堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

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ニンゲンとルシカ

09

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「エビグラタンのサラダセットに~、アイスカフェオレと、食後にプリンパフェ」

 夕方のファミレス。
 
「奴隷君は?」
「言い方気を付けろよ。誤解されるだろ」

 路地の裏口から店に入ろうとした楼依を、カグヤは拉致った。

「何でも食えよ。お義兄ちゃんからの奢りだ」
「要らねぇ」
「空きっ腹に酒は良くねぇぞ」
「終わってから食うんだ」

 楼依はそう言うと、カグヤはムッとしながら注文を終えた。

「ったく、コソコソしねぇで堂々としてりゃ良いのに」
「あそこら辺、弾達が彷徨いてるだろ?だから隠れねぇと」
「本当にそれだけか?」
「それだけだ。拾ってくれた恩はあるけどさ、ぷらいべーとな話は邪魔されたくねぇじゃん?」

 楼依の疑いの眼差しが痛い。
 カグヤはそっと胸を押えた。

「た、体調はどーなんだよ?」

  カグヤは慌てて聞いた。

「ちょっと微熱とダルさがあるだけ。あん時に比べりゃ全然マシ」

 そっか、とカグヤは呟いた。

「あんたこそ、いい加減先輩に会いに行けば?」
「いーんだよ、俺の事は」
「良くねぇだろ」

 楼依は不機嫌だ。
 カフェオレが運ばれて来た。
 カグヤはグラスを持つとストローから一口飲んだ。

「お前さ……、どー思ってんの?ルシカの事」

 ストローをつまむと、クルクルと回しながらカグヤは聞いた。

「主と奴隷だろ。それ以外何がある」     
「なーんか、嫌な言い方だよな」 
「俺が求めたら、困らせるだけだろうが。奴隷なんだし」

  不機嫌な言い方だが最もだ。
  でも、ルシカ自身にはそんなつもりは全くない。
  それは楼依にも分かっているだろう。

「まぁ、目の前で弱るお前をもう二度と見たくはないよな。雌淫魔でかなり弱ってたワケだし」
「アイツで俺がそうなるなら別に構わねぇよ」
「あ、抱くのは構わねぇんだ」
「本人は嫌でも、アイツが生きて行く上で必要な事だろ」
「そー言うのじゃなくてさ」

  うーん、とカグヤは頭を搔く。
  どう伝えて良いか分からず言葉に詰まった。

「あー……、俺はアイツが好きなんだろうよ。だから、この前遊びに誘った。最期になるかも知れねぇし」
「最期って大袈裟な……」
「結構ギリギリだったんだ。ヤバいのは分かってた。夢ん中じゃ、顔は分からなかったけど、ちゃんとした笑顔は見てなかったし」
「かなり惚れてんじゃん。交尾してねぇのに。ま、美人だからな」
「そー言うのじゃねぇよ……」

  ウェイトレスがエビグラタンを持って来た。
  器が……、とお約束を言うとエビグラタンをカグヤの前に置く。
  カグヤは嬉しそうにスプーンを持った。

「あんたらの話、嬉しそうに話すんだ。で、何も出来ない自分が辛いんだと思う。あんたがどれだけ変態プレイしてんか知らんが、それは弟達の為ってのも理解はしてんし、でも、変わって行く自分が居るんじゃねぇかって、怯えてた。俺に自分を奪ってって言ったのも、これ以上あんたら兄弟に迷惑掛けたくねぇってあったのかも知れねぇ」

  楼依の話に、カグヤは肩を落としながらグラタンを一口口に入れた。 

「でもさ、……夢の中の話だろ?何で信用出来たんだよ……」

  その一口をゆっくり飲み込むと、カグヤは聞いた。

「……触れると、体温があったんだ。顔は分からなくても、嬉しい時や辛ぇ時の表情も分かるし、……甘えてくれてた。アイリに取り憑かれて疲れてたのもあったし、でも、俺は俺で逢える事が癒しだった。だから、出来るなら……」
「……顔見て判断したんじゃねぇの?」
「確かに、思った以上だけど、顔だけで判断したなら、こんなに時間掛けねぇよ。確信が欲しかっただけだ」

  ふーん、とカグヤは呟いた。
  そして、ニヤッと笑う。

「お前、顔だけだと思ったけど、ちゃんと考えてんじゃん」
「バカにするな」
「いや、安心してんだよ」

  ニヤニヤを止めたいカグヤは、一口二口とグラタンを口に運んだ。

「ルシカはお前となら良いって思ってるんだ」
「だから、俺から取ればいいだろ……」
「でもな、それって結局お前を堕落させちまう」
「あー……、変なジジィが言ってたな。上手く出来ねぇなら自分が相手するってよ」

  あのジジィ、とカグヤは舌打ちをする。

「……俺が堕落するって勝手に決めんな」
「お前、堕落寸前だっただろ」
「それとこれとは別だ。するもしねぇもどっちでも良いんだ。しなきゃいけねぇなら俺にしろって話」

  楼依は一息吐いた。
  カグヤはスプーンを置くと、カフェオレを飲んだ。

「お前は心配すんなって言うかもだけどさ、やっぱり弱ってたお前見たら、考えるだろ。将来、向こうに堕ちても一緒にいられるかも知れなくてもさ」
「……俺の事だけじゃねぇよ」
「……ん?」
「あんたが無理してんだろ?」

