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暴君
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「……佐藤、何でコイツがここに居る」
ミーティングルームで身支度を整えている楼依の声は、低く静かで冷たい。
「えーと、……俺の所に来ちゃいまして。宿無しな上に、彼のミッションもまだこなせていないらしく。俺一人じゃ生活もギリギリなので、ここで働いて貰おうかと」
ソファーにどかっと座るヒーロとは真逆に、佐藤は両膝をガタガタ震わせながらそう答えた。
「テメェがルシカに相応しいかどうか、見極めてやる」
ヒーロはふんぞり返って、楼依を見上げた。
「少なくとも、隙付いて拉致ろうとするテメェよりはマシだ」
「あのね、ヒーロ君。このお店は女の子を接客するお店なんだ。だから、勘違いされるとさ……」
「テメェ、ルシカが居るのに他の雌と交尾すんのかっ!?」
「するかバカ。辞めたくても辞めさせてくんねぇんし、兄貴の尻拭いさせられてんだ。こっちの身にもなりやがれ」
「何だよっ!その言い方っ!カグヤが悪いのかよっ!?」
ヒーロは立ち上がった。
「喧嘩だけは辞めてよぉ~。喧嘩は売らないって約束しただろぉ~?」
佐藤は慌ててヒーロの手を掴んだ。
「大人しくしてないとさ、オーナーに叱られちゃう。俺が……」
「おーなぁって、あのスカした野郎だろ?ビビり過ぎじゃね?」
「……君はオーナーとの付き合いが短いからさ。ただでさえ、君のワガママ聞いたんだから、少しくらい大人しくしてよ……」
何があったのか分からないが、佐藤は憔悴し切って居るようだ。
楼依は溜息を吐いた。
その時、ミーティングルームが勢い良く開いた。
「オーナーはまだ来てない?」
少し焦りがある表情で、ボーイの一人が入って来た。
「まだ来てねぇな。どうかしたか?」
スマホをジャケットの胸ポケットに入れると、楼依は聞き返した。
「あの、タチの悪い男が複数人来店しまして。……お断りしたんですが、……占拠し始めて」
オドオドと話すボーイ君に、楼依は舌打ちをした。
「浅霧組ですかね?」
ボーイ君を見上げながら、佐藤が聞いた。
「見た事ない奴ら。皆、萎縮しちゃって……、オーナー出せって」
「なーにやらかしたんだ、あの人は……」
楼依は頭を抱えた。
「ビジネスの話、とか言ってまして……
「あー……、俺が行こう。佐藤は先輩に連絡しとけ」
「了解です」
楼依はボーイ君を連れてミーティングルームを出た。
ヒーロも何故かミーティングルームを出ようとする。
「ちょっと待ってっ!!何で君が行こうとすんのさ」
「なんか、ドス黒い臭いがプンプンすんだよ。アイツの泣きっ面も拝みてぇし」
「いや、その期待は露と消えると思うから、君はここで大人しくしと……、ってっ!?」
佐藤の言葉を聞かず、ヒーロはミーティングルームを飛び出した。
ホールに出ると、カウンターに黒シャツに金のネックレスでリーゼントの男と、スカジャンを来た茶髪のチャラそうな男が座ってタバコを吸っている。
カウンターにいる店のボーイ君は恐怖で震えている様だ。
奥へ進むと何個かのボックス席があり、ホストと客の女性が何組か座って居た。
重い空気に、黙り込んでいる。
その奥に、一番豪華なボックス席があり、サングラスを掛けた偉そうな男と、その左右に部下らしき男が立っている。
「冴えねぇホストばかりだと思って居たが、兄ちゃんがオーナーかい?」
高そうな嫌味満載の黒いジャケットを着たサングラス男は、鼻に付く甘ったるいタバコの煙を吐き出しながら楼依を見上げた。
「オーナーではねぇが、アンタらみたいのが来る場所じゃねぇ。それに、ガラム系のタバコの臭いはキツすぎて周りの姫さん達に迷惑だ。……さっさと消せよ」
