堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

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ニンゲン×魔族

05

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「大丈夫かな、兄さん……」

  ルシカは小さく呟いた。

「まぁ、別に襲いかかっても良いだろ。相手はあの先輩だ。他人の部屋でやらかす様な事はしねぇだろ」

  簡易的な小さい冷蔵庫から冷えたビールを取り出しながら、楼依は答えた。
  今日はカグヤは千皇とデートさせた。
  ホテル直行はないと思うし、一日くらいはまた共にさせとくべきだ、と楼依の部屋も空けておいた。
  楼依とルシカは外に出て軽く食事をした後、ホテルに来た。
  なかなか進展しない二人を、とりあえず何とかしたい、とルシカも提案をした。

「……何かさ、兄さんは前にも増して焦ってる、って言うか……」  

「先輩が動かねぇから」

「それもそうなんだけど……」

  楼依は甘めのカクテルをルシカに渡した。
  ルシカはそれを受け取った。

「この前さ、ヨゾラの学校の先生が来たんだ。誰かの代わりの先生って言ってた」

「関西君からも何も聞いてねぇな」

  楼依はそう言うとルシカの横に座った。
  ビールの缶を開けると、ルシカもカクテルの缶を開ける。

「その日からさ、兄さんの様子が何か変、つーか……」

  缶同士で乾杯をすると、ルシカも楼依も一口ずつ飲んだ。

「変なのは前からだろ」

「そー言うのじゃなくて、なんつーか、……焦ってるみたいでさ」

「なかなか先輩も会いに行かねぇし、寂しいっつーのはあるかもな。……で、その新しい先生っつーのは、どんなヤツ?」

「英語?の先生だって。雄だと思うけど、髪の毛が長くて、天使みたいな」

  天使みたいな、と言われれば、楼依はふーん、と鼻先で不機嫌な風に言った。

「グラディエッドも唸るし……、魔族の誰かかと思ったんだけど、そんな気配はなかったし」

「……ふーん」

「怖い雰囲気もなかった。優しそうだったけど」

「……ふーん」

   楼依はちびちびビールを飲みながら、不機嫌さを増した。
   
「あんなニンゲンなら、ヨゾラも安心出来るだろうなぁ」

「へー……」

   楼依はメニュー表を手にした。
  
「もう!ちゃんと聞いてよっ!」

  ルシカはメニュー表を取り上げた。
  楼依は宙に浮いたメニュー表を見上げた。

「知らん野郎の話を聞かされて、気分良いと思うなよ? 」

   そう言うと、楼依はビールをグビっと飲んだ。
  
「ただ、そう言う雄が来た、って話だろ?」

  不機嫌な態度の楼依に、ルシカも不機嫌になった。

「俺は見てくれも優しそうじゃねぇからなー」

「そうは言ってないじゃん!?」

「……俺が、ルシカの知らない奴を優しいとか褒めたら、嫌じゃねぇの?」

  ボソッと呟くと、楼依は口を尖らかせた。
  ルシカは眉間に皺を寄せる。
  あまり想像がつかないようだ。
  楼依は溜め息を吐いた。

「他人を褒めるっつーのは悪い事じゃねぇよ。仲良くなるのも悪くねぇ。ただ、俺個人が嫌なだけだし」  

「どんなヤツか聞いて来たの、楼依だろ……」

「一応末っ子の『保護者』だ。学校にゃ、ナンかあったり訪問時は俺に連絡くれって言ってあったんだよ」

  楼依の態度、知らない英語教師にただただ嫉妬しているだけだと、楼依自身は分かってても説明が難しい。
  たまに手伝うモモちゃんの店の客の話だって、あんまり聞きたくはないが、お互い様だ。
  ルシカはただ、カグヤがその頃から可笑しいと、話したかっただけだ。
  悪意があった訳じゃないのは、楼依だって分かっては居るし、ルシカを責めたい訳でもない。
  
