堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

文字の大きさ
109 / 189
淫魔と感情

12

しおりを挟む
  身体のダルさは日に日に増して行く気がする。
  熱も下がる気配は無い。
  熱冷ましの飲み薬は一時だが、下剤はまだ寝れる分夜は楽だ。
  と言っても、あまり寝たくはないのだが。
  お腹は空く。
  でも、あまり食欲は無い。
  身体が訳も分からず疼く。
  ベッドから起き上がるのも億劫だ。
  机の上には、魔界から拝借した本が開いたまま、ライトに晒されている。

「……スムージーっての作ってみたんだ。少しお腹に何か入れねぇとさ……」

  そう言いながらルシカが、グラスにストローを刺したグリーンスムージーを持って来てくれた。

「ん……、ありがとう」

  ヨゾラは重たい身体を起こした。
  グラスを渡すと、ルシカはチラッと机の上を見る。

「無理したらダメだよ……」

  机に近づくと、本を閉じてライトを消した。

「身体、治してからじゃないと……」

  うん……、とヨゾラはスムージーのストローに口を付けた。
  ヨゾラの焦りも分かる。

「……真幸の脚だけは、戻したいな」
「だったら、ヨゾラが元気にならないと」

  そうだね、とヨゾラは呟いた。
  疼きはどうであれ、熱は下げたい。
  そしたら少しでも、いろいろ調べる事が出来るのに。
  ヨゾラは情けなくて一息着いた。
  その時、リビングに居たグラディエットがヨゾラの部屋の前に走り寄り吠え出した。
  部屋が重い空気に包まれる。

『行き詰まっておるようじゃな』

  そんな低い声が聞こえたかと思うと、歪んだ空間から魔王が姿を現した。
  ヨゾラは眉間に皺を寄せ、ルシカは震え出す。
  グラディエットは、威嚇する様に吠え続けた。

『吠える事しか出来ぬ駄犬が。誰が飼い主か思い出さぬか』

  そう魔王が言うも、グラディエットは吠えるのを止めなかった。
  魔王は溜息を吐くと、空間から得体の知れないぐちゃぐちゃな物体を取り出しグラディエットに向かって投げると、グラディエットはそれに飛び付きびちゃびちゃと音を立てながら、貪り着いた。
  魔王はヨゾラの学習机の椅子に座るが、身体がデカすぎて壊れそうだ。

『ふむ……、貴様は失敗に終わるか……』

  座って早々、魔王のその言葉にルシカもヨゾラも目を丸くする。

『ルシカ、お前は体感したじゃろう。ヨゾラの熱が、何故続くのか』

  魔王は机に頬杖を着くと、ルシカに目を向け笑った。
  ルシカは震える手を自分の下腹部に当てた。
  ヨゾラも心配げにルシカを見た。

『ヨゾラの腹に淫紋が出とらんのが幸と言うべきか……。しかし、身体の熱は欲情じゃ。淫魔になる儀式は、淫魔による呪いに変わったようじゃ』

  笑う魔王とは裏腹に、ルシカは目を大きく見開いてヨゾラに目線を向けた。
  
「な、……なん、で……?今まで、他の堕天使や、混血だって……」
『カグヤは先に味を覚え、ルシカは儀式に倣って淫魔となった。……じゃが、お前達は中途半端じゃ。簡単にニンゲンに絆されとるからのう』
「……」