楼依は楼依でそう言うと見下しならがら睨んだ。
「おうおうっ!誰に向かって舐めた口を聞いてんだっ!」
右側に立っている部下が、黒いテーブルの上にある灰皿を楼依に投げ付けた。
灰皿は胸元に当たり、灰を撒き散らしながら床に落ちる。
キャーと、女性達が悲鳴を上げる。
「……気が済んだか?」
舞い散った灰が落ち着くと楼依は微動だにせず、そう言った。
「俺はオーナーを呼べ、と言ったんだけど」
サングラス男は、タバコをテーブルに揉み消しながら言った。
「まだ来てねぇな」
「じゃ、来るまで待つだけだ。ほら、お前はホストなんだろ?仕事しろや」
「……断る」
「この店、思ったより綺麗じゃん?これ以上汚したくねぇんだよ。後々面倒になるしさ」
「……は?」
「良いから仕事しろよ。その面で稼ぐのが仕事だろうが」
楼依は溜息を吐くと、身体にかかった灰を叩き落とす。
「俺は別に金には困ってねぇし。前のNo.1が辞めちまったから、次が見つかるまでのつなぎだ」
「ついでに女にも困らねぇってか」
興味もない。
出来れば、即にも辞めたいくらいだ。
と、開店前には言って居ただろう。
「なぁ、何でシめねぇの?」
背後からヒーロの声がした。
楼依の表情が険しくなる。
「ここまでされて、腸煮え返ってんだろ?」
ヒーロは楼依の横に立つと、その肩に手を乗せた。
「ぶん殴っちまえよ。お前はそこに居る奴より強いだろぉー?」
ヒーロのその言い方に、サングラス男はこめかみがピクッと動いた。
楼依は大きく一息吐いた。
「……俺は今、テメェをぶん殴りてぇ」
ポソッと呟いた。
そして、手を振り払う。
「殴って解決出来る相手じゃねぇんだよ」
「だからって我慢する必要はなくね?あー、ボコされたらルシカに笑われるもんなー」
ヒーロはケラケラ笑った。
イラッとする感情を抑え、楼依は床に転がった灰皿を拾う。
「大人しく接客される気がねぇんだろ?……だったら、帰れ。他の姫さん達が安心して楽しめねぇ」
灰皿をボーイの一人に渡す。
「オーナーに用なら、先にアポでも取れよ。あの人、気まぐれだから来たい時間にしか来ねぇ」
「オーナーのクセにか」
「オーナーの店だからな」
サングラス男は鼻先で笑う。
「兄ちゃん、面も良い、威勢も良い。……勿体ねぇの」
そうサングラス男は言うと、左の男が掴みかかった。
「うちのNo.1なんだ。傷モンにでもされたらたまったもんじゃねぇ」
楼依の背後からそんな声と共に、千皇が相手の男の手を掴んだ。
男は楼依から手を離した。
「来るのが遅いでしょ」
楼依は掴まれたジャケットを直す。
「飯与えとかねぇとだろ。ただでさえ、うるさいんだ」
「……嬉しいクセに」
ふっと小さく笑うと、千皇はサングラス男の前の丸椅子に座った。
「俺がオーナーの神代だが、何の用だ」
さも興味無さげな表情で、千皇はサングラス男を見た。
「その眼帯はオシャレか?今時流行らねぇぞ」
笑いながら、サングラス男は言った。
「テメェにゃ関係ねぇ。で、用がねぇなら帰って欲しいんだが」
「俺は黒槌組若頭補佐の浪江っちゅうもんだが……」
黒槌の名に、千皇と楼依は小さく反応した。
「この店、黒槌にくれねぇか?」
身を乗り出す様に、浪江はサングラスを少しだけズラして千皇を見た。
千皇は眉間に皺を寄せ、腕を組んだ。
無言ではあるが、何寝言を言ってやがる、とでも顔面が言っている様だ。
「悪い話じゃねぇだろ?」
「……何でやらなきゃいけねぇんだ」
「ここらじゃ、ここだけだ。どの組にも属してねぇのは。稼ぎもいいみてぇだし」
「そりゃそうだ。この店には俺と、黙って座ってるだけで売上が伸びるホストがいる」
「大した自信だな」
「テメェらチンピラと一緒にすんな」
千皇はタバコを咥えた。
ボーイが持っていた灰皿を、慌てて千皇に渡す。
