堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

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ニンゲンとルシカ

04

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  魔界からこっそり持ち出した二冊の本。
  それにはニンゲンを堕落させる方法や、魔力の使い方等が事細かく書かれている。
  そして、もう一冊は歴史の様な物だ。 
  魔族はどう産まれたとか、天界との争いとか、そう言う在り来りな書物だ。

「なぁ?」
「何や」
「大事なもんを他人にやる時ってさ、どんな時?」 
「知るか、そんなモン」

 ある程度、文字を理解する事は出来た。
 漢字とやらも、小学生レベルまでは覚えた。
 次の課題の数字とか計算を教えて貰っている。

「真幸だったらどうなんだよ」
「大事なもんのレベルによるやろ」
「俺の為に死んでくれー、って言ったら、死ぬ?」
「アホか。何で大事な命をお前にやらないけんのや。好きでもなんでもないんに。俺がお前にやれるんは勉強用のドリルくらいや」

  ほら、と小学3年生用の算数のドリルをつつく。
  ヨゾラはむっとすると、頭をテーブルにくっつけた。

「命を懸けるっつーのは、相手が余程の信頼と覚悟がある時やろ。お前は俺が死んでくれ言うたら死ぬんか?」
「無理」
「せやろ。うだうだ考えんと、さっさ問題を解けや」

  真幸は自分の本に目を向けた。
  その時、バタバタとルシカが部屋から出て来た。

「なぁなぁ、ヨゾラ。俺、大丈夫?変な格好してねぇ?」

  白いピタッとしたタートルネックのシャツに、黒のダメージジーンズ、黒いロングの長袖の薄い上着に、黒いキャップ。
  瑠依が見立ててプレゼントしてくれたらしい。

「何や兄さん、そんなオシャレしてデートかい?」
「ちょっと友達と買い物だよ」

  ルシカは少し照れ笑いを浮かべた。

「買い物にしちゃ浮かれとるやろ」

  真幸はニヤッと笑った。

「友達って、誰?」

  ヨゾラは怪訝そうに聞いた。

「お客さんだよ。……ほら、ほすとくらぶってとこに行っただろ?そこの……」
「連絡取れたんだ」
「たまたま店でさ……。それで、買い物行こうって誘ってくれて。……本当はお客さんとはダメなんだけど、弾さんの後輩って言ってたし」

  楼依はあれから週一で通ってくれていた。
  少しづつ窶れて居るのは気になるが、お互いの気分転換を兼ねて楼依が誘ってくれたのである。
  ルシカが心許して居るんだ。
  きっと大丈夫なのだろうけど。

「最近、夢は見てるの?」

  ヨゾラはテーブルに頭を伏せたまま聞いた。

「……見てるよ」

  少し間を置いて、ルシカは答えた。
  最近の夢は妙だ。
  雄は雌と交尾して、ルシカが止めるも届かない。
  その繰り返しだ。
  ルシカの様子が気になる。

「真幸君、ゴメンな?いつもヨゾラの相手させて」
「全くや。せやけど、兄さんも楽しんで来」
「ヨゾラ、お昼ご飯冷蔵庫入ってるから、後で兄さん起こして食べさせろよ。真幸君も良かったら」
「分かってるよ。ルシ兄もそろそろ行かねぇと」

  ルシカはルシカで、簡単な下界の料理を覚えた。
  いろいろ覚えるのは楽しい。
  ルシカは時計を見ると慌てて立ち上がり、玄関を出た。

「あれは恋でもしとるな」 

  ボソッと真幸が呟いた。
  
「こい?」
「お前の知りたがっとる気持ちやねん。顔と態度に出とる。分かりやすいやっちゃな」
「恋ってしたらどうなるんだ?」
「兄さんみたいになるな」
「……分かんねぇよ」
「あんなに分かりやすいんに」

   確かに、あんなにウキウキとしたルシカは初めてかも知れない。
  仕事は好きにはなれていないみたいだが、週に一度だけ気合いが違う。
  友達でもルシカに寄り添えるニンゲンが居るのは、弟しても嬉しい。
  が、もどかしい。
  このまま良い方向へ行くとは思えない。
  胸騒ぎもする。
  その胸騒ぎは当たる事となる。
  最上階からエレベーターにルシカは乗った。
  この生活も段々と慣れて来た。
  映画なるものを観て、軽く買物をして、夕飯食べて
そのまま同伴出勤らしい。
  今日は、別のニンゲンを相手にしなくても良い。
  
『あの雄の精はきっと美味でしょうな』

  エレベーターのボタンの前に立つルシカの背後から、老人の声が聞こえた。
  ルシカは振り返る。
  ここは密室、逃げ場がない。

『警戒なさらずとも良いではございませんか。 しかし、下界とは便利ですな。城にもこの様な箱があれば楽ですのに』

  羽があるのだ、飛べばいいと思わず思う。

『しかし、残念な事にあの雄は既に他者の物。ルシカ様とは結ばれぬ運命。もちろん、精を取り堕落させる事も叶いませぬ』
「……何を言って居るんだ。俺はアイツをどうこうしようとは思ってない」
『魔界に帰り、魔王様の愛玩具として横に居れば、お嫌いな交尾もせずに済むもの。こうしていつまで小さい精だけではいづれ強制的に連れ帰る事になりましょう』

