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ニンゲンとルシカ
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初めての映画。
本来ならきっと楽しかったのだろう。
内容が頭に入って来なかった。
あの女は誰だろう。
楼依の窶れ具合、漂う独特な匂い。
会った事はないだろう。
魔界でのルシカはほとんど引き籠もりだったのだから。
映画館を出て、明るくなった周囲に瞬きをした。
「まだ、難しい内容だったか?」
不意に楼依が聞いてきた。
「何か、展開が早すぎてさ。でも、迫力はすげぇな。あんなに大きなのハジメテだ」
ルシカは慌てて繕った。
「そっか……」
楼依は一言そう言った。
「先に飯食うか?」
ルシカの態度で何かを察しられたのだろうか。
「そうだな。何かオススメとかある?俺、よく分かんねぇし……」
「あー……、そんじゃ最近オープンした店に行くか?」
そう言ってエスカレーターの下りに乗った。
階段が自動的に動くのはやはり不思議だ。
そんな事で気を紛らわせながら、ルシカは楼依の後ろを歩く。
周りが気になる。
もし、何処かで見張られて居るのなら、気が気でない。
せっかく誘ってくれたのに、申し訳ない気持ちも溢れる。
施設のレストラン街。
韓国料理の店の前に立ち止まる。
昼時を少し過ぎたせいか、混んではいるものの二人くらいの席は空いていた。
「食いてぇの頼め」
と、メニューを渡された。
開いて見ても何が何だか分からない。
楼依はメニューを見ている。
横をスンドゥブをワゴンで運ぶウェイトレスが通った。
真っ赤なスープに、グツグツと音と湯気を立てて通る様を、ルシカは目で追った。
「アレは何だ?」
「スンドゥブだろ」
「アレが良い」
「辛いのは平気なのか?」
「分かんねぇけど、食ってみたい」
そう言うルシカに、楼依はウェイトレスを呼んだ。
自分の分とスンドゥブを注文する。
楼依はメニューを戻すと、一息着いた。
「お前の兄さんってさ、どんな感じ?」
ふと気になった。
「あー……、可愛げのあるゴリラ」
「ごりら?」
ルシカは首を傾げながら、自分のスマホを取り出した。
最近は検索までは慣れ、分からない事はとりあえず調べる事は出来るようになった。
ゴリラを検索し、出て来た画像に思わず笑う。
「何だよ、それ」
「俺とは真逆なんだ。人当たりいいし、優しいし、酒は飲めねぇし、面と体型はゴリラ。でも、頼れる兄貴。……お前のとこは?」
「……兄さんも、人当たりは良いし、優しい。何でも頑張ろうとするから、心配だけど。……でも、結局それに甘えちまう。積極的で行動的だから、羨ましい……」
ルシカは俯いた。
「弟も、俺なんかより頼りになるし……。兄ちゃんなのに、弱いし……、何もして上げれてない。兄さんにも、弟にも、……守られてばっか」
ふっと自虐的に笑う。
「……守りがいのある、可愛い兄で弟で良いんじゃねぇの?俺なんて可愛げもねぇぞ」
「自立してんじゃん」
「兄貴の真似をしただけ。まぁ、兄貴と違うのは、大学まで行ってるくらいか」
「……凄いよ。俺は兄さんみたいになれないもん」
確かに、弟達の為とは言えあそこまで身体を張れないし、社交的にも出来ない。
交尾を好きになるなんて、以ての外だ。
「ならなくて良いだろ。お前はお前」
「俺だって兄さんや弟に何かしてやりたいよ」
「だったら、過保護な兄弟が安心する様にすりゃいい」
安心させる事……、それは楼依の様に自立すれば良いのだろうか。
一人になると言えば、カグヤもヨゾラも全身全霊を込めて阻止しそうだ。
「スンドゥブとサムゲタン、お持ちしました。器が熱いのでお気を付け下さい」
ワゴンを横に停めると、ウェイトレスがそう言いそれぞれの前に器を置いた。
マグマの様に真っ赤でグツグツと煮立っている光景に、ルシカは目を輝かせ興味を示した。
「ほら、食うぞ」
と、楼依が言うと二人揃って手を合わせる。
目の前の真っ赤なスープに、楼依は若干眉間に皺を寄せた。
見た目もだが、匂いまで辛い。
恐る恐るルシカはスプーンで赤いスープを掬い上げ、少し冷ますと口に入れる。
