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ニンゲンとルシカ
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目が覚めると見知った天井。
左胸がズキズキと痛い。
だるくて頭も若干ではあるが痛い。
右手が暖かい。
そっちを向くと、楼依の手を両手で握り締め、不安に怯えた表情のルシカが、大きな両目に涙を溜めて見詰めていた。
「……あー」
何か言おうと思ったが、身体を反転させるとルシカの頭を優しく撫でた。
ルシカは涙を零しながら、にっこりと嬉しげな笑みを見せた。
「奪うつもりが、助けられちまった」
頭を撫でながらそう言うと、ルシカはフルフルと首を横に振った。
「身体は、……大丈夫なのか?」
恐る恐るルシカが聞いた。
「前よりは楽だ。まだ、訳分からねぇ違和感はあるけど」
「そっか……、まだ寝てろよ?あ、水しかねぇけど……、っ!?」
誰かがルシカの背中をつついた。
と、同時に黒い羽が音を立てて広がった。
「……え?な、何で……」
黒い羽を散らばせ、ルシカは驚くと同時に楼依に視線を向けた。
『ご生還、おめでとうございます。ルシカ様は魔力を使い、晴れて魔族となりました』
ルシカの背後に老人が立っていた。
『如何ですかな?ルシカ様の本来のお姿は』
透き通る様な金色の髪の毛、白い肌、小さめの二つの黒い角、紅い大きな瞳、黒い羽に黒い細い尻尾。
ルシカは怯えて震えている。
楼依はじっと穴が開きそうなくらいにルシカを見詰めた。
「……おぅ。今まで顔は良く見えてなかったが。思った以上に可愛いんじゃね?」
「か、かわっ!?」
一気にルシカの顔が真っ赤になる。
『ほぅ?さすがルシカ様の奴隷……。しかし、ルシカ様は淫魔。精を取らねば生きて行けませぬ』
鼻先で老人は笑った。
楼依は深呼吸を一つすると、身体を起こした。
そして、優しくルシカを抱き寄せる。
「んなもん、俺から取りゃ問題ねぇだろ。奴隷なんだし」
ルシカの体温が急激に上がる。
『せっかく長らえた命を、また散らす気ですか。淫魔とは精を食し堕落させる下級魔族。貴方様の精を取れば、貴方様は堕落するしかなくなります。その方がルシカ様も魔族にお戻りになられ、魔王様も肩の荷が降りますが』
老人はルシカに視線を向ける。
ルシカは楼依の腕の中で蹲った。
『それとも、貴方様を守る為、他の雄から精を取りますかな?』
「あー……、それは嫌だな。コイツに貰った命だ。そうなりゃ、今ある命を返すだけだし、コイツに取られるなら構わねぇよ。奴隷だし」
ルシカは楼依を見上げた。
大きく吸い込まれそうな目が、涙で濡れてキラキラと紅く輝いている。
「お、俺、奴隷として扱う気はねぇよ。でも……、傍には、……居て欲しい」
少し照れ臭そうなルシカの表情に、楼依はふっと笑った。
微笑み掛けてくれるのが嬉しい。
言葉に出さなくても、返事をしてくれたのは分かる。
『最初は誰もがそう願います。しかし、寄り添えば寄り添うほど意見が食い違い、飽きて行き、耐え難いものとなりましょう。先に根を上げるのはどちらか……』
「んな先なんて分かんねぇし、テメェが決めつけんなよ」
『情なぞ面倒な……。魔族となっても天界の血は変えられぬと言うのか……』
老人は舌打ちをした。
『まぁ、しばらくは様子を見ましょう。どの道、カグヤ様は魔王様から逃げられませぬ故。……今もきっと、ルシカ様のワガママにカグヤ様は魔王様と……』
その老人の言葉に、ルシカは楼依のシャツをぎゅっと握り締めた。
「悪ぃけど、コイツの兄貴が何されても俺達は何も出来ねぇし、しねぇよ」
「……なっ」
ルシカは丸くした目を楼依に向けた。