 「それなのに、連絡は一切なかったし」 

「来たばっかだから、知らされてなかったかもじゃん?」

「そうだとしてもだ。担任とは毎日連絡してるんだろ?」

「それでも心配したかもじゃん?ずっと学校休んでるんだし」

  これ以上言っても、言い合いになるだけだ。
  楼依は一旦口を閉ざし、ビールを一気に飲み干した。
   少し気まづい空気が流れる。
   せっかくの二人きりなのに。
   空けた缶をテーブルに置くと、小さく息をついた。

「……、悪かったな。つまらねぇ意地張った」

  そう呟く様に謝罪をすると、立ち上がった。
  楼依にしてみれば、本当に教師かも怪しい。
  説明しても、弟の学校の先生だと信じたルシカは、あまり疑いを持たないだろう。
   楼依は立ち上がった。
   謝罪をした楼依の背中を、見詰めるルシカは罪悪感で一杯になった。
   そして、部屋を出てしまい一人取り残されると、一気に寂しくなった。
   何故、楼依は不機嫌のだろう。
   学校の先生がどんなヤツか聞いてきたから、答えただけなのに。
   
「……せっかく久しぶりの二人きりなのに」

  それでも楼依は謝った。
  それもなんだかモヤる。
  楼依が不機嫌になったのは、自分が悪かったのだろうけど、その要素が分からない。
  いつもは溶けてしまうんじゃないかと思うくらい、優しいのに。
   考えても、答えは見つからない。
   ルシカはカクテルを一気飲みした。
   その時、テーブルに置きっぱにされている楼依のスマホの通知音が鳴ると、画面にメッセージが表示された。

『久しぶりに飲み来いよー』

  送り主は、まだルシカが読める漢字ではなかったが、メッセージは読み取れた。

『新しい子、紹介したいし』

  続いて、そんな文面も入って来た。

「……新しい子?紹介?」

   ルシカは眉間に皺を寄せた。
   
『姫神みたいなヤツ好きな子沢山いるよー』

  再びそんな文面までもが入った。
  好きなヤツ……、好きな、その言葉がモヤっとした。
  ルシカの事は好きだ、と何回も伝えてくれる。
  凄く嬉しくて、でも恥ずかしくて。
  でも、ルシカの『好き』が楼依と同じかとかがまだ分からない。
   好きなのは好き。
   楼依の様に、優先順位を付けられない。
  優先順位を付けてしまったら、兄弟達に申し訳ない気もする。

「……楼依は俺のなのに」

  自分が知らない楼依の友達ってだけでも、面白くない。
  ルシカはソファーのクッションを抱き締めた。
  しばらくすると、楼依が戻って来た。
  
「風呂、入れて来た。先に入って来て良いぞ」

  そのまま再び冷蔵庫へと歩いた。
  ルシカはクッションを抱き締めたまま、動かない。
  先程の楼依の態度が寂しい思いをさせてしまったのは分かった。
  楼依は小さく一息つくと、缶ビールを持ってルシカの横に座った。

「……お前が悪いんじゃねぇよ」

  そう言って、ルシカの肩を抱き寄せようとした時に、また楼依のスマホの通知が鳴った。

「さっきから鳴ってる……」

  ルシカが小さく呟いた。
  楼依は抱き寄せようとした腕を下ろすと、スマホに手を伸ばした。
  画面を見ると、舌打ちした。
  そして、無言でスマホを操作すると電源を落としてテーブルに置いた。
  電源を切ったと言う事は、ルシカを選んでくれた。
  それは嬉しいけど。

「電源切って良いのか?トモダチだろう?」

  ルシカは小さく聞いた。

「ダチっつっても付き合いが長ぇだけ」

「でも、……俺より楼依を知ってるし。俺はニンゲンの知ってる人は、居ないし。もちろん、楼依は魔族に知り合いは居ないの、知ってるけど」

「……時間が合えば紹介する」

  なんだか無理矢理だったのだろうか。
  楼依が面倒くさそうにそう言ってる様にも感じる。
  
「だから、深く考えるな」

  と、言われてもモヤるものはモヤる。
  楼依は自分の左胸を軽く叩いた。
  ルシカのモヤモヤする感情が、楼依に流れたみたいだ。
   抑えたくても、モヤモヤする自分も嫌だ。
   だからか、モヤモヤが抑えきれない。