「それに、属してねぇが、……ここに喧嘩売るなんざ、浅霧が黙ってねぇ。……それこそ厄介だ」
タバコに火を点けると、煙をゆっくり吐き出す。
「話はそれだけか?」
浪江の目付きが苛立ちに変わる。
「この店潰すのは簡単だぞ?」
「脅せば何とかなるって思ってんのか。やってる事、小せぇな」
無表情のまま、千皇はあからさまに嫌味を込めてわざとらしく、大きな溜息を吐いた。
その時、千皇は目にもくれられなかったヒーロは、小さく「あ」と言った。
「……今ならカグヤに会えるじゃん」
ブツブツと言う声が、楼依の背後から聞こえる。
そして、意気揚々とホールを出て行った。
楼依はその背後をチラッと見送った。
「……いーんすか?」
「何で居たか知らねぇが、あそこには入れない」
タバコを吸うと、煙を吐き出しながら千皇は答えた。
「……今、カグヤと聞こえたが」
浪江もホールの入り口の方を見詰めた。
「姫神、何か聞こえたか?」
しれっと千皇が聞いた。
「いや、何も」
楼依もしれっと答える。
「テメェら、ふざけてんとマジで潰すぞ」
「ダメだろ姫神、ふざけてたら。潰されちまうぞ」
「俺は何時でも真面目です。まぁ、潰されませんが」
浪江のこめかみがピクピクと動いている。
千皇も楼依も無表情だ。
「はーい、ちょっと邪魔しちゃうよー」
今度は陽気な声が聞こえた。
千皇の眉間に皺が寄る。
数名の部下を引き連れて、弾が入って来た。
千皇は横に居たボーイを指先でちょいちょいと呼んだ。
「今日は店を閉める。姫さん達はアフター付きでプラス高待遇で今日は帰って頂け。待機ホスト、ボーイは後日賞与出してやんから、帰宅するなりして構わねぇ」
小さくそう言うと、ボーイは頷いた。
ボーイは早速動く。
「……俺も帰っていーすか?」
後ろから楼依が聞いた。
「俺を一人にする気か」
「一人でもどうにか出来るでしょ」
「お前一人、帰ってイチャつくのもしゃくだ」
「……いろいろあってそれどころじゃねぇんです、こっちも」
「まぁまぁ、神代は素直じゃないのは姫神も知ってるじゃん?寂しいんだよー」
弾は楼依の肩をポンと叩く。
弾の部下は近くの卓から椅子を持って来ると、千皇の横に置き弾を座らせる。
「さっき、黒槌の御子息に逢っただろー?……もしかして、って思ったら……、勘が当たっちゃったねー」
「ちょうど良かった。俺ら黒槌も浅霧の若頭にゃ用が合ったんだ」
「俺も、……何だよねー」
弾と浪江は睨み合った。
客もキャストもスタッフも居なくなり、店は静かになった。
「……テメェら組同士の争いに、俺の店を使うな。勝手に外でやってくれ」
千皇は不機嫌そうに言う。
「神代にも関係あるんだよー?」
「心当たりねぇな」
「余程良かったのかな?……カグヤちゃんの可愛いおケツ」
「だからと言って、俺には関係ない」
「俺にも関係ないんで帰っていーっすか?」
「姫神だってカグヤちゃんの弟と御付き合いしてんだしぃー、全く関係ない訳ないでしょ」
楼依も不機嫌に、口を尖らかせた。
「例え仮に千歩譲って俺が関係してるとして、店は関係ねぇだろが」
「店は成り行きだ。親父が探してる男娼が、テメェと関係あんじゃねぇかって来ただけだし」
「で、見つけてどうする気だ」
「知らねぇよ。愛人にでもしてぇんじゃねぇの?」
「ちょっとちょっと!カグヤちゃんは俺のなんだけど。……それに、カグヤちゃん抱いた代金、きっちり頂かないと」
誰も一歩も引きそうにない三人に、千皇の後ろに居る楼依は頭を抱えた。
「……おい、暇人ヤクザ」
千皇はタバコを消すと、弾に声を掛ける。
「暇じゃねぇって」
「コイツらは、テメェの男を取って浅霧に圧を掛ける気だろ、多分」
「圧っつっても、カグヤちゃんとはセックスしかしないし、情報とかなーんも持ってないよー。残念だけど」
「だったら、俺らに渡せよ」