  帰りたくは無い。
  ルシカはギュッと拳を握った。
  
『お寂しいのであれば、夢の中の雄がまたルシカ様に会いに行きます故』

  老人のその言葉に、ルシカは目を見開いた。

「あ、あれは、……やっぱり」
『ルシカ様が会いたがって居ましたので、御要望に応えた迄の事。恨まれる所以はございませぬ』   

  ルシカの拳が震える。

『あの雄とて、紳士に見えて虎視眈々と貴方様を狙っているのやも……』
「……そんな事はしねぇ」
『しかし、先程も申し上げたとおり、かの者は他者の雄。ルシカ様が狙ったとて、既に手遅れ。情などに流されずに済みましたな』

  老人はニンマリと笑った。
  エレベーターが止まった。
 
『さぁ、一時の夢を見に行って来なされ』

  扉が開くと、老人は姿を消した。  
  何か既に手を回しているのだろうか。
  ルシカはエレベーターを降りた。
  魔王もカグヤに情など要らないと言っていた。
  老人もまた、同じ様な事を言っていた。
  情の意味が分からない。
  頭がグルグルしながら、待ち合わせ場所に向かった。 
  一緒に居るのが安心とか、撫でられるのが気持ち良いとか、一緒に外に出るのが楽しみとか、そう言う気持ちは持ってはダメなのだろうか。
  兄弟同士だって、そう言う時もあるし、今まで咎められた事はなかった。
  ただ違うのは兄弟以外は初めてだ、と言う事だ。
  ドキドキとかワクワクとか、魔族だからしてはいけない事なのだろうか。
  老人は、楼依の何処まで見ているのだろうか……。
  楼依は誰かに手を付けられていると言う意味が、何だか怖い。
  頭を撫でられたり、抱き寄せてくれたり、安心感があるが、抱かれたいとは思ってないとは思う。
  抱かれるならば、と聞かれたら否定は出来ない。
  楽しいと言う感情は兄弟達と変わらないのだが、申し訳なくてまだ言えない。
  本当に申し訳ないだけだろうか?
  むしろ、店に来てルシカを買っても一切手は出さない上に、気を遣ってくれている楼依に対しての方が申し訳ない気がする。
  その間のルシカは、仕事はしていないのだ。
  グルグルする。

「おい」

  声を掛けられ、腕を掴まれた。

「通り過ぎるぞ」

  そう言われ声の方を見上げると、楼依が居た。

「あ、……ゴメン。……待たせちまったか」

  咄嗟にルシカは苦笑いを見せた。

「いや、今来たとこ。考え事かよ」
「俺、兄弟以外こうして外に出る事なかったから、ちょっと緊張してた」
「どんだけ引き籠もりだ」

  楼依は呆れた様に溜息を吐く。
  この前会った時より疲れている様だ。
  甘ったるい匂いも、また強くなっている気がする。

「お前は大丈夫なのか?……何かさ、どんどん顔色が悪くなってる気がする」

  ルシカは俯いた。

「気にするな。気分転換しようって誘ったのは俺だ」

  そうだけど、とルシカが呟く。
  楼依はルシカの頭をキャップ越しにポンポンとした。

「兄弟以外遊んだ事もねぇんだろ?気にしねぇで楽しめ」

  ほら、行くぞ、と楼依は歩き出す。
  ルシカは後ろを歩き出した。
  映画と言うのは初めてだ。
  テレビよりも大きな画面で、音も大きいらしい。
  楼依から話を聞いた時には、ワクワクした。
  でも、気になる事が多すぎる。

「……なぁ」

  後ろを歩くルシカは足を止める。
  楼依の足を止めると、振り向いた。

「何で俺に優しいの?」

  俯き加減でルシカが聞いた。

「……お前、理由がどうであれ、女が居るじゃん?」
「女じゃねぇって」

  楼依はルシカに近付いた。

「俺はお前が思ってる程優しくねぇし、……俺がお前にしてやりてぇ事を勝手にやってるだけ。お前の店に通うのも、こうして誘うのも。単なる自己満足ってやつ」
「自己満足って、……俺じゃなくても」
「何でだろうな。俺も良く分かってねぇよ。……ただ、……」