「お前だって知らねぇ男の話をした」

「楼依が聞いたんじゃん」

「優しそうやら天使みたいだとか言われたら面白くねぇんだよ」

「楼依が優しくないとか言ってないじゃん」

「だから謝っただろう?」

  確かに楼依は謝った。
  でも、態度が冷たく感じた。
  それは辛い。

「……言っとくが、咲護は弾さんのセフレだ。それに、アイツは優しくもねぇし、ただ店が暇だからメッセージ送って来たんだろうよ。俺がアイリと切れたから、からかってんの」

「……恋人、ってのが居るって、知らねぇの?」

「詳しくは言ってねぇ。飲み会とかは誘うな、とは言ってある」

  何故、詳しくは言ってないのだろう。
  話す暇がないのか、もしくはその『咲護』と言うニンゲンはクセの強いヤツなのか。

「今詳しく話したら、興味持たれちまう。勘だけはいいんだ、ファンタジーに両足突っ込んでる事はバレたくねぇ」

「別に、楼依のトモダチならバレたって……」

「面倒事にしたくねぇんだ。非日常的なもんは笑われるしな」

  笑われる、その言葉にルシカの胸が痛くなった。
  自分達は散々笑われて来た。
  だから慣れてはいるが、楼依は嫌だろう。
  ルシカだって嫌だ。
  自分のせいで、楼依が笑われるのは。
  でも、楼依のトモダチなら知っておきたい気もある。
  
「……今度会わせるよ。俺だって自慢してぇ気持ちはあるんだ」

  一息着いて楼依はそう言った。
  しかし、ルシカには楼依が『仕方ねぇ』と呆れている様に見える。

「うん……」
  
  ルシカは小声で返事を返すも頷いた。
  空気が重くなる。
  その重たい空気の中、ルシカのスマホが鳴った。
  通知を見ると、瑠依の名前だ。
  楼依をチラッと見ると、ルシカのスマホに目を向けて指さした。
  楼依は出ていいよ、と伝えただろうけど、ルシカには『出りゃ良いじゃん』と冷たい態度に見えてしまう。
  戸惑うも、ルシカは電話に出た。

「……うん、一緒に居るよ。……分かった」

  短い会話の後、ルシカは自分のスマホを楼依に差し出した。

「瑠依ちゃんが代わってって……」

   楼依はスマホの電源を切ってしまった為か、ルシカに掛かったのだろう。
  楼依はスマホを向けとると、耳に当てた。

「……おう。……あー、そうか。……分かったってお袋に伝えといてくれ」

  そう言うと通話が切れたのか、スマホをルシカに返す。
  
「明日、スタントの仕事が入っちまった」

  楼依は電源を落とした自分のスマホを取ると、胸ポケットにしまった。

「打ち合わせがあるから、今日はもう帰ろうか。……本当は朝まで一緒に居たかったけど」

  少し残念ではあるが、モヤモヤした中でイチャイチャする気分でもなかった。
  
「……そうだね」

  楼依がスタントマンで出てた作品は、何個か観た。
  高いところから命綱なしで飛び降りるシーン、乱闘シーン、トラックにバイクで突っ込むシーン、車が爆発する直前に脱出するシーン、など危険な事ばかりだ。
  羽のあるルシカだって、高いところから飛び降りる行為は怖いのに。
  それに、スクリーンの中の楼依の顔は一切見れないし、身体付きで何とか分かるくらいだ。

「明日、見学に来るか?」

「……でも、俺も明日仕事だし」

「うちの事務所が絡んでる仕事だ。文句は言わねぇだろ。お袋もばあちゃんも、気に入ってんだ、お前の事」

  帰り支度をしながら、楼依はそう言った。
  
「そんなに時間が掛かる仕事じゃねぇし、その後に仕切り直せばいい。……今日は気分が乗らねぇだろ、お互い」

  ルシカは申し訳なさそうに、小さく頷いた。
  

  
  
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