「兄貴を助け出すのは、コイツでも弟でもねぇ。先輩だ。俺は寧ろ、魔王とやらの方が心配だ」
楼依は不敵に笑った。
「まぁ、アレだ。……ごしゅーしょー様」
楼依はルシカを腕に収めながら頭を下げた。
強がりだと思ったのか、老人は一息深呼吸をする。
『まぁ、良いでしょう。ルシカ様、精を取れず疼く時には何時でも呼んでくだされ。ルシカ様のお世話は変わらずする様仰せつかって居ますゆえ……』
「必要ねぇよ」
『その強がり、何時まで持ちますかな……』
笑い声を上げながら、老人は姿を消した。
少し歪んで見えていた空間が、元に戻されて行く。
「……こっちに来た時、……すぐに連れ戻されるって思ってた。……やっぱり、兄さん……」
ルシカが肩を落とした。
「……兄さん、酷い事されてないかな。……いつも、傷だらけになるまで、いろんな雄の……」
「兄貴の相手は俺の店のオーナー。俺はお前達がこっちに来る前に、兄貴と会ってんだ」
「……え?」
「楽しそうだった、あの人」
そっか、とルシカは呟いた。
「俺はさ、兄さんにもヨゾラにも必要だと思うんだ。俺達がニンゲンじゃなくても、寄り添ってくれる存在……」
あ、とルシカは声を上げた。
「連絡しねぇと。兄さんも弟も心配してる」
もそもそと、ルシカはズボンのポケットをまさぐった。
「お前、……こう言う仕事辞めろよ。ずっといい気分してなかったっつーか……。お前も好きでやってる事じゃねぇ事くらい……」
そう楼依は言うと、ルシカは動きを止めた。
「……でも、俺さ、……生きて行けねぇじゃん。お前から、……取りたくねぇしさ」
「無理にとは言わねぇけど」
「……うん」
ルシカだって嫌だ。
でも、目の前で衰弱する楼依は見たくない。
言われるまで、考えもしなかった。
抱き締められて居るだけでも気持ちイイのに……。
「俺は……、お前に何をしてやれるんだろうな……」
楼依はポツリと言った。
その呟きが心に刺さる。
せっかく巡り会えたのに、どうしていいか分からない。
ホストと売りは違う。
枕をするホストもいるが、少なくとも楼依は枕はしない。
ルシカと共にこっちで生きれるなら、奴隷になるのは厭わないつもりでも、やっぱり想いがある以上は辛い。
この状況だ、惹かれ合う二人が思う様に一つになれない事を奴らは笑って見ている事だろう。
それも腹が立つ。
「……ごめん、いろいろ、浅はかだった。……やっぱり、俺が帰れば辛くならずに済んだね。少し考えれば済む話だったのに」
楼依の背中に伸びるルシカの手が震えていた。
「仕方ねぇ。……お前の責任じゃないし」
楼依はポンポンと背中を撫でる。
残った僅かな魔力で、羽や角を仕舞った。
それから、無言でサロンを出て、無言でルシカのマンションまで送って別れた。
楼依の姿が見えなくなるまで、ルシカは見送ると自宅へと戻った。
リビングに入ると、ヨゾラがテーブルに置いた書物を見詰めている。
「……ヨゾラ、待っててくれたんだね」
ルシカが声をかけると、ヨゾラは顔を上げた。
「ルシ兄、あのニンゲンは……?」
「……うん、大丈夫。ちゃんと帰ったよ」
キッチンから冷たいお茶をコップに注ぐと、ルシカはそう答えた。
しかし、笑顔はあるが元気がない。
「ルシ兄……?」
「ヨゾラ、いろいろ調べてくれてありがとうな?……でも、ちゃんと寝ないとダメだ。あ、飯は食った?」
少し早口でルシカは聞いた。
ヨゾラは首を横に振った。
「軽く用意するから食ったら寝ろよ。……あ、兄さんは?」
「まだ帰ってない。ルシ兄達の様子をちょっと見たら帰る、って言ってたけど……」
「そっか、じゃ兄さんの分も用意しておこう」
鍋を出したり、忙しなく動き出したルシカに違和感がある。
「……ルシ兄、俺安心したら眠くなった。先に寝るよ」