一瞬、動きが止まるも、喉を鳴らしスープを飲み込んだ。
「……うまっ。辛いけどっ」
ルシカの目が輝く。
初めての刺激にルシカは昂揚した。
もう一口口に入れると、幸せげに頬が綻んだ。
「何か、見た事ある光景だな」
ポツリと楼依が呟いた。
「ん?何か言ったか?」
かなりの辛さがありそうなのだが、ルシカは美味しそうに食べながら聞いた。
「……いや、先輩が連れてた奴も、ハジメテだって美味そうに食ってたな、って思い出しただけ」
そう言えば、カグヤと言う名前は忘れたが、色白い肌で金髪だった。
ハジメテが多いのは気になる。
しかし、ルシカはどちらかと言えば……。
「でも、まぁ気に入ったなら良かった」
楼依は安心したのか、サムゲタンを食べ始めた。
「こんなに美味いもん、食った事ねぇ。兄さんや弟にも食わせたいな」
「止めとけ、この辛さは尋常じゃねぇよ。……特に兄貴は」
そう口にしたが止めた。
「ちょっとピリッとするだけじゃん」
「ちょっとじゃねぇだろ」
「んじゃ、食ってみろよ」
そう言ってルシカは真っ赤なスープを掬って楼依の前に差し出した。
辛味成分が目に染みてきた。
「……いや、遠慮しとく」
「美味いのに……」
ルシカはシュンと肩を落とす。
「……さっきから、ソワソワしてた、お前」
楼依は俯きながら、サムゲタンを掻き回した。
「そう言う素直な表情の方が良い……」
そう呟く楼依に、ルシカまで下を向いた。
顔が熱い。
ソワソワしていたのも見通されている。
胸が痛い。
そして、ほんのりと身体が疼き出した。
(……何で、今……)
今までなかった。
客相手であっても、精の空腹があっても疼く事はなかった。
(俺……、もしかして……)
ルシカは悟られない様に、小さく首を左右に振ると、スンドゥブを口に運んだ。
とりあえず食べて紛らわせ様と、次々に口に運ぶ。
もう、楼依は誰かの物。
手を出すつもりはないが、手を出す事は許されない。
今ある状況を贅沢だと思わないといけない。
でも、もし、今の状況が楼依の望んでいない事だったら……。
救い出す事が出来るのだろうか。
兄弟も救えない奴がニンゲンを救うなど烏滸がましい。
それに、ルシカは魔族だ。
魔族が人助けなど聞いた事がない。
胸の奥がズキズキする。
「気分転換でもさ、何で俺を誘ったの?……お前なら、……もっと」
半分くらい減ったスンドゥブの器を見下ろし、ルシカはポツリと聞いた。
「お前なら……、良いと思った」
「良い?」
「そう思いたい自分がいる。だから誘った」
そう答えて、楼依はサムゲタンを口に運んだ。
「さっさと食って出るぞ。……時間がもったいない」
楼依にそう言われ、ルシカもスンドゥブを口に運んだ。
今日はずっと一緒にはいる予定だが、時間を気にしているんだろうか。
また、胸騒ぎがする。
それから2人は無言で食事を終えた。
その頃。
「なぁ、まーだ誰にヤられたか教えてくんねーの?」
ホストクラブ『G』の千皇のデスクに座り、足をプラプラとさせながら、弾が聞いて来た。
「火傷しただけっつってんだろ」
千皇は左眼に黒い眼帯を着けている。
弾には目もくれず、パソコンの画面を見ていた。
「そんなとこ、普通火傷するかよ」
「しつけぇ」
「綺麗な顔面が血塗れだったって聞いたよー」
弾はそう言いながら、タバコに火を点けた。
タバコの先から細い煙が立ち上る。
「噂が一人歩きしてるだけ。もし仮に誰かにヤられたとしても、俺の問題だ。テメェは関係ない」
「神代の綺麗な顔を歪ませるのは俺の夢なんだけど」
「そんなくだらねぇ夢、さっさと捨てちまえ」
カタカタと、千皇はパソコンのキーボードを叩いた。
「誰かを庇ってんの?」
弾は首だけ振り向いた。
千皇はパソコンの画面を見ている。
「事故でもさそんな傷出来ねぇだろ?熊と格闘した訳じゃあるまいし」
「お前は暇人か。俺は忙しい」
「暇じゃないよー?新しい家族を養っていかねぇとさー」
ふーん、と千皇は興味なさげに鼻先で言った。
「ここ一月前くらいからね養ってんの、あの金髪君」
一瞬、千皇の手が止まった気がした。
「弟二人と犬一匹、路頭に迷わせちゃったってさ、泣き付いて来てくれて。あ、真ん中の弟君、一度ここに来たはずだよ。姫神の妹の瑠依ちゃんと」