「嫌だよー。それに、イジメ過ぎちゃって……、何処に居るか知らないしー」
と言いながら、弾は表情を変えない千皇を見た。
「テメェんとこにいるんだな」
浪江も千皇を見た。
「別に隠さなくてもいーじゃん。それならそれで仕方ないし、今は」
「素直に渡せば、店は諦めてやる」
詰め寄る二人に、千皇はうんざりとした。
「あのさ……」
黙って居た楼依が口を開いた。
「……先輩が匿って居るかどうかなんて置いといて、いくらヤクザ絡みでも本人の意思はどーでもいい訳?別に浅霧に借金がある訳じゃねぇし、弾さんが言う様にセックスするだけの関係なら、黒槌にプラスになる事もねぇ訳だ。……これ以上、モノ扱いすんなよ。あの人?が、浅霧に対して黒槌に対しても、何かやらかしたなら仕方ねぇけど、たかだかセックスしただけだろーが」
不機嫌に淡々と、楼依はそう話した。
「カグヤちゃんが俺を頼って来たんだよー?」
「……そん時はそうしねぇとならなかったんでしょ。素直じゃねんだし」
「俺は親父に頼まれただけだ」
「そっちは単なるワガママだろ」
二人のヤクザ相手に、楼依は怯まず反論した。
「本人の気持ち無視ばっかしてんとイジけて余計に出て来なくなる。何処に居るかは知らんすが」
「兄ちゃんも大概にしとけよ。コイツが匿ってるって顔に書いてあんじゃねぇか」
浪江は千皇を指さし、楼依を見上げる。
「先輩、匿ってんすか?」
「……さぁ?」
「……だ、そうだ。本人が言ってんだ、そうなんだろ。もし本人が先輩の所にいるなら、それが本人の意思だろうし」
楼依は楽な姿勢で立ち直した。
浪江は舌打ちをする。
「兄ちゃんら、明日からこの店で働けると思うなよ?」
サングラス越しから、浪江は睨んだ。
「なぁ、神代?俺がこの店守ったら、……抱かせてくれる?」
「貴重な俺のケツ、テメェにくれてやるほど落ちぶれてねぇぞ」
「んー、カグヤちゃんを取り戻すには、コイツらと手を組んでもいーかな、なーんて思ったりもしてるんだけどさ……。カグヤちゃんに嫌われるのもなー」
むぅっとしながら、弾は両頬に手を当てた。
そして、溜息を吐いた。
「……まぁ、……カグヤちゃんもだけど、神代を抱くまではこれ以上嫌われたくないし。とりあえず、カグヤちゃん抱きたいなら、きっちり金払えよな」
「んな事、親父に言えよ」
「そんじゃ、くみちょーさんに払わせますか」
弾は右手を上げると、指先を浪江に向けた。
弾の部下達は無言で黒槌の連中に歩み寄ると、いきなり三人の胸倉を掴んだ。
「何しやがるっ!?」
浪江とその部下は、掴まれた胸倉をの手を掴んだ。
「くみちょーさんに払わせるっつってんじゃん?コイツら、ちょー強いから、抵抗すんなら本気でしねぇと……、大怪我ですまねーかもよ?」
口角だけ上げる笑みを浮かべる弾に、浪江はゾッとする。
浪江は引きづられるようにソファーから降ろされると、足をバタつかせ抵抗しながら弾の部下に自分の部下もろとも連れて行かれた。
「神代も、素直に引き渡した方がいーよー?」
「……何の話だ」
「カグヤちゃんは渡さない、って言っただろ?」
「そうだっけ?」
すっとぼけた様な千皇の言い方に、鼻先で弾は笑うと立ち上がった。
通りすがら、楼依の肩をぽんと叩くと弾も店を出た。
誰も居なくなった店に、二人の溜息が聞こえる。
やっと静まった時だった。
バイブ音が聞こえ、千皇はジャケットの内ポケットからスマホを取り出した。
画面を見ると、また溜息を吐いた。
そして、スマホを耳に当てた。
「……何」
疲れた様にそう出るも、表情が曇って行く。
しばらく話を聞いている様だったが、スマホを耳から離すとゆっくり立ち上がった。
「何かあったんすか?」
眉間に皺を寄せたまま立ち上がり振り返った千皇に
、楼依は声を掛けた。
「よく分からんが、助けてだって」