「分かった。用意して置くから、起きたら食べろよ」
「うん……。グラデュエット、行こうか」
ヨゾラは立ち上がると、グラデュエットを連れて自分の部屋へと行った。
ルシカは食事の用意の手を止めると、フラフラとリビングのソファーに座った。
今まで、優しく抱き締めてくれる客もいた。
だけど、それとはやはり違う。
(……ヨゾラにも気を使わせちまったな)
ルシカは天井を見上げる。
(俺は、交尾は嫌い。……だけど、……アイツは)
楼依となら、大丈夫だと思う自分がいる。
だけど、精を取れば楼依はいづれ堕落する。
自分を選んでくれたのは嬉しい。
楼依を兄弟とは別に大事にしたい気持ちは分かった。
それが『好き』と言う感情なのかはまだ分からない。
ただただ、胸の奥がジリジリと痛い。
「なーに考えてんだよっ」
ひょこっとカグヤが顔を覗かせて来た。
「あ、……お帰り」
カグヤが帰って来た事でさえ、気が付かなかったのか。
「シケたツラしちまって。兄ちゃんが話聞くよ」
ソファーの後ろから背もたれを跨ぐと、ルシカの横に座った。
カグヤはカグヤでいろいろ大変だ。
自分の訳の分からないワガママを話して良いのだろうか。
今まで散々ワガママを言って来た。
「あ、もしかして……、あんにゃろ逃げ出したのか?一途な奴だと思ってたのに」
カグヤは口を尖らした。
「ち、違うんだっ!アイツはそんな奴じゃない。寧ろアイツはっ!」
慌ててルシカは否定するも、カグヤはニヤッと笑った。
「ルシカはさ、ちゃんと言わねぇと」
「……俺は、何も出来ねぇくせにワガママだし」
ルシカは目を逸らすと、両膝を抱えた。
「俺もワガママでいろいろ我慢させてる。お前は、困らせるからって、後回しにするだろ。俺は兄ちゃんだ。ちゃんと話せ」
カグヤはルシカの肩に腕を乗せる。
「……俺、淫魔だ」
「……おう」
「だけど、交尾は嫌い……」
「……おう」
「でも、しないと生きて行けない」
「奴隷君が居るだろ?」
「ど、奴隷だけど、……奴隷じゃねぇし。そもそも、奴隷みたいな扱いはしたくねぇし……。それに……」
ルシカは膝に顔を埋めた。
カグヤが小さく一息吐いた。
「……淫魔の唾液は媚薬。それが効かねぇニンゲンが居たんだ」
ルシカが少し反応した。
「その上、一緒に居ると腹が減らねぇの」
「……それって」
「何故だか分かんねぇ。……でも、いつも以上に……、そいつと交尾したくてさ。何度も誘ったけどしてくんねぇの」
カグヤは自分の右手の手の平を見つめた。
そして、寂しげに笑う。
「もしかしたら、……精を取らずに交尾出来るのかもな」
「……兄さんは、今でもそのニンゲンと交尾したい?」
「そーだな。出来れば1度くらいは」
「精を取る事になっても?」
「それな。……なんかさ、アイツから精を取れる気がしねぇんだ。逆に飲まれそう……」
「そのニンゲンは、何でしなかったんだろう。雄だからかな」
「誘い方に色気がねぇって言われたんだ。弾とかは、やろーぜー、おっけーみたいな感じで済むのに」
カグヤの性欲の強さに若干呆れた。
でも、割り切れるのはある意味羨ましい。
「……ルシカは、奴隷君に抱かれたい?」
「分かんない……。でも、アイツは俺が誰かにされるのは嫌だって……」
ふと、楼依が雌の淫魔、多分アイリに犯されている夢を思い出した。
あの時、必死で止めたかったのはアイリが淫魔だからだろうか。
本当に、それだけだろうか。
本当に……。
優しく頭を撫でられるのも、軽く抱き寄せられるのも、自分に向けて欲しいのかも知れない。
楼依が誰かと……、なんて嫌だ。
でも、淫魔に取っては死活問題だ。
「……傍に居てって、言ったのに。……俺も、楼依が誰かとなんて、嫌なのに。……でも、俺は……」