そう言えば、瑠依が絡みに来た時に閉店間際に顔を見た。
色白の金髪のオドオドした男の子。
カグヤにちょっとだけ似ていた気がする。
アレがカグヤが助けたかった弟か、と思うと妙に納得出来た。
しかし、弾に泣き付いたのは納得出来ない。
「真ん中の弟君もね、末の弟君に学校行かせたいって、健気なの。可愛いくてさ、ランジェリーサロンで働いてんだけど、人気だよー」
「……もっとまともなとこで働かせろよ」
「そのつもりだったんだけどさ。でもね、姫神が通ってんだ。毎週木曜日は最後までいるらしいよー」
千皇のこめかみがピクっと動いた。
「末の弟君には嫌われてるけどね、俺」
弾がケラケラと笑う。
「そんでねー……。やっぱり凄いの、金髪君」
「……」
「デリとゲイビと玩具のモニターしてるんだけど、……客は耐えないし、一晩で何人もイけちゃうから商売繁盛。何人かは堕ち過ぎて如何にも死にそうな客も居るけど。何でかなー、やっぱり萎えないんだよなー……」
淫魔だから、とは言わなかった。
自分の顔を奪ったのはカグヤだとバレたら、弾はどうするだろうか。
一瞬頭をよぎった。
「あんだけ客抱えてんのに、ガバガバにならねぇし」
「……何でそんな話を俺にする」
「だって、興味あるだろ」
「ある訳ねぇ」
またまたー、と弾は笑った。
「……イラついてる顔してる。珍し……」
ポツリと言う弾に、千皇は眉間に皺を寄せた。
自分では表情を変えているつもりは無い。
「やっぱり、金髪君と会った事あるんだ?」
「……さぁな」
「俺と神代は穴兄弟か?」
馬鹿だ、と言わんばかりに千皇は大きめの溜息を吐いた。
「……もう十分俺の仕事の邪魔をしただろ?俺は忙しい」
「退散するからさ、いい加減教えろよ。……お前の顔、抉った奴」
「んなもん居ねぇって言ってるだろーが。くだらねぇ」
「昔から素直じゃねぇけどさ、……そこまで庇う相手にきょーみあんだよね」
「居ねぇもんは居ねぇ。さっさと消えろ」
千皇はしっしと手を振った。
弾はタバコを消す。
「また会いに来るよ」
「二度と来んな。俺はお前みたいに暇では無い」
千皇は再びパソコンのキーボードを弾き始めた。
本来ならきっと楽しかったのだろう。
内容が頭に入って来なかった。
あの女は誰だろう。
楼依の窶れ具合、漂う独特な匂い。
会った事はないだろう。
魔界でのルシカはほとんど引き籠もりだったのだから。
映画館を出て、明るくなった周囲に瞬きをした。
「まだ、難しい内容だったか?」
不意に楼依が聞いてきた。
「何か、展開が早すぎてさ。でも、迫力はすげぇな。あんなに大きなのハジメテだ」
ルシカは慌てて繕った。
「そっか……」
楼依は一言そう言った。
「先に飯食うか?」
ルシカの態度で何かを察しられたのだろうか。
「そうだな。何かオススメとかある?俺、よく分かんねぇし……」
「あー……、そんじゃ最近オープンした店に行くか?」
そう言ってエスカレーターの下りに乗った。
階段が自動的に動くのはやはり不思議だ。
そんな事で気を紛らわせながら、ルシカは楼依の後ろを歩く。
周りが気になる。
もし、何処かで見張られて居るのなら、気が気でない。
せっかく誘ってくれたのに、申し訳ない気持ちも溢れる。
施設のレストラン街。
韓国料理の店の前に立ち止まる。
昼時を少し過ぎたせいか、混んではいるものの二人くらいの席は空いていた。
「食いてぇの頼め」
と、メニューを渡された。
開いて見ても何が何だか分からない。
楼依はメニューを見ている。
横をスンドゥブをワゴンで運ぶウェイトレスが通った。
真っ赤なスープに、グツグツと音と湯気を立てて通る様を、ルシカは目で追った。
「アレは何だ?」
「スンドゥブだろ」
「アレが良い」
「辛いのは平気なのか?」
「分かんねぇけど、食ってみたい」
そう言うルシカに、楼依はウェイトレスを呼んだ。
自分の分とスンドゥブを注文する。
楼依はメニューを戻すと、一息着いた。
「お前の兄さんってさ、どんな感じ?」
ふと気になった。
「あー……、可愛げのあるゴリラ」
「ごりら?」
ルシカは首を傾げながら、自分のスマホを取り出した。