「あぁ、兄貴」
「店、鍵締めとけ」
そう言い残すと、千皇は店を出て行った。
ミーティングルームで身支度を整えている楼依の声は、低く静かで冷たい。
「えーと、……俺の所に来ちゃいまして。宿無しな上に、彼のミッションもまだこなせていないらしく。俺一人じゃ生活もギリギリなので、ここで働いて貰おうかと」
ソファーにどかっと座るヒーロとは真逆に、佐藤は両膝をガタガタ震わせながらそう答えた。
「テメェがルシカに相応しいかどうか、見極めてやる」
ヒーロはふんぞり返って、楼依を見上げた。
「少なくとも、隙付いて拉致ろうとするテメェよりはマシだ」
「あのね、ヒーロ君。このお店は女の子を接客するお店なんだ。だから、勘違いされるとさ……」
「テメェ、ルシカが居るのに他の雌と交尾すんのかっ!?」
「するかバカ。辞めたくても辞めさせてくんねぇんし、兄貴の尻拭いさせられてんだ。こっちの身にもなりやがれ」
「何だよっ!その言い方っ!カグヤが悪いのかよっ!?」
ヒーロは立ち上がった。
「喧嘩だけは辞めてよぉ~。喧嘩は売らないって約束しただろぉ~?」
佐藤は慌ててヒーロの手を掴んだ。
「大人しくしてないとさ、オーナーに叱られちゃう。俺が……」
「おーなぁって、あのスカした野郎だろ?ビビり過ぎじゃね?」
「……君はオーナーとの付き合いが短いからさ。ただでさえ、君のワガママ聞いたんだから、少しくらい大人しくしてよ……」
何があったのか分からないが、佐藤は憔悴し切って居るようだ。
楼依は溜息を吐いた。
その時、ミーティングルームが勢い良く開いた。
「オーナーはまだ来てない?」
少し焦りがある表情で、ボーイの一人が入って来た。
「まだ来てねぇな。どうかしたか?」
スマホをジャケットの胸ポケットに入れると、楼依は聞き返した。
「あの、タチの悪い男が複数人来店しまして。……お断りしたんですが、……占拠し始めて」
オドオドと話すボーイ君に、楼依は舌打ちをした。
「浅霧組ですかね?」
ボーイ君を見上げながら、佐藤が聞いた。
「見た事ない奴ら。皆、萎縮しちゃって……、オーナー出せって」
「なーにやらかしたんだ、あの人は……」
楼依は頭を抱えた。
「ビジネスの話、とか言ってまして……
「あー……、俺が行こう。佐藤は先輩に連絡しとけ」
「了解です」
楼依はボーイ君を連れてミーティングルームを出た。
ヒーロも何故かミーティングルームを出ようとする。
「ちょっと待ってっ!!何で君が行こうとすんのさ」
「なんか、ドス黒い臭いがプンプンすんだよ。アイツの泣きっ面も拝みてぇし」
「いや、その期待は露と消えると思うから、君はここで大人しくしと……、ってっ!?」
佐藤の言葉を聞かず、ヒーロはミーティングルームを飛び出した。
ホールに出ると、カウンターに黒シャツに金のネックレスでリーゼントの男と、スカジャンを来た茶髪のチャラそうな男が座ってタバコを吸っている。
カウンターにいる店のボーイ君は恐怖で震えている様だ。
奥へ進むと何個かのボックス席があり、ホストと客の女性が何組か座って居た。
重い空気に、黙り込んでいる。
その奥に、一番豪華なボックス席があり、サングラスを掛けた偉そうな男と、その左右に部下らしき男が立っている。
「冴えねぇホストばかりだと思って居たが、兄ちゃんがオーナーかい?」
高そうな嫌味満載の黒いジャケットを着たサングラス男は、鼻に付く甘ったるいタバコの煙を吐き出しながら楼依を見上げた。
「オーナーではねぇが、アンタらみたいのが来る場所じゃねぇ。それに、ガラム系のタバコの臭いはキツすぎて周りの姫さん達に迷惑だ。……さっさと消せよ」
楼依は楼依でそう言うと見下しならがら睨んだ。
「おうおうっ!誰に向かって舐めた口を聞いてんだっ!」
右側に立っている部下が、黒いテーブルの上にある灰皿を楼依に投げ付けた。