楼依が何故、そう言ったか理解した途端、もっと胸の奥の方が締め付けられた。
カグヤはルシカの頭を無言で抱き寄せた。
左胸がズキズキと痛い。
だるくて頭も若干ではあるが痛い。
右手が暖かい。
そっちを向くと、楼依の手を両手で握り締め、不安に怯えた表情のルシカが、大きな両目に涙を溜めて見詰めていた。
「……あー」
何か言おうと思ったが、身体を反転させるとルシカの頭を優しく撫でた。
ルシカは涙を零しながら、にっこりと嬉しげな笑みを見せた。
「奪うつもりが、助けられちまった」
頭を撫でながらそう言うと、ルシカはフルフルと首を横に振った。
「身体は、……大丈夫なのか?」
恐る恐るルシカが聞いた。
「前よりは楽だ。まだ、訳分からねぇ違和感はあるけど」
「そっか……、まだ寝てろよ?あ、水しかねぇけど……、っ!?」
誰かがルシカの背中をつついた。
と、同時に黒い羽が音を立てて広がった。
「……え?な、何で……」
黒い羽を散らばせ、ルシカは驚くと同時に楼依に視線を向けた。
『ご生還、おめでとうございます。ルシカ様は魔力を使い、晴れて魔族となりました』
ルシカの背後に老人が立っていた。
『如何ですかな?ルシカ様の本来のお姿は』
透き通る様な金色の髪の毛、白い肌、小さめの二つの黒い角、紅い大きな瞳、黒い羽に黒い細い尻尾。
ルシカは怯えて震えている。
楼依はじっと穴が開きそうなくらいにルシカを見詰めた。
「……おぅ。今まで顔は良く見えてなかったが。思った以上に可愛いんじゃね?」
「か、かわっ!?」
一気にルシカの顔が真っ赤になる。
『ほぅ?さすがルシカ様の奴隷……。しかし、ルシカ様は淫魔。精を取らねば生きて行けませぬ』
鼻先で老人は笑った。
楼依は深呼吸を一つすると、身体を起こした。
そして、優しくルシカを抱き寄せる。
「んなもん、俺から取りゃ問題ねぇだろ。奴隷なんだし」
ルシカの体温が急激に上がる。
『せっかく長らえた命を、また散らす気ですか。淫魔とは精を食し堕落させる下級魔族。貴方様の精を取れば、貴方様は堕落するしかなくなります。その方がルシカ様も魔族にお戻りになられ、魔王様も肩の荷が降りますが』
老人はルシカに視線を向ける。
ルシカは楼依の腕の中で蹲った。
『それとも、貴方様を守る為、他の雄から精を取りますかな?』
「あー……、それは嫌だな。コイツに貰った命だ。そうなりゃ、今ある命を返すだけだし、コイツに取られるなら構わねぇよ。奴隷だし」
ルシカは楼依を見上げた。
大きく吸い込まれそうな目が、涙で濡れてキラキラと紅く輝いている。
「お、俺、奴隷として扱う気はねぇよ。でも……、傍には、……居て欲しい」
少し照れ臭そうなルシカの表情に、楼依はふっと笑った。
微笑み掛けてくれるのが嬉しい。
言葉に出さなくても、返事をしてくれたのは分かる。
『最初は誰もがそう願います。しかし、寄り添えば寄り添うほど意見が食い違い、飽きて行き、耐え難いものとなりましょう。先に根を上げるのはどちらか……』
「んな先なんて分かんねぇし、テメェが決めつけんなよ」
『情なぞ面倒な……。魔族となっても天界の血は変えられぬと言うのか……』
老人は舌打ちをした。
『まぁ、しばらくは様子を見ましょう。どの道、カグヤ様は魔王様から逃げられませぬ故。……今もきっと、ルシカ様のワガママにカグヤ様は魔王様と……』
その老人の言葉に、ルシカは楼依のシャツをぎゅっと握り締めた。
「悪ぃけど、コイツの兄貴が何されても俺達は何も出来ねぇし、しねぇよ」
「……なっ」
ルシカは丸くした目を楼依に向けた。
「兄貴を助け出すのは、コイツでも弟でもねぇ。先輩だ。俺は寧ろ、魔王とやらの方が心配だ」
楼依は不敵に笑った。
