。

「シャクティからは、カドヤ殿が責任持ってお守り下さると聞いていましたが、違いましたか?」
「違いま…」
「違いませんよ!『私を守りたい』と言って下さったではありませんか!」

 陛下の横でシャクティが進み出る。
 正式な使者の謁見の場が一気に騒がしくなった。
 なんだか皆一様に”よかった”とか”これで我らも安心できる”とか聞こえるが、あっちの王宮でもシャクティを持て余してたんだな…

 いや、しかし俺も持て余すのは間違いないんだから、ここはひとつ丁重にお断りして…

「では、お約束通りシャクティの事はお願いしましたよ」
 ニッコリ微笑まれると返す言葉がない。
 くそう… 美人てのはこういう時強いよなぁ…



「という訳で、引き続きよろしくね」
 謁見が終わって宿に下がると、満面の笑みを湛えたシャクティが尋ねてきた。
 すでに艦隊に加わる用意をして来ており、侍女を一人連れただけの女二人連れだ。
 友好使節としてじゃないから、かなり身軽に絞ったらしい。

「シャクティ、あのな。言ったように東の海域にはまだイスパニアのマニラもあるし、海もタイランド湾とは比較にならんくらいに荒れる。
 危ない目に遭わせたくないって言っただろ?」
「あら、だから危ない目に遭わないように、貴方が守ってくれるんでしょ?」

「いや、何でそうなる。船が沈めば、守るもクソもないんだから」
「あははは。その時は一緒に死んであげるから、大丈夫」
「はぁ…」
 最近ため息しか出ないな。原因はわかってるんだが、どうしようもない。

「同盟国の姫様を死なせたりなんかしたら、広南にとって一大事だ。冗談でもそういう事を言わないでくれ」
「……うん。わかった」

 まあ、断り切れなかった身の不運を嘆くしかないか。
 クニン陛下からはパタニの姫ではなくて一人の船乗りとして扱って構わないとは言ってもらっているし。
 人手が足りないってのも実情ではあるし。

「ところで、シャクティは操船できるのか?」
「操舵なら少し。それと、弓は得意だよ。アイシャは医術の心得もあるから、少しは役に立てると思う」
 そう言うと、シャクティの連れて来た侍女が一礼した。
 キッと睨まれた気がするのは気のせいかな。きっとそうだ。

「まあ、ともかく、フィラスさんの艦隊と一緒にホイアンに戻ろう。その後は、ゼーランディアに行って日本との交易品を交換しに行かないとな」
「おお!ついに東へ行けるんだね!じゃあ、早速行きましょ」
「いや、フィラスさんが準備を整えるまで待たないと。それまでは、パッターニでインド更紗の買付だ」
「ちぇっ」

 こしうして、新しい仲間が加わった。



 
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