灰皿は胸元に当たり、灰を撒き散らしながら床に落ちる。
キャーと、女性達が悲鳴を上げる。
「……気が済んだか?」
舞い散った灰が落ち着くと楼依は微動だにせず、そう言った。
「俺はオーナーを呼べ、と言ったんだけど」
サングラス男は、タバコをテーブルに揉み消しながら言った。
「まだ来てねぇな」
「じゃ、来るまで待つだけだ。ほら、お前はホストなんだろ?仕事しろや」
「……断る」
「この店、思ったより綺麗じゃん?これ以上汚したくねぇんだよ。後々面倒になるしさ」
「……は?」
「良いから仕事しろよ。その面で稼ぐのが仕事だろうが」
楼依は溜息を吐くと、身体にかかった灰を叩き落とす。
「俺は別に金には困ってねぇし。前のNo.1が辞めちまったから、次が見つかるまでのつなぎだ」
「ついでに女にも困らねぇってか」
興味もない。
出来れば、即にも辞めたいくらいだ。
と、開店前には言って居ただろう。
「なぁ、何でシめねぇの?」
背後からヒーロの声がした。
楼依の表情が険しくなる。
「ここまでされて、腸煮え返ってんだろ?」
ヒーロは楼依の横に立つと、その肩に手を乗せた。
「ぶん殴っちまえよ。お前はそこに居る奴より強いだろぉー?」
ヒーロのその言い方に、サングラス男はこめかみがピクッと動いた。
楼依は大きく一息吐いた。
「……俺は今、テメェをぶん殴りてぇ」
ポソッと呟いた。
そして、手を振り払う。
「殴って解決出来る相手じゃねぇんだよ」
「だからって我慢する必要はなくね?あー、ボコされたらルシカに笑われるもんなー」
ヒーロはケラケラ笑った。
イラッとする感情を抑え、楼依は床に転がった灰皿を拾う。
「大人しく接客される気がねぇんだろ?……だったら、帰れ。他の姫さん達が安心して楽しめねぇ」
灰皿をボーイの一人に渡す。
「オーナーに用なら、先にアポでも取れよ。あの人、気まぐれだから来たい時間にしか来ねぇ」
「オーナーのクセにか」
「オーナーの店だからな」
サングラス男は鼻先で笑う。
「兄ちゃん、面も良い、威勢も良い。……勿体ねぇの」
そうサングラス男は言うと、左の男が掴みかかった。
「うちのNo.1なんだ。傷モンにでもされたらたまったもんじゃねぇ」
楼依の背後からそんな声と共に、千皇が相手の男の手を掴んだ。
男は楼依から手を離した。
「来るのが遅いでしょ」
楼依は掴まれたジャケットを直す。
「飯与えとかねぇとだろ。ただでさえ、うるさいんだ」
「……嬉しいクセに」
ふっと小さく笑うと、千皇はサングラス男の前の丸椅子に座った。
「俺がオーナーの神代だが、何の用だ」
さも興味無さげな表情で、千皇はサングラス男を見た。
「その眼帯はオシャレか?今時流行らねぇぞ」
笑いながら、サングラス男は言った。
「テメェにゃ関係ねぇ。で、用がねぇなら帰って欲しいんだが」
「俺は黒槌組若頭補佐の浪江っちゅうもんだが……」
黒槌の名に、千皇と楼依は小さく反応した。
「この店、黒槌にくれねぇか?」
身を乗り出す様に、浪江はサングラスを少しだけズラして千皇を見た。
千皇は眉間に皺を寄せ、腕を組んだ。
無言ではあるが、何寝言を言ってやがる、とでも顔面が言っている様だ。
「悪い話じゃねぇだろ?」
「……何でやらなきゃいけねぇんだ」
「ここらじゃ、ここだけだ。どの組にも属してねぇのは。稼ぎもいいみてぇだし」
「そりゃそうだ。この店には俺と、黙って座ってるだけで売上が伸びるホストがいる」
「大した自信だな」
「テメェらチンピラと一緒にすんな」
千皇はタバコを咥えた。
ボーイが持っていた灰皿を、慌てて千皇に渡す。
「それに、属してねぇが、……ここに喧嘩売るなんざ、浅霧が黙ってねぇ。……それこそ厄介だ」
タバコに火を点けると、煙をゆっくり吐き出す。
「話はそれだけか?」
浪江の目付きが苛立ちに変わる。
