堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

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素直と悪態

06

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「あの部屋の結界はもう壊れとるな」

  もしゃもしゃとシュークリームを頬張りながら、エルドラは答えた。

「天界と魔族が合わさった結界じゃ。上級より弱いと言うても魔族側が簡単に破れる程でもなかったが」
『我ら天界人でもっ!!ほんの少しだけっ!!ピリピリとしただけじゃっ!!』
「対魔族用の結果じゃ。よう力を合わせて張ったと思うぞ」

  エルドラは口許に付いたクリームをティッシュで脱ぐうと、ニッコリ笑みを浮かべた。
  ルシカもヨゾラも胸を撫で下ろした。

「あ、そうだ。神代さん、頭痛は良くなりましたか?」

  思い出した様にヨゾラが聞いた。

「お陰さんで……」

  そう答えた千皇に、ヨゾラはより胸を撫で下ろした。

「でも、何でカグ兄は平気だったの?あの結界は神代さんから痕を着けて貰わないと、中から出れない様にしていたのに」

  ふと、ヨゾラはそう聞いた。

「……痕?」

  ルシカは首を傾げた。

「ようはキスマークだろ?」

  楼依は真幸から出されたお茶のグラスを手に取ると、そう言いながら一口口に入れた。
  ルシカはまたもや首を傾げる。

「ルシカも婿殿と深く愛し合った時に付けてくれるじゃろう?首やら項やら胸元やら」

  エルドラは二タっと笑うと、自分の首筋に態とらしく手を当てた。
  顔を赤く染めたルシカは慌てて下を向いた。

「痕が消えるまでなら外に出ても大丈夫なんです。カグ兄、神代さんから魂の一部を貰っているから仮契約みたいな……」

  カグヤの方を向くと、カグヤもカグヤでほんのり頬を赤くしている。
  
「で。今回は無理矢理連れ出された挙句、余程抵抗したんじゃろう。使い物にならぬくらい、結界が壊れておったわ」
『壊れると言うよりっ!!消えて無くなったっ!!と!!言った方が良かろうっ!!』

  座って居るとは言え、天井に頭が付くくらいの巨体の肩を揺らしながら、曾祖父さんは誇らしげに笑った。

「そないな力あんねんなら、結界に頼らんと直に喧嘩売った方が早ない?神代兄さんかて弱っちくないやろう?」
「んなもん、会った事もねぇから分かんねぇし」
「横並びしたって神代兄さんのが雰囲気怖いで」
「何を言うか、俺は優しい」

  よな?と言わんばかりに、千皇は楼依を見るが、楼依は無言で千皇を睨んだ。

『カグヤがっ!!その様な力をっ!!一時的に解放したのにはっ!!訳があるっ!!』

  得意げに腕を組んだ曾祖父さんは、声を上げた。
  もう、この大音量にも慣れてしまった。

『淫魔としてっ!!儀式はっ!!失敗では無いっ!!』

  その言葉に、一同は何とも言えない表情を浮かべた。
  もっとも、千皇と楼依は普通なのだが。

『交尾とはっ!!魔力補給っ!!ニンゲンはっ!!魔力を持たぬ故っ!!精を取らねば堕落するのはっ!!道理っ!!』
「そこの点は淫魔そのものじゃ」
『しかぁしっ!!ルシカの婿殿はっ!!奴隷契約を結んだが故っ!!魔力補給は婿殿から出来っ!!婿殿もっ!!契約に基きっ!!一生涯をルシカに捧げる故っ!!交尾による堕落はないであろうっ!!』

  ルシカはほっとすると、横に居る楼依を見上げた。

「万が一はないじゃろうが、もしルシカが他の雄と交尾したら、魔力補給と共に堕落させる事は出来るかもしれぬがの」
「他の誰かとなんてさせるかよ」
「ふむ。ルシカの婿殿はしっかり予防線を張っておるからのう」

