堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

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  朝も明けようと、薄らと明るくなり始めていた。
  楼依はスポーツドリンクや熱さまシートやゼリー等を買って持って来た。
  夜通し起きていたのだろうか、ルシカが出迎えてくれた。
  
「……熱は大丈夫か?」

  ソファーに座らされた楼依は、ルシカにそう聞いた。

「本当に熱があるかは分からないんだ。帰って来たら部屋に籠っちゃってて、出て来てくれないし。ドア越しに体調悪いってそれきりで……」
「そうか……」
「真幸君も帰って来ないし、連絡しても呼出音がするだけで……」

  ルシカは楼依から貰った物を冷蔵庫に入れた。
  あー……、と楼依は頭を搔く。

「……何があったか知らねぇけど、ダチんとこ。で……、そのダチはただのダチでは無いな」
「……恋人?」
「なら、関西君はここには世話にならねぇだろ。一方的に相手が、な」
「……嫌いになっちゃったのかな、……ヨゾラの事」

  そう呟きながら、ルシカは楼依の横に腰を下ろした。

「ヨゾラがしたい事は分かってるんだ。でも、……どう甘えて良いか分からないって」
「そうか……」

  楼依は宙を見ながらそう呟いた。
  もう少ししたらヨゾラと話をしてみようか、と思った。
  
「そう言えば、曾婆さんとやらは来たのか?」
「来たよ。曾お爺さんの愚痴言いながらお酒飲んでヨゾラにも語り掛けてくれたけど、疲れたみたいでさ。兄さんの部屋で寝かしてる」
「天界の奴らも役に立たねぇな」
「でも……、エルドラさんは心配してくれてる……」

  楼依はルシカの頭を自分の肩に引き寄せた。

「お前も少し寝とけ。……起きるだろうって時間に末っ子君と話をするから」
「楼依にばかり、甘えて居られねぇよ……」
「気にすんなって。俺が好きでしてんだよ」

  ルシカのサラサラで金色の髪の毛を撫でる。
  男らしい大きな手で撫でられるのは気持ちが良い。
  思わず目を閉じると、一気に眠気が襲う。

「無理すんなって。少しで良いから寝とけ」
「……ん」

  ルシカは楼依の服の裾を掴んだ。

「傍に居るから」
「……ここで寝る」
「おう……」

  楼依はルシカの頭から手を離すと、ソファーから床に座った。
  ルシカはもそもそとソファーに寝そべった。

「……俺、こんなに甘えて良いのかな?」

  ポソッとルシカが呟いた。

「お前に甘えられるのは、嬉しいんだけど」

  ルシカの手を握る。

「俺だって……、甘えて欲しいのに……」

  手を握られると、小さくルシカは笑った。
  そして、目を閉じると静かに寝息を立て始めた。
  可愛い。
  そっと目元に掛かった金色の前髪を掻き上げた。
  くすぐったいのか、ルシカがふっと笑った。

(……あー、もう。可愛い)

  ここが自宅なら、間違いなく襲って居た。
  こんなに性欲が強いとも、今まで思った事もなかったのに。 
  思えば、最後までしたのはあの時だけだ。
  何やかんやと邪魔が多くてゆっくりと過ごす事も出来ていない。
  薄いピンク色の唇に触れ、ふにっと押すとむぐっと動いた。

(柔け……。生殺しだ……)

  ルシカの唇から指を離すと、頭を下げた。
  女にすらこんなに愛おしくも欲情などした事はなかったのに、やはりルシカが淫魔だらかだろうか。
  部屋は明るいが、静かだ。
  楼依は静かな部屋の天井を見た。
  その時、ヨゾラの部屋から微かな物音が聞こえた気がした。
  目線をヨゾラの部屋に向ける。
  ガタン、と音がした。
  楼依はそっとルシカの手を離すと、静かにヨゾラの部屋の前まで来た。
  ドアノブに手を掛け捻ってみると、ドアが開いた。
  開けて部屋の中を見ると、部屋の電気は消えているものの、学習机の明かりはつけっぱなしで机に突っ伏しているヨゾラが居た。
  左腕はだらんと、力無く肩からぶら下がっている。

「……おぃっ!」

  楼依は出来るだけ小さく声を掛けると、ヨゾラに近付いた。
  首筋に触れると熱い。
  息も乱れている。
  額に手を当てると、やはり熱かった。
  楼依は垂れたヨゾラの左腕を肩に掛けた。
  ふと、頭の下敷きになっている厚手の紙の、文字が分からない本らしき物に一瞬目を向けた。
  が、ヨゾラを抱き上げると床に敷きっぱなしな布団に寝かせた。