「この店潰すのは簡単だぞ?」
「脅せば何とかなるって思ってんのか。やってる事、小せぇな」
無表情のまま、千皇はあからさまに嫌味を込めてわざとらしく、大きな溜息を吐いた。
その時、千皇は目にもくれられなかったヒーロは、小さく「あ」と言った。
「……今ならカグヤに会えるじゃん」
ブツブツと言う声が、楼依の背後から聞こえる。
そして、意気揚々とホールを出て行った。
楼依はその背後をチラッと見送った。
「……いーんすか?」
「何で居たか知らねぇが、あそこには入れない」
タバコを吸うと、煙を吐き出しながら千皇は答えた。
「……今、カグヤと聞こえたが」
浪江もホールの入り口の方を見詰めた。
「姫神、何か聞こえたか?」
しれっと千皇が聞いた。
「いや、何も」
楼依もしれっと答える。
「テメェら、ふざけてんとマジで潰すぞ」
「ダメだろ姫神、ふざけてたら。潰されちまうぞ」
「俺は何時でも真面目です。まぁ、潰されませんが」
浪江のこめかみがピクピクと動いている。
千皇も楼依も無表情だ。
「はーい、ちょっと邪魔しちゃうよー」
今度は陽気な声が聞こえた。
千皇の眉間に皺が寄る。
数名の部下を引き連れて、弾が入って来た。
千皇は横に居たボーイを指先でちょいちょいと呼んだ。
「今日は店を閉める。姫さん達はアフター付きでプラス高待遇で今日は帰って頂け。待機ホスト、ボーイは後日賞与出してやんから、帰宅するなりして構わねぇ」
小さくそう言うと、ボーイは頷いた。
ボーイは早速動く。
「……俺も帰っていーすか?」
後ろから楼依が聞いた。
「俺を一人にする気か」
「一人でもどうにか出来るでしょ」
「お前一人、帰ってイチャつくのもしゃくだ」
「……いろいろあってそれどころじゃねぇんです、こっちも」
「まぁまぁ、神代は素直じゃないのは姫神も知ってるじゃん?寂しいんだよー」
弾は楼依の肩をポンと叩く。
弾の部下は近くの卓から椅子を持って来ると、千皇の横に置き弾を座らせる。
「さっき、黒槌の御子息に逢っただろー?……もしかして、って思ったら……、勘が当たっちゃったねー」
「ちょうど良かった。俺ら黒槌も浅霧の若頭にゃ用が合ったんだ」
「俺も、……何だよねー」
弾と浪江は睨み合った。
客もキャストもスタッフも居なくなり、店は静かになった。
「……テメェら組同士の争いに、俺の店を使うな。勝手に外でやってくれ」
千皇は不機嫌そうに言う。
「神代にも関係あるんだよー?」
「心当たりねぇな」
「余程良かったのかな?……カグヤちゃんの可愛いおケツ」
「だからと言って、俺には関係ない」
「俺にも関係ないんで帰っていーっすか?」
「姫神だってカグヤちゃんの弟と御付き合いしてんだしぃー、全く関係ない訳ないでしょ」
楼依も不機嫌に、口を尖らかせた。
「例え仮に千歩譲って俺が関係してるとして、店は関係ねぇだろが」
「店は成り行きだ。親父が探してる男娼が、テメェと関係あんじゃねぇかって来ただけだし」
「で、見つけてどうする気だ」
「知らねぇよ。愛人にでもしてぇんじゃねぇの?」
「ちょっとちょっと!カグヤちゃんは俺のなんだけど。……それに、カグヤちゃん抱いた代金、きっちり頂かないと」
誰も一歩も引きそうにない三人に、千皇の後ろに居る楼依は頭を抱えた。
「……おい、暇人ヤクザ」
千皇はタバコを消すと、弾に声を掛ける。
「暇じゃねぇって」
「コイツらは、テメェの男を取って浅霧に圧を掛ける気だろ、多分」
「圧っつっても、カグヤちゃんとはセックスしかしないし、情報とかなーんも持ってないよー。残念だけど」
「だったら、俺らに渡せよ」
「嫌だよー。それに、イジメ過ぎちゃって……、何処に居るか知らないしー」
と言いながら、弾は表情を変えない千皇を見た。
「テメェんとこにいるんだな」
浪江も千皇を見た。