最近は検索までは慣れ、分からない事はとりあえず調べる事は出来るようになった。
ゴリラを検索し、出て来た画像に思わず笑う。
「何だよ、それ」
「俺とは真逆なんだ。人当たりいいし、優しいし、酒は飲めねぇし、面と体型はゴリラ。でも、頼れる兄貴。……お前のとこは?」
「……兄さんも、人当たりは良いし、優しい。何でも頑張ろうとするから、心配だけど。……でも、結局それに甘えちまう。積極的で行動的だから、羨ましい……」
ルシカは俯いた。
「弟も、俺なんかより頼りになるし……。兄ちゃんなのに、弱いし……、何もして上げれてない。兄さんにも、弟にも、……守られてばっか」
ふっと自虐的に笑う。
「……守りがいのある、可愛い兄で弟で良いんじゃねぇの?俺なんて可愛げもねぇぞ」
「自立してんじゃん」
「兄貴の真似をしただけ。まぁ、兄貴と違うのは、大学まで行ってるくらいか」
「……凄いよ。俺は兄さんみたいになれないもん」
確かに、弟達の為とは言えあそこまで身体を張れないし、社交的にも出来ない。
交尾を好きになるなんて、以ての外だ。
「ならなくて良いだろ。お前はお前」
「俺だって兄さんや弟に何かしてやりたいよ」
「だったら、過保護な兄弟が安心する様にすりゃいい」
安心させる事……、それは楼依の様に自立すれば良いのだろうか。
一人になると言えば、カグヤもヨゾラも全身全霊を込めて阻止しそうだ。
「スンドゥブとサムゲタン、お持ちしました。器が熱いのでお気を付け下さい」
ワゴンを横に停めると、ウェイトレスがそう言いそれぞれの前に器を置いた。
マグマの様に真っ赤でグツグツと煮立っている光景に、ルシカは目を輝かせ興味を示した。
「ほら、食うぞ」
と、楼依が言うと二人揃って手を合わせる。
目の前の真っ赤なスープに、楼依は若干眉間に皺を寄せた。
見た目もだが、匂いまで辛い。
恐る恐るルシカはスプーンで赤いスープを掬い上げ、少し冷ますと口に入れる。
一瞬、動きが止まるも、喉を鳴らしスープを飲み込んだ。
「……うまっ。辛いけどっ」
ルシカの目が輝く。
初めての刺激にルシカは昂揚した。
もう一口口に入れると、幸せげに頬が綻んだ。
「何か、見た事ある光景だな」
ポツリと楼依が呟いた。
「ん?何か言ったか?」
かなりの辛さがありそうなのだが、ルシカは美味しそうに食べながら聞いた。
「……いや、先輩が連れてた奴も、ハジメテだって美味そうに食ってたな、って思い出しただけ」
そう言えば、カグヤと言う名前は忘れたが、色白い肌で金髪だった。
ハジメテが多いのは気になる。
しかし、ルシカはどちらかと言えば……。
「でも、まぁ気に入ったなら良かった」
楼依は安心したのか、サムゲタンを食べ始めた。
「こんなに美味いもん、食った事ねぇ。兄さんや弟にも食わせたいな」
「止めとけ、この辛さは尋常じゃねぇよ。……特に兄貴は」
そう口にしたが止めた。
「ちょっとピリッとするだけじゃん」
「ちょっとじゃねぇだろ」
「んじゃ、食ってみろよ」
そう言ってルシカは真っ赤なスープを掬って楼依の前に差し出した。
辛味成分が目に染みてきた。
「……いや、遠慮しとく」
「美味いのに……」
ルシカはシュンと肩を落とす。
「……さっきから、ソワソワしてた、お前」
楼依は俯きながら、サムゲタンを掻き回した。
「そう言う素直な表情の方が良い……」
そう呟く楼依に、ルシカまで下を向いた。
顔が熱い。
ソワソワしていたのも見通されている。
胸が痛い。
そして、ほんのりと身体が疼き出した。
(……何で、今……)
今までなかった。
客相手であっても、精の空腹があっても疼く事はなかった。
(俺……、もしかして……)
ルシカは悟られない様に、小さく首を左右に振ると、スンドゥブを口に運んだ。
とりあえず食べて紛らわせ様と、次々に口に運ぶ。
もう、楼依は誰かの物。
手を出すつもりはないが、手を出す事は許されない。
今ある状況を贅沢だと思わないといけない。
でも、もし、今の状況が楼依の望んでいない事だったら……。
救い出す事が出来るのだろうか。
兄弟も救えない奴がニンゲンを救うなど烏滸がましい。
それに、ルシカは魔族だ。
魔族が人助けなど聞いた事がない。