  楼依の言葉に、カグヤはスプーンを咥えたまま一瞬動きを止めた。
  楼依のじとっと見詰める視線に、カグヤはグラタンを二口三口と口に突っ込む。

「あんたが無理してる、ってあのジジィが言ってた。アイツは気にしてんだ」
「無理なんてしてねぇよ?言ってんじゃん、交尾が好きだって」
「ボロボロにされるんだろうが」
「仕方ねぇじゃん、気持ちイィんだし」
「……じゃあ、仕方ねぇな」
「だろ?だから、ルシカが心配する事はねぇの」

  はは、と笑いながら、カグヤはグラタンを食べ尽くした。
  ウェイトレスを呼ぶと、デザートを頼んだ。
  楼依はまだじとっと見ている。

「……何だよ」

  カグヤは目を逸らした。

「別に」
「だったら睨むなよ」
「睨んでねぇし」
「いやいや、怖ぇよ」
「このままだったら、こっちに来た意味がねぇだろ。何にも変わらねぇし、変えられねぇ。あんたら兄弟は、何の為にこっちに来たんだ」

  つらつらと言う楼依に、カグヤは目を伏せる 。
  んー……、と唸ると溜息を吐く。
  確かに、今やっている事は魔界と変わりがない。
  カグヤもルシカも否定するばかりで、ヨゾラ一人が頑張っている。
  カフェオレのストローを口に入れると、飲み干した。

「……俺達淫魔が、出来れば精を取らなくても、もしくは一人で済む方法を探しに来たんだ。……末の弟が何時そう考えたか分かんねぇけど」
「……」
「『好き』って感情が知りたいって。それが繋がるか分かんねぇけど、俺もルシカも交尾がなくても、千皇とお前と一緒に居た時は楽しかったんだ。特に俺は精に寄る空腹がなくてさ。千皇と交尾がしてぇから、そうなってると思ってた」
「……で。今も腹が減るのか?」

  考えていなかった。
  魔界に戻ってすぐ、雄共に何日も嬲られ、体力は減るものの精を取れば体力回復へ魔力を使うを繰り返し、今は魔界の雄共の様な過激さはなくとも、ニンゲンの姿を維持し続ける魔力はある。
  弟達を守る為、数はこなすが果たして腹は減っているのだろうか。

「……そもそも、淫魔はそういうもんだって、刷り込まれてんじゃねぇのか?」
「そんな事は……」
「あんたらは天使と魔族のハーフなんだろ?純粋な魔族の淫魔はそうかも知れねぇが、……精自体を取るのは魔王とやらの貢もんだとしても、あんたらはそのせいで腹が減るなんて事はねぇんじゃねぇの?」

  確かに、腹が減っていた筈だ。
  何で楼依はそう思ったのだろう。
  ウェイトレスがパフェを持って来た。
  目の前のスイーツの塔にすら目を向けられない。
  でも、それなら淫紋は何故浮かび上がったのだろう。
  淫魔だから他ならない筈だ。

「何でそう考えるんだよ……」

  カグヤの声が震えた。

「あんたとアイツじゃ……、性質に違いがあり過ぎんだよ。確かに、俺も兄貴とは違うけど、顔も性格も。好きも嫌いも違うし」
「……」
「俺は淫魔になった、ってアイツは夢の中で言ったんだ。なった、って事はある意味させられたって事だろ。そんでもって、兄貴のあんたは好きで仕方がねぇ、弟のアイツは嫌々。矛盾過ぎねぇか?」
「ルシカはまだ淫魔になって日が浅いからさ……」
「好きも嫌いもこっちの世界でもありがちなんだけどさ、……アンタはそう思い込まされてんじゃねぇの?魔界とやらの事情がどうか知らねぇけど」

  カグヤは頭の中がグルグルとなった。
  母親が死んで直ぐに兄弟達の処遇に魔族は、揉めに揉めた。
  カグヤが性に目覚めたのは、淫魔になる前だ。
  ただ、何故そうなったのか、覚えて居ない。
  気が付けば、複数の魔族の慰みものにされて居た。
  薬か魔術が掛けられて居たのかも知れない。

「……もし、思い込みなら、あんたが先輩と居て腹が減らなかった理由も分かってくるし、アイツを救う事も出来るだろ」 

  カグヤは右手で下腹を摩った。

「もし仮に、……何でそんな」
「んなもん知るか。あんたらを淫魔にした理由は分かんねぇが、……兄貴であるあんたが先に堕ちれば、弟達もそれを見て服従出来ると思ったからかもな。それをするには、あんたは弟想いで、単純だった」
「それでも、魔王様は俺達を生かせてくれたんだ……」
「それは、情じゃねぇの?良く言えば、あんたらが妹の子供だから、悪く言えばただ手元に置きたいだけだから。……情なんて、後悔があるから湧いたりするもんだし」
「……」
「あんたが弟達そう言った面で何を思ってんか知らんが、変えて行きてぇなら俺を利用しろ、つってんの。奴隷なんだし」

  楼依は溜息を吐いた。
  パフェのアイスが溶け始めている。

「でも、お前を使って間違ったら?ルシカは……」
「そうなったらそうなっただろ。不安も恐怖もあって当たり前だ。だけど、だからと言ってそれで何もしねぇのは、もう一人の弟の気持ちも踏み躙るんじゃねぇの」

  そう言うと、楼依は立ち上がった。
  仕事に行く、と一言言うとその場を立ち去る。
  溶けて形を変えるパフェを見つめながら、カグヤは呆然とした。

   
 
      

  
  



  
 
    
    
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