  そう途中で言葉を止めた。
  ルシカのキャップの鍔を掴むと上に上げた。
  思わず上を向くと、楼依と目が合った。

「お前は、ただ楽しめば良い。ほら、時間が迫ってる」

  目が合うと、ドキッとする。 
  ルシカの手を取ると、歩き出した。
  繋がれた手の体温が心地好くて、でも、何だか恥ずかしい。
  カグヤとヨゾラと手を繋ぐのとはどこか違う。
  会う度に窶れて居る気がすると言っても、ルシカを掴む手は強くて頼り甲斐がある。
  何だか羨ましい。
  カグヤは弾に、ヨゾラには真幸に知らない事を教えて貰っている。
  ルシカには楼依がそうだ。
  本当にそれだけなのだろうか。
  窶れて行く楼依をどうにかしたい気持ちもあるし、一緒に居たい気持ちもある。
  淫魔なのに、身体を繋げる事に今まで以上に抵抗があるのは、楼依が優しいからなのだろうか。  
  この気持ちが白い物より黒い物に近い気もする。
  嫌な感情だ。
  無言でただ手を繋いで歩くだけだと、余計な事を考えてしまう。
  楼依は大きな施設の中に入って行った。
  中は賑やかで人が多い。
  オシャレな服や、雑貨等が飾られ、ニンゲン達はそれを見たり手にしたりとしていた。
  階段が動いている。
  
「足許、気を付けろよ」

  と、楼依は言うと、ルシカをそれに乗せた。
  自動ドアとエレベーターには慣れたが、エスカレーターは初めてだ。
  ちょっとドキドキとした。
  エスカレーターの先に映画館なる施設の入り口が見えた。
  入り口付近はいろんな映画のポスターが飾ってあり、中は若干薄暗い。
  楼依はスタスタと向かうと、 機械を操作して紙切れを取り出しルシカに渡す。

「無くしたら入れなくなるからな」

  その小さな紙切れをしばらく見つめて居ると、楼依はポンと背中を押した。
  広いカウンターに連れて来られと、ニコニコと笑顔の雌がさらにニコニコする。
  ニコニコと言うより、楼依に見惚れている様にも見えた。
  そして、ルシカに視線を向けられると、楼依と見比べられ、感嘆の溜息を吐かれる。
  楼依はコーラ、ルシカは良く分からないので適当な炭酸飲料とポップコーンを注文すると、楼依が受け取る。
  カウンターを離れると

「お互い虫除けだな」

  と呟いた。
  虫除けの意味は分からない。
  別の入り口に居る店のニンゲンに、さっきの紙切れを見せると、半分に切って渡された。
  楼依が先に入った部屋の中は、さらに薄暗い。
  一番後ろの席に座った。
  目の前に広がる真っ白な壁にソワソワしてしまう。
  ルシカはジュースのストローを咥えた。

「今飲みすぎたら、トイレが近くなんぞ」
「……だってさ、何か落ち着かねぇってか……」

  ふと、二つくらい前の席の女の子達と目が合った。
  女の子達は咄嗟に目を逸らした。

「凄いモデルみたいなカップルだね」
「美男美女で羨ましい……」

  コソコソと話す女の子達に、楼依が下を向いて笑った。
 
「何笑ってんだよ」

  小さく身体を揺らして笑う楼依に、ルシカがコソッと聞いた。

「お前、女扱いされてる」
「……は?」
「ここに入るまで何人居たか」

  笑いを堪える楼依に、ルシカはムッとする。
  自分の容姿など興味はない。
  綺麗だとか美しいなんて、自分を見ているのではなく母親似なのだから仕方がない。
  非力で女々しくて雄らしくないのも十分承知だ。
  でも、今回はムッとする。 

「お前までからかってんの?」

  ストローを噛みながらルシカは聞いた。

「からかってねぇよ。でも、悪い気分では無い」
「……俺は腹が立つ」
「いじけんなよ」
「俺はただ、母さんに似てるだけ。……俺じゃない」
「そうか?お前のお袋がどんなか知らねぇけど、お前はお前だ。俺はお前しか知らねぇし、それで十分だろ」

  上映開始のブザーが鳴る。
  部屋の中は一気に真っ暗になって、白かった目の前の大きな壁が明るくなる。
  映し出された映像、大きな音にルシカはビクッとなった。
  しかし、次第にその大きな迫力にまだ予告だと言うのに、魅了されて行く。
  数分の予告が終わり、再び壁が暗くなった時だった。

「……兄弟揃って邪魔ばかり」

  そんな声がルシカの耳元で聞こえた。
  ハッとして楼依とは逆の方を向いた。
  暗くて良く見えないが、女が座っている様に見えた。

「インキュバスじゃなくて、精もろくに取れないサキュバスのクセに……。恥ずかしくないのかしら」

  ルシカの胸がズキっと傷んだ。

「まぁ良いわ。彼はあたしの獲物だもの。彼が逃げたくてももう遅い」
「……や、やっぱり、お前は」
「どんなに時間がかかっても獲物の横取りは御法度よ。あたし達の中での鉄のルール。例えあんたが魔王様の血筋でお気に入りであっても、ね」

  勝ち誇った様な言い方。
  暗くなっていた壁が、大きな音と共に映像を映し出す。
  そこには誰も居なかった。
  ルシカは楼依に目線を向けた。
  楼依は黙って前を向いていた。
  
  

  


  

   
    
  



  
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