胸の奥がズキズキする。
「気分転換でもさ、何で俺を誘ったの?……お前なら、……もっと」
半分くらい減ったスンドゥブの器を見下ろし、ルシカはポツリと聞いた。
「お前なら……、良いと思った」
「良い?」
「そう思いたい自分がいる。だから誘った」
そう答えて、楼依はサムゲタンを口に運んだ。
「さっさと食って出るぞ。……時間がもったいない」
楼依にそう言われ、ルシカもスンドゥブを口に運んだ。
今日はずっと一緒にはいる予定だが、時間を気にしているんだろうか。
また、胸騒ぎがする。
それから2人は無言で食事を終えた。
その頃。
「なぁ、まーだ誰にヤられたか教えてくんねーの?」
ホストクラブ『G』の千皇のデスクに座り、足をプラプラとさせながら、弾が聞いて来た。
「火傷しただけっつってんだろ」
千皇は左眼に黒い眼帯を着けている。
弾には目もくれず、パソコンの画面を見ていた。
「そんなとこ、普通火傷するかよ」
「しつけぇ」
「綺麗な顔面が血塗れだったって聞いたよー」
弾はそう言いながら、タバコに火を点けた。
タバコの先から細い煙が立ち上る。
「噂が一人歩きしてるだけ。もし仮に誰かにヤられたとしても、俺の問題だ。テメェは関係ない」
「神代の綺麗な顔を歪ませるのは俺の夢なんだけど」
「そんなくだらねぇ夢、さっさと捨てちまえ」
カタカタと、千皇はパソコンのキーボードを叩いた。
「誰かを庇ってんの?」
弾は首だけ振り向いた。
千皇はパソコンの画面を見ている。
「事故でもさそんな傷出来ねぇだろ?熊と格闘した訳じゃあるまいし」
「お前は暇人か。俺は忙しい」
「暇じゃないよー?新しい家族を養っていかねぇとさー」
ふーん、と千皇は興味なさげに鼻先で言った。
「ここ一月前くらいからね養ってんの、あの金髪君」
一瞬、千皇の手が止まった気がした。
「弟二人と犬一匹、路頭に迷わせちゃったってさ、泣き付いて来てくれて。あ、真ん中の弟君、一度ここに来たはずだよ。姫神の妹の瑠依ちゃんと」
そう言えば、瑠依が絡みに来た時に閉店間際に顔を見た。
色白の金髪のオドオドした男の子。
カグヤにちょっとだけ似ていた気がする。
アレがカグヤが助けたかった弟か、と思うと妙に納得出来た。
しかし、弾に泣き付いたのは納得出来ない。
「真ん中の弟君もね、末の弟君に学校行かせたいって、健気なの。可愛いくてさ、ランジェリーサロンで働いてんだけど、人気だよー」
「……もっとまともなとこで働かせろよ」
「そのつもりだったんだけどさ。でもね、姫神が通ってんだ。毎週木曜日は最後までいるらしいよー」
千皇のこめかみがピクっと動いた。
「末の弟君には嫌われてるけどね、俺」
弾がケラケラと笑う。
「そんでねー……。やっぱり凄いの、金髪君」
「……」
「デリとゲイビと玩具のモニターしてるんだけど、……客は耐えないし、一晩で何人もイけちゃうから商売繁盛。何人かは堕ち過ぎて如何にも死にそうな客も居るけど。何でかなー、やっぱり萎えないんだよなー……」
淫魔だから、とは言わなかった。
自分の顔を奪ったのはカグヤだとバレたら、弾はどうするだろうか。
一瞬頭をよぎった。
「あんだけ客抱えてんのに、ガバガバにならねぇし」
「……何でそんな話を俺にする」
「だって、興味あるだろ」
「ある訳ねぇ」
またまたー、と弾は笑った。
「……イラついてる顔してる。珍し……」
ポツリと言う弾に、千皇は眉間に皺を寄せた。
自分では表情を変えているつもりは無い。
「やっぱり、金髪君と会った事あるんだ?」
「……さぁな」
「俺と神代は穴兄弟か?」
馬鹿だ、と言わんばかりに千皇は大きめの溜息を吐いた。
「……もう十分俺の仕事の邪魔をしただろ?俺は忙しい」
「退散するからさ、いい加減教えろよ。……お前の顔、抉った奴」
「んなもん居ねぇって言ってるだろーが。くだらねぇ」
「昔から素直じゃねぇけどさ、……そこまで庇う相手にきょーみあんだよね」
「居ねぇもんは居ねぇ。さっさと消えろ」
千皇はしっしと手を振った。
弾はタバコを消す。
「また会いに来るよ」
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