「別に隠さなくてもいーじゃん。それならそれで仕方ないし、今は」
「素直に渡せば、店は諦めてやる」
詰め寄る二人に、千皇はうんざりとした。
「あのさ……」
黙って居た楼依が口を開いた。
「……先輩が匿って居るかどうかなんて置いといて、いくらヤクザ絡みでも本人の意思はどーでもいい訳?別に浅霧に借金がある訳じゃねぇし、弾さんが言う様にセックスするだけの関係なら、黒槌にプラスになる事もねぇ訳だ。……これ以上、モノ扱いすんなよ。あの人?が、浅霧に対して黒槌に対しても、何かやらかしたなら仕方ねぇけど、たかだかセックスしただけだろーが」
不機嫌に淡々と、楼依はそう話した。
「カグヤちゃんが俺を頼って来たんだよー?」
「……そん時はそうしねぇとならなかったんでしょ。素直じゃねんだし」
「俺は親父に頼まれただけだ」
「そっちは単なるワガママだろ」
二人のヤクザ相手に、楼依は怯まず反論した。
「本人の気持ち無視ばっかしてんとイジけて余計に出て来なくなる。何処に居るかは知らんすが」
「兄ちゃんも大概にしとけよ。コイツが匿ってるって顔に書いてあんじゃねぇか」
浪江は千皇を指さし、楼依を見上げる。
「先輩、匿ってんすか?」
「……さぁ?」
「……だ、そうだ。本人が言ってんだ、そうなんだろ。もし本人が先輩の所にいるなら、それが本人の意思だろうし」
楼依は楽な姿勢で立ち直した。
浪江は舌打ちをする。
「兄ちゃんら、明日からこの店で働けると思うなよ?」
サングラス越しから、浪江は睨んだ。
「なぁ、神代?俺がこの店守ったら、……抱かせてくれる?」
「貴重な俺のケツ、テメェにくれてやるほど落ちぶれてねぇぞ」
「んー、カグヤちゃんを取り戻すには、コイツらと手を組んでもいーかな、なーんて思ったりもしてるんだけどさ……。カグヤちゃんに嫌われるのもなー」
むぅっとしながら、弾は両頬に手を当てた。
そして、溜息を吐いた。
「……まぁ、……カグヤちゃんもだけど、神代を抱くまではこれ以上嫌われたくないし。とりあえず、カグヤちゃん抱きたいなら、きっちり金払えよな」
「んな事、親父に言えよ」
「そんじゃ、くみちょーさんに払わせますか」
弾は右手を上げると、指先を浪江に向けた。
弾の部下達は無言で黒槌の連中に歩み寄ると、いきなり三人の胸倉を掴んだ。
「何しやがるっ!?」
浪江とその部下は、掴まれた胸倉をの手を掴んだ。
「くみちょーさんに払わせるっつってんじゃん?コイツら、ちょー強いから、抵抗すんなら本気でしねぇと……、大怪我ですまねーかもよ?」
口角だけ上げる笑みを浮かべる弾に、浪江はゾッとする。
浪江は引きづられるようにソファーから降ろされると、足をバタつかせ抵抗しながら弾の部下に自分の部下もろとも連れて行かれた。
「神代も、素直に引き渡した方がいーよー?」
「……何の話だ」
「カグヤちゃんは渡さない、って言っただろ?」
「そうだっけ?」
すっとぼけた様な千皇の言い方に、鼻先で弾は笑うと立ち上がった。
通りすがら、楼依の肩をぽんと叩くと弾も店を出た。
誰も居なくなった店に、二人の溜息が聞こえる。
やっと静まった時だった。
バイブ音が聞こえ、千皇はジャケットの内ポケットからスマホを取り出した。
画面を見ると、また溜息を吐いた。
そして、スマホを耳に当てた。
「……何」
疲れた様にそう出るも、表情が曇って行く。
しばらく話を聞いている様だったが、スマホを耳から離すとゆっくり立ち上がった。
「何かあったんすか?」
眉間に皺を寄せたまま立ち上がり振り返った千皇に
、楼依は声を掛けた。
「よく分からんが、助けてだって」
「あぁ、兄貴」
「店、鍵締めとけ」
そう言い残すと、千皇は店を出て行った。
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