「まぁ、アレだ。……ごしゅーしょー様」
楼依はルシカを腕に収めながら頭を下げた。
強がりだと思ったのか、老人は一息深呼吸をする。
『まぁ、良いでしょう。ルシカ様、精を取れず疼く時には何時でも呼んでくだされ。ルシカ様のお世話は変わらずする様仰せつかって居ますゆえ……』
「必要ねぇよ」
『その強がり、何時まで持ちますかな……』
笑い声を上げながら、老人は姿を消した。
少し歪んで見えていた空間が、元に戻されて行く。
「……こっちに来た時、……すぐに連れ戻されるって思ってた。……やっぱり、兄さん……」
ルシカが肩を落とした。
「……兄さん、酷い事されてないかな。……いつも、傷だらけになるまで、いろんな雄の……」
「兄貴の相手は俺の店のオーナー。俺はお前達がこっちに来る前に、兄貴と会ってんだ」
「……え?」
「楽しそうだった、あの人」
そっか、とルシカは呟いた。
「俺はさ、兄さんにもヨゾラにも必要だと思うんだ。俺達がニンゲンじゃなくても、寄り添ってくれる存在……」
あ、とルシカは声を上げた。
「連絡しねぇと。兄さんも弟も心配してる」
もそもそと、ルシカはズボンのポケットをまさぐった。
「お前、……こう言う仕事辞めろよ。ずっといい気分してなかったっつーか……。お前も好きでやってる事じゃねぇ事くらい……」
そう楼依は言うと、ルシカは動きを止めた。
「……でも、俺さ、……生きて行けねぇじゃん。お前から、……取りたくねぇしさ」
「無理にとは言わねぇけど」
「……うん」
ルシカだって嫌だ。
でも、目の前で衰弱する楼依は見たくない。
言われるまで、考えもしなかった。
抱き締められて居るだけでも気持ちイイのに……。
「俺は……、お前に何をしてやれるんだろうな……」
楼依はポツリと言った。
その呟きが心に刺さる。
せっかく巡り会えたのに、どうしていいか分からない。
ホストと売りは違う。
枕をするホストもいるが、少なくとも楼依は枕はしない。
ルシカと共にこっちで生きれるなら、奴隷になるのは厭わないつもりでも、やっぱり想いがある以上は辛い。
この状況だ、惹かれ合う二人が思う様に一つになれない事を奴らは笑って見ている事だろう。
それも腹が立つ。
「……ごめん、いろいろ、浅はかだった。……やっぱり、俺が帰れば辛くならずに済んだね。少し考えれば済む話だったのに」
楼依の背中に伸びるルシカの手が震えていた。
「仕方ねぇ。……お前の責任じゃないし」
楼依はポンポンと背中を撫でる。
残った僅かな魔力で、羽や角を仕舞った。
それから、無言でサロンを出て、無言でルシカのマンションまで送って別れた。
楼依の姿が見えなくなるまで、ルシカは見送ると自宅へと戻った。
リビングに入ると、ヨゾラがテーブルに置いた書物を見詰めている。
「……ヨゾラ、待っててくれたんだね」
ルシカが声をかけると、ヨゾラは顔を上げた。
「ルシ兄、あのニンゲンは……?」
「……うん、大丈夫。ちゃんと帰ったよ」
キッチンから冷たいお茶をコップに注ぐと、ルシカはそう答えた。
しかし、笑顔はあるが元気がない。
「ルシ兄……?」
「ヨゾラ、いろいろ調べてくれてありがとうな?……でも、ちゃんと寝ないとダメだ。あ、飯は食った?」
少し早口でルシカは聞いた。
ヨゾラは首を横に振った。
「軽く用意するから食ったら寝ろよ。……あ、兄さんは?」
「まだ帰ってない。ルシ兄達の様子をちょっと見たら帰る、って言ってたけど……」
「そっか、じゃ兄さんの分も用意しておこう」
鍋を出したり、忙しなく動き出したルシカに違和感がある。
「……ルシ兄、俺安心したら眠くなった。先に寝るよ」
「分かった。用意して置くから、起きたら食べろよ」
「うん……。グラデュエット、行こうか」
