大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久

文字の大きさ
上 下
18 / 20
第2章 マラッカ争奪戦

第18話 新兵器

しおりを挟む


 
 パッターニからホイアンを経由してゼーランディアに着くと、オランダ商館の手代をしているエルヴィンから意外な事を告げられた。

「日本への荷にコーヒーを追加してもらいたいって?」
「ああ、なんだかコーヒーが日本で流行し始めているそうでな。長崎の役人から、もっと手に入る伝手はないかと言われた。
 バタヴィアには日本向けの荷として追加を依頼したが、ヨーロッパへ持ち帰る分だけで精一杯だそうでな…
 ブラウエル総督からはカドヤから広南のコーヒーを分けてもらってはどうかと言われたそうだ」

 コーヒーか。そう言えば一度日本へ持ち帰ったことがあったな。
 特産品が流行してくれるのは有難い事だ。これをきっかけに『広南国』として正式に日本と交易関係を結べれば、オランダにピンハネされなくて済む。
 問題はキリシタンだなぁ…
 日本人キリシタンを受け入れちゃったもんだから、広南の船といえばキリシタンの船というイメージになってしまった。

「ところで大将。今回はえらくべっぴんさんを乗せてるじゃないか」
 エルヴィンがニヤニヤした顔で聞いてくるが、勘違いも甚だしいぞ。

「別にそういうんじゃない。同盟国のお偉いさんだよ」
「ほぇ~ それがこんな辺境にまで来るのかい?」
「ああ、珍しい物を色々見て回りたいんだと」
「そうかい。ゼーランディアじゃあ見て楽しめる物もないだろうに」
 男が言いながら視線をシャクティに移すと、当のシャクティは物珍しそうにキョロキョロと周りを見回していた。
 アジアでは珍しいレンガ造りの建物だから、それだけでも十分楽しんでいるような気がする。

 アイシャは無表情だけども…
 シャクティが強引に連れて来たんだろうな。やっぱり。


「おっとそうそう。頼まれていたブツも手に入ったぜ」
 そう言うと、エルヴィンは何やら太い矢のようなものと銃身の太い鉄砲のような物を取り出した。

「これが棒火矢か… タイランド湾ではコイツに苦しめられた」
「知らなかったとは意外だな。アンタの国の兵器だろ?何て言ったか… ムラカミとかいう海軍が使ってたらしいが」
「それは手で投げる焙烙玉の事だろう。こんなに遠くまで飛ばせる物が開発されているとは知らなかった」
「そうか。これでも持ち出すのに苦労したんだからな。礼金は弾んでもらうよ」
「わかってるよ。とりあえず、今回の荷の一割を置いて行こう」

「ヒュー。日本の銀を五十貫も出すとは、さすが広南はカネ持ってるねぇ」
「おかげさんでな。マニラ近海を行き来するのに、武器の備えは必要だからな」

 言いながら、受け取った棒火矢をしげしげと眺める。
 発射装置の鉄砲からして普通の大筒くらいあるな。こりゃあ、腕力が無いと扱えないか。
 先端は腕程の太さもある矢で、この中に火薬が詰まっているんだろう。
 矢の羽根も木で出来ているから、重量はかなりのものになりそうだ。

「試し打ちをしたいんだが、数はあるか?」
「発射装置の火矢筒を十本と、弾頭は五十を用意してある。試し打ちなら、廃船寸前のオンボロが一隻あるから使っていいぞ」
「そうか。悪いな」
「なに、五十貫ももらえるならサービスくらいするさ」
 そう言ってエルヴィンが蒼い眼を片方瞑る。
 優秀な仲買人なんだが、どうにもおちゃらけた所が珠に瑕だな。



 ※   ※   ※



「ここに火を付けるんだ。火薬に引火したら、その力で飛ぶ」
 旗艦の七郎丸の甲板でエルヴィンが撃ち方の説明をする。矢の羽根から生えた導火線に火を付けて発射するようで、鉄砲とは発射構造がまるっきり違っている。

「これ、間違って弾頭に引火する事はないんだろうな?」
「それはわからんね。自分の国の技術を信じるんだな」
「……」

 まあ、タイランド湾ではアユタヤの小舟で爆発は無かったはずだから、大丈夫だろう。
 利左衛門が試射を買って出てくれた。自らやりたいなんて珍しい事を言うもんだ。
 ……気のせいか少し目がキラキラしてる気がする。


「若、いきますぞ」
 そう言って種火を導火線に近付ける。
 火薬を包んだ油紙を麻糸で巻いたもので、シュウっと音を上げながら火が一定の速度で進んでいく。
 良く考えてあるな。


 シュウ………ゴォン!