  魔王はルシカを手招いた。
  ルシカは戸惑う。

『ルシカの奴隷は今はここには来れぬ。空間を断ち切っておるからの』

  ルシカの感情に乱れがあれば、楼依に伝わる。
  それが出来ない今、ヨゾラをどうにか守れるのは、自分しかいない。
  ルシカは震えながら、立ち上がろうとした。

「ルシ兄っ!」

  ヨゾラが力を振り絞って声を上げる。
  ルシカは怯えた目でヨゾラを見た。

『……ふん、まぁ良い』

  魔王は鼻先で笑った。

『お前達兄弟の血は忌々しい程高貴な天界の者の血が混ざっておる。特にヨゾラ、お前はカグヤやルシカに比べ血が濃い。それが儀式の邪魔をした』

  魔王の言葉に、ヨゾラは胸元に手を当てた。

『それ故に、お前らが張った結界は混ざりあってなかなか難儀じゃ』

  とりあえず、カグヤは暫くは無事。
  それは安心出来た。

『今、この場で、ヨゾラのニンゲンの呪いを解けるとしたら……、可愛いルシカはどうするかのう』

  ニィっと口角を上げるだけの魔王の笑みが、ルシカの背筋を凍らせた。
  魔王なら、真幸の脚を治すのは簡単だろう。
  近くに魔王が居なくても関係ない。

『……それとも、術者であるジジィに泣き縋るか?……さすれば、ヨゾラの熱も引くかも知れぬな。このまま長引けば、……消えてしまう』

  ルシカは俯くと、拳を握った。

「俺は、……自分の力でどうにかするっ!」

  ヨゾラはそう叫ぶと、魔王を睨んだ。

「ヨゾラっ!?」
「せっかくカグ兄もルシ兄も囚われなくなるんだ。それに、こんな形で真幸の呪いが解けたら、……友達にも、戻れない……」

  そう言うヨゾラの声は弱々しい。
  ルシカは小さく一息吐くと、ヨゾラに近付き頭を撫でた。

「……俺はもう十分助けて貰ったし、ヨゾラが居てくれたから、楼依を好きって思えた」
「……ルシ兄」
「俺が戻ってもさ楼依は一緒なんだ」

  そんな事、魔王が許す訳がない。
  それどころか、カグヤだって黙っていないだろう。
  ルシカだって分かっているはずなのに。

「真幸君だって、ヨゾラを嫌わないよ。……だから、……ありがとう」

  ルシカはにっと笑った。
  弟をこれ以上苦しめる事は出来ない。
  ルシカはヨゾラから手を離した。

「……俺が戻れば、……ヨゾラを助けて……」
『エルドラぁぁぁぁぁあっ!!!』

  ルシカの声が、空間が揺れる様な大声に消された。
  その声は空間を捻じ曲げ、突如現れた色白の筋肉隆々の白い巨大な羽を持つ、身体も巨大なおっさんだ。
  いきなり現れたおっさん天使に、ルシカもヨゾラも絶句している。

『儂が悪かったのじゃっ!!』

  半分泣き声の様にも聞こえる。
  
『相変わらずやかましいジジィじゃ……』

  魔王はポツリと呟いた。

『ぬっ!?貴様は魔界の小童っ!!エルドラを何処にやりおったっ!?』
『知らぬ』
『ほぅっ!!すっとぼけるならば今直ぐにでも消し炭にしてやろうっ!!』

  おっさん天使が声を上げる度、耳がキーンとなる。

『儂は構わぬが……、貴様が嫌っとるとは言え曾孫共の前じゃ。それでも儂に喧嘩を売るつもりか』

  エルドラの名を叫びあたりそうだとは思って居たが、やはり曾爺さんの様だ。
  曾爺さんは下を見回し、ルシカと目が合った。
  ルシカの身体がビクッと跳ねた。
  そして、熱で弱っているヨゾラに目を細めると、大きな手をヨゾラの頭に乗せた。
  軽く頭を覆えるくらい、大きくてデカい手だ。

『儂らが、本気で嫌っとると思うてかっ!!』

  曾爺さんの声は、手を伝わって頭に響く。
  ヨゾラは驚いて目を閉じた。

『少なくとも儂ら直属の身内は、せめて曾孫達だけでもどうにかならぬものかと交渉に耳を傾けなかったのは貴様じゃろうっ!!』
『結果、上層の年寄り共を黙らせる事すら出来なかったではないか』
『貴様とて、素直に渡す気などなかったクセにっ!!淫魔などさせおってっ!!!』
『妹を盗られた上に命を奪われたのじゃ。可愛い甥っ子共を渡せるわけないじゃろ』
『可愛いなどとほざきおってっ!!可愛いのならば何故ゆえ淫魔になぞさせよったっ!?叔父のする事ではないじゃろうてっ!!』

  魔王は静かに低く喋るが、曾爺さんの声はあちこちに響く。
  ルシカは耳を両手で塞いだ。
 
『……混血じゃと見捨てる輩共には分からぬ。孫が魔界で汗や血を流しながら……』

  そこまで言うと、魔王はふっと鼻先で笑った。
  ルシカは魔王の方に目を向けた。

『幼子を捨てた奴らに、我等がどう生かそうとも文句を言われる筋合いはない』
『この子等の父親を殺したのは貴様等魔族じゃ!!』
『仮にルシフェルが天界に行ったなら、同じ様にしたじゃろう。……結果は変わらぬ』