「……姫神、さん……?」

  呼ばれて楼依はヨゾラを見た。

「今、頭冷やすもん持って来るから寝てろ」
「……ごめんなさい。俺は、大丈夫です……」
「そんなに高い熱で大丈夫な訳あるか。良いから寝てろ」
 
  そう言ってヨゾラに布団を被せた楼依は、一旦部屋を出た。
  冷蔵庫から熱さまシートとスポーツドリンクを取ると、再び部屋に戻った。

「冷てぇけど我慢しろ」

  熱さまシートを箱から冷たいシートを一枚取り出すと、ヨゾラの額に貼った。
  冷たいのか、ヨゾラがぎゅっと目を閉じた。
  もう二枚取り出すと、左右の首に貼る。
  ビクっとヨゾラの一瞬肩がすぼんだ。

「本当は脇の下とか内腿とか太い血管のある場所に貼るのがいいんだけど。まぁ、これでも飲んどけ」

  枕元にスポーツドリンクを置いた。

「病院は……、無理か。コンビニで体温計やらアイスノンは売ってんのかな……」

  ブツブツと言いながら、箱を閉じシートに貼り付けてあった剥がしたビニールを丸めて握りながら楼依は立ち上がろうとした。
  
「……姫神さん」

  ヨゾラは楼依の手を掴んだ。
  ふとヨゾラを見ると、熱で不安なのか今にも泣き出しそうな表情だ。

「……どうした?」

  楼依は座り直した。

「カグ兄も……、ルシ兄も……、淫紋出る時、熱が出たんだ……。俺も……、多分……」

  不安が滲み出ているのか、声が震えている。

「まだ……、やらなきゃいけない事があるんだ……。……真幸の脚だって、誤解だって……、解けてないのに……」

  震える手で、ぎゅっと楼依の手を握る。
  机にある本は、そう言った類を書いてあるのだろうか。

「俺は……、何もしてやれないから。……せめて、真幸の脚は……」
「兄貴やルシカが熱が出たからと言って、お前も必ず淫魔になるかはまだ分からねぇ。……今は身体を休ませろ」  
  
  楼依は持っていたビニールをポケットに突っ込むと、ヨゾラの頭を撫でた。
  ただの知恵熱で済めば良いが、熱が出た程度でここまで不安になるのは、今までさほど体調を崩した事が無いのだろうか。
  ルシカが体調を崩しやすいのは聞いたが、カグヤやヨゾラはあまり聞かない。
  カグヤが体調を崩すのは、ヤリまくった後くらいだろう。
 
「お前は十分頑張ってる。それはルシカ達も分かってる」
「でも……、いくら調べても、載ってないんだ……。嫌われても、……脚は、俺の責任で……」

  ヨゾラは悔しげに唇を噛んだ。
  
「今まで……、真幸に、甘えて、困らせて来たから、……脚、ちゃんと戻して、……謝らねぇと」

  いつも強気のヨゾラが、こんなに弱って居るのは初めてだ。
  熱で焦りと不安で、傍に真幸がいないから余計に弱って居る様に見える。
  
「……そうだな。関西君の脚は、お前が治さねぇと。だから、今は熱を下げる事を考えろ。そこは俺達には出来ねぇ事なんだから」

  ポンポンとヨゾラの頭を撫でる。
  何でこうなったかは深い理由までは分からないが、少なくとも真幸が居ない事は不安なのだろう。
  下界に来てからほぼ一緒に居たのなら、恋愛感情は抜きにしても心配もあるだろうし。
  真幸は真幸で、何を考えているか分からない。
  少なくとも、ヨゾラよりははっきり分かるとは思っているのだけど。
  魔王は直接ヨゾラに手を出す事はない。
  厄介なのは老人。
  ここに居ればエルドラとグラディエットが居るから手は出して来ないだろう。 
  出すのなら、真幸か唐島。
  唐島の前に現れたら、厄介だ。

「他に本が必要なら、何とかしてやる。学校には連絡しとくから、休んどけ」

  楼依はそう言って、ヨゾラの目に手を置き目を閉じさせた。
  
「……ごめんなさいっ」

  嗚咽を漏らしながら、ヨゾラは謝罪した。
  混乱しているのだろう。
  とりあえず、落ち着くまでは傍に居てやった。

(……何とかするっつっても、俺は魔界とやらに行けねぇしな)

  ヨゾラが寝たのを確認すると、リビングに戻りながら楼依は考えた。

(あのヤンキーが俺の言う事は聞かねぇだろうし、ルシカなら……。利用なんて出来ねぇな)

  楼依はソファーで寝ているルシカを見下ろした。
  一息着くと、ルシカの部屋に向かった。

(あの二人を張ったとしても……、俺が捕まえれるか分からんし、そもそもどっちかも分かんねぇ……)

  ルシカのベッドから掛け布団を取ると、リビングに戻った。

(どうしたものか)

  そっとルシカに布団を掛けると、床に座った。
  どうでも良いが、寝顔が可愛過ぎる。
  一番はルシカを守っていきたいだけなのだけど。
  兄弟が何かあれば、絶対悲しむ。
  ヨゾラの熱が淫紋の兆候であれば、尚更。
  ソファーに背を凭れると、楼依は溜息を吐いた。 


 


 
  

  




  


  

 
   
  

  
 
  
  
  

  
  
  
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