「ヒュー。こりゃすげえな」
「驚いたな… 冷静に見るとすごい威力だ」

 発射の衝撃で利左衛門は尻もちをついたが、火矢は放物線を描いておよそ1km先の廃船に当たると、轟音を上げて船体にぽっかりと大穴を開けた。
 船内には火が付いたか、煙を上げ始めている。
 つくづく、あれを食らってウチの船はよくもまあ浮いてたもんだな。
 ファンの工房のおかげかな。

 構造を工夫すれば飛距離も伸びるだろうし、燃える火薬を詰めるか小玉の鉛を詰めるかで色々使い道は考えられる。問題は命中率かな。
 しかし、当たれば効果は絶大だ。喫水線に穴を開けるもよし、甲板を燃やすもよしだ。どっちも船にとっては致命傷になる。

 全員がタイランド湾の戦いを思い出したのか、複雑そうな顔をしている。
 シャクティだけはポカンとだらしなく口を開けているが、まあ初めて見たらそりゃあ驚くかな。
 嫌な思い出だが、こちらの武器になるなら頼もしい限りだ。

「いい武器だ。礼を言うぞエルヴィン」
「へへ。またのご利用を」


 ホイアンへ持ち帰って構造を分析しよう。
 広南国内で量産できれば、船だけでなく陸戦用の武器としても応用が利くだろう。
 アユタヤの北方では知政殿がビルマの侵入に頭を悩ませていると聞くからな。
 海・陸ともに軍備を増強できれば、南海での広南の存在感は一層大きくなるだろう。



 ※   ※   ※


「知政将軍!ビルマ勢がサルウィン川を超えてこちらに進軍中です!
 その数およそ二万!」
「ご苦労!奥に入って休むがいい」

 山田知政は斥候の報告に一つ頷くと、主だった部隊長を集めた。
 シャム太守チェイチェッタの客将として、チェンマイに築いた城を預かる知政には三万の兵を預けられている。
 易々とビルマの侵入を許すとも思えないが、油断は禁物だ。

「サルウィン川を越えて二日ということは、既にホメインの辺りまで進出していよう。
 山中の行軍だから騎馬は少ないはずだ」
「パイ盆地で迎え撃ちますか?」
「うむ。パイ盆地の砦を堅守し、そこを拠点として迎撃する」
「パイ砦は堅固な要塞。そこに兵を割くよりも、メーホーンソーン台地への備えを厚くすべきでしょう」

 部隊長の一言に知政が頷くと、参軍の黄明石が地図に碁石を置いて進言する。
 黄明石は名前の通り漢民族で、衰退する明に見切りを付けてアユタヤへと流れて来た者だ。
 元々明の将軍だったそうだが、その軍略は並々ならずとチェイチェッタからの推挙があって参軍へと迎えた。
 日本人が指揮し、クメール人の部隊長が部隊を動かし、漢民族の参軍が戦略を進言する。
 多民族国家となった広南ならではの光景だった。

 メーホーンソーンからチェンマイへは峻嶮な山道を通らねばならず、どう見ても大部隊を展開できる地形ではない。
 ビルマが進軍してくるならパイ盆地を抑えようとするのが常道だ。
 それ故、知政もパイ盆地へ砦を築き、チェンマイ城と連携して素早く軍を動かせる態勢を整えている。

 ―――功を焦るのか?

 知政は一瞬不安に駆られた。しかし、知政の視線に気付かなかったのか、それとも自信があるのか、悠然とした姿勢を崩さずに明石は話を続ける。
 細面の顔立ちが一層優雅さを醸し出していた。

 ともあれ話を聞こうと、知政は続きを促した。

「ビルマ軍は知政様の軍略を熟知しております。今まで何度もパイ盆地を狙っては撃退されております故」
「それ故、此度は二万という軍を動員してきたのであろう」
「例え二万が三万でも、正面からパイ砦を抜くことはできません。正面からの戦ならば、五千も籠れば十分に戦えます」
「ふむ… 道理ではあるな」
「私が心配しているのはメーホーンソーンから南下してインタノン山の南に出られる事。
 ここに五千の軍があれば、南下してアユタヤを陥れる事も出来ますし、北上してチェンマイ城に攻めかかる事も出来ます。
 チェンマイ城を攻める一軍があれば、パイ砦の防備も手薄となりましょう。
 チェンマイ城が落ちればパイ砦は敵中で孤立いたします」

 知政は指摘されて納得した。
 パイ砦には固定式の砲台を三門備えてあり、正面突破では被害が大きくなるだけだ。
 手薄となったチェンマイ城を裏から攻められれば、言うようにパイ砦の軍は山中で孤立して補給も難しくなる。

「一理あるな。ではインタノン山に一万を展開するとしよう」
「その軍の指揮は、知政様御自ら向かわれるがよろしいでしょう」
「しかし、それではパイ砦が手薄になり過ぎはしないか?正面から攻めて来る可能性も捨てきれんのだ」
「パイ砦への増援はチャイナット殿に率いさせれば良いかと…」

 明石の進言に、副将のチャイナットを見る。
 どうやら異存はなさそうだ。

「では、明石の策を採用しよう。チャイナットは一万を率いてパイ砦へ向かえ。
 チェンマイ城の留守居はウタイに任せる」
「「ハッ!」」
 全員が頭を下げ、軍議を終える。

「しかし、砲台が動かせれば良いのですがね…」
 ポツリと明石が呟いたのを知政は聞き逃さなかった。

 ―――砲台の移動か…

 陸地で動かすにはよほどの工夫が必要だろう。
 一度西村殿に文を書いてみるか。

 ぼんやりと考えながら、知政は出陣の準備を整えに向かった。


しおりを挟む

処理中です...