  曾爺さんはヨゾラから手を離した。
  そして、魔王と対峙する。
  魔王もデカいが、曾爺さんは更にデカい。

『それに、今更連れ去る気などさらさらないじゃろ?上層の輩にばれたら貴様等とてタダでは済むまい。その点儂は魔族の頂点じゃ。何とでも出来る』
『その結果が淫魔かっ!!笑わせるのうっ!!頂点ともあろう輩がっ!!良き待遇さえもさせれぬとはっ!!』
『雌に下半身が緩い貴様に言われとうないわ』

  魔王の言葉に、ルシカもヨゾラも呆れた。

『甥に発情する貴様に言われとうないわっ!!』

  そう言うと、どっちもどっちである。
  
『それにっ!!曾孫達が下界に居るのならばっ!!儂等は動き易くなるものじゃっ!!儂等はっ!!我が孫もっ!!貴様の妹もっ!!下界にて愛を育ませようとしておったっ!!』
『ほぅ?ルシフェルが貴様の孫を誑かしたと、争いを仕掛けて来た奴等が何を……』
『それを反古にし、我が孫を死に知らしめたのは貴様等じゃっ!!話を聞かぬは貴様じゃろうてっ!!』

  一瞬、魔王のこめかみがピクリと動く。

『下界にならばっ!!我等が納得行かなくともっ!!お互いが干渉するくらい出来る事なぞっ!!貴様も分かっておったろうがっ!!』

  ……そうか、と魔王は呟いた。
  そして、ヨゾラの椅子から立ち上がった。

『……少しやる事が出来たわ。また、迎えに来るとしよう……』

  そう言うと、魔王は歪んだ空間へと姿を消した。
  曾爺さんは太い腕を組むと、ふんぞり返った。
  空間は元に戻る。
  天井が低いのか、曾爺さんは床に座り込んだ。

「……あ、あのっ」

  ルシカは恐る恐る曾爺さんに近付いた。

「あ……、ありがとう、……ございました」

  小さく頭を下げる。

『ふむっ!!今まで何もして来れなんだっ!!これくらい当たり前じゃっ!!』

  大きな笑い声は、窓をも揺らす。

「……あ、何か……、身体が楽だ……」

  ヨゾラは額に手を当てた。
  熱くは無い。
  ルシカもヨゾラの額に手を当てた。

『一時ではあるが、熱を冷ましておいたわっ!!下界の薬とやらがこれから効いて行けば良いがのうっ!!』

  ルシカは安心したのか、胸をなで下ろした。

「でも……、何で……」
『確かにっ!!あの童の妹に惚れ、子も出来たとは驚きであった!!魔族と結ばれた天界の子らも居ない訳では無いっ!!しかしっ!!立場が立場じゃっ!!政略結婚でもない限りっ!!簡単ではないっ!!』

  相変わらず、窓が揺れる。
  ご近所迷惑にならないか、とハラハラするくらいに。

『我が孫が死にっ!!童の妹が後を追いっ!!争いを止めるべくっ!!泣く泣く傍観を決めたのじゃっ!!あの童が言う様にっ!!上層の輩は混血などっ!!嫌っておるっ!!言い聞かせるしかなかったのじゃっ!!』

  そうだったんだ、とルシカもヨゾラもお互いを見合った。
  しかし、エルドラは知らなかったのだろうか。
  
『まだっ!上層の輩は認めて居らぬのは事実っ!!しかぁーしっ!!お前達はっ!!儂等の孫が愛した曾孫達と言うのも事実っ!!下界に来たならば上に反発してでも守らねばっ!!』

  曾爺さんは拳を握った。

『じゃがっ!!まだ上との反発に勇気がなかったとは言えっ!!お前達長兄には酷い事を言うてしまったっ!!』

  握った拳を下ろすと、しゅんと肩を落とす。
  声はデカいが、かなり落ち込んだ様子だ。
  大きな羽もしょぼくれている。

「でも、……俺達の事は気に止めて居てくれていたんですよね」

  ポツリとルシカは呟いた。

『無論っ!!片時も忘れた事などなかった!!』
「……それなら、安心です。兄さんもきっと分かってくれます」
『本当かのう!!』
「あと少し……、兄さんもあと少しだと思うんです。……もちろん、ヨゾラも……」

  ルシカはヨゾラを見ると、ニコッと微笑んだ。
  ヨゾラは首を傾げる。
  そして、魔王が座っていた椅子に目を向けた。
  曾爺さんとの言い合いの最中、魔王は何を思ったのだろうか。
  何時もよりは違って感じた雰囲気に、ルシカは違和感を覚えた。

  

  



  

     
  
  
  

 

  




       
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

処理中です...