ヨゾラは立ち上がると、グラデュエットを連れて自分の部屋へと行った。
ルシカは食事の用意の手を止めると、フラフラとリビングのソファーに座った。
今まで、優しく抱き締めてくれる客もいた。
だけど、それとはやはり違う。
(……ヨゾラにも気を使わせちまったな)
ルシカは天井を見上げる。
(俺は、交尾は嫌い。……だけど、……アイツは)
楼依となら、大丈夫だと思う自分がいる。
だけど、精を取れば楼依はいづれ堕落する。
自分を選んでくれたのは嬉しい。
楼依を兄弟とは別に大事にしたい気持ちは分かった。
それが『好き』と言う感情なのかはまだ分からない。
ただただ、胸の奥がジリジリと痛い。
「なーに考えてんだよっ」
ひょこっとカグヤが顔を覗かせて来た。
「あ、……お帰り」
カグヤが帰って来た事でさえ、気が付かなかったのか。
「シケたツラしちまって。兄ちゃんが話聞くよ」
ソファーの後ろから背もたれを跨ぐと、ルシカの横に座った。
カグヤはカグヤでいろいろ大変だ。
自分の訳の分からないワガママを話して良いのだろうか。
今まで散々ワガママを言って来た。
「あ、もしかして……、あんにゃろ逃げ出したのか?一途な奴だと思ってたのに」
カグヤは口を尖らした。
「ち、違うんだっ!アイツはそんな奴じゃない。寧ろアイツはっ!」
慌ててルシカは否定するも、カグヤはニヤッと笑った。
「ルシカはさ、ちゃんと言わねぇと」
「……俺は、何も出来ねぇくせにワガママだし」
ルシカは目を逸らすと、両膝を抱えた。
「俺もワガママでいろいろ我慢させてる。お前は、困らせるからって、後回しにするだろ。俺は兄ちゃんだ。ちゃんと話せ」
カグヤはルシカの肩に腕を乗せる。
「……俺、淫魔だ」
「……おう」
「だけど、交尾は嫌い……」
「……おう」
「でも、しないと生きて行けない」
「奴隷君が居るだろ?」
「ど、奴隷だけど、……奴隷じゃねぇし。そもそも、奴隷みたいな扱いはしたくねぇし……。それに……」
ルシカは膝に顔を埋めた。
カグヤが小さく一息吐いた。
「……淫魔の唾液は媚薬。それが効かねぇニンゲンが居たんだ」
ルシカが少し反応した。
「その上、一緒に居ると腹が減らねぇの」
「……それって」
「何故だか分かんねぇ。……でも、いつも以上に……、そいつと交尾したくてさ。何度も誘ったけどしてくんねぇの」
カグヤは自分の右手の手の平を見つめた。
そして、寂しげに笑う。
「もしかしたら、……精を取らずに交尾出来るのかもな」
「……兄さんは、今でもそのニンゲンと交尾したい?」
「そーだな。出来れば1度くらいは」
「精を取る事になっても?」
「それな。……なんかさ、アイツから精を取れる気がしねぇんだ。逆に飲まれそう……」
「そのニンゲンは、何でしなかったんだろう。雄だからかな」
「誘い方に色気がねぇって言われたんだ。弾とかは、やろーぜー、おっけーみたいな感じで済むのに」
カグヤの性欲の強さに若干呆れた。
でも、割り切れるのはある意味羨ましい。
「……ルシカは、奴隷君に抱かれたい?」
「分かんない……。でも、アイツは俺が誰かにされるのは嫌だって……」
ふと、楼依が雌の淫魔、多分アイリに犯されている夢を思い出した。
あの時、必死で止めたかったのはアイリが淫魔だからだろうか。
本当に、それだけだろうか。
本当に……。
優しく頭を撫でられるのも、軽く抱き寄せられるのも、自分に向けて欲しいのかも知れない。
楼依が誰かと……、なんて嫌だ。
でも、淫魔に取っては死活問題だ。
「……傍に居てって、言ったのに。……俺も、楼依が誰かとなんて、嫌なのに。……でも、俺は……」
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