  楼依が側に居ない時、ルシカの仕事中は瑠依やモモちゃんが居る。
  事務所の連中には睨みまで利かせてある。
  芸能事務所の坊ちゃんであり、バイトのスタントの為に、ありとあらゆる格闘技は身に付けている為、睨まれたら手出は出来ない。
 
『ヨゾラはっ!!淫紋が出ておらぬからと言うてっ!!何らかの影響はっ!!あるかも知れぬっ!!』

  曾祖父さんの大声に、真幸は顔を曇らせた。

『儀式はされとるっ!!淫紋が出る前にっ!!ニンゲンと交われたのがっ!!吉と出れば良いがっ!!』
「フェロモン撒き散らすとかゆーのやないやろな」
『そこまではっ!!分からぬっ!!』
「魔族の薬学研究に長けた輩に調べさせておる。しばし待て」

  エルドラはお茶をすすった。

『問題はっ!!カグヤじゃっ!!』

  自分の名前を言われ、カグヤはビクッと肩を揺らした。

「コイツは問題だらけだ」
『分かっておるっ!!』

  千皇の言葉に曾祖父さんは自信ありげに胸を張った。
  カグヤは少しショックだった。
  ルシカはそっとカグヤの肩に手を置いた。

『カグヤはっ!!他の淫魔よりっ!!魔族達とまぐわって来たっ!!よってっ!!魔力と言うものもっ!!蓄積しやすかろうてっ!!』
「……は?」

  千皇は曾祖父さんを睨み上げた。
  ちょっぴり怖いのか、曾祖父さんは天井を見上げた。

「そこら辺の魔族が相手ならば、長時間のニンゲンのカラダを維持など出来ぬ。……カグヤは童、魔王の妹の子じゃし、童の精をこれでもかと蓄えておる。……その上、婿殿の精も交わった」
「俺はただの人間だ」
「しかし、カグヤが魂を吸うた人間じゃ」
「吸われただけで、何の力もねぇ」

  あー言えばこー返す千皇に、エルドラはふむ、と呟いた。

「先輩は堕落して魂を吸われた訳じゃねぇから、今までとは勝手が違うんじゃねぇの?」

  助け舟を出す様に、楼依が口を挟んだ。

「は?」
「魔界に帰るのに同意で魂の一部をやったなら、それって契約みたいになるんじゃないっすか?」

  千皇は頭を抱えた。
  それでも千皇はただのニンゲンで特別な力を持っている訳では無い。
  魔族を威嚇する雰囲気があるだけだ。

「……別に、俺が何かを要求した覚えがない。帰りてぇっつーから帰らせただけだ。そもそも、それが契約ならもう終ってる事だし、俺を連れてくなりしてんだろ。俺は姫神と違う」
「神代兄さんは契約とか要らんのちゃうん?」

  今度は真幸が口を挟んだ。

「単なる偶然かも知れへんけど、神代兄さんは『神』に成り『代わる』で、カミシロやんか。王様より上の立場なら契約させる立場やし、自分より下のもんの言いなりにはならんやろし」
「名前が関係あるかも、っつー話は前にもしたな。ジジィもほくそ笑んでたし、関係ねぇわけじゃ無さそうだ」
「こん中で神代兄さんが最強やし。俺なんて『神』が付いても意味ないやろし」

  楼依と真幸の会話に、千皇はますます頭を抱えた。

「単なる名前だろ……。名前が厳ついだけのただのニンゲンだ」
「だから、魔王が神代兄さんの前に出れんのちゃうん?……ビビっとるか分からへんけど、警戒はしとるんやないんかな」
「神代さんが無関係、とは考えれないですよね……」

  名前一つで何を勝手に、と思うと少し腹立たしくなって来た。

「よぉ、考えてみぃ。姫神兄さんは『姫』=二番目兄さんを守る神様やんか」
「……俺、お姫様じゃねぇし」
「神に成り代わるなんて、顔も名前もカッコえぇやないですか。俺の謎の『神』より意味があるんやし反論ばっかせんと、認めるもんは認めたがえぇで」
『なんとっ!!素直ではないのぉっ!!』
  
  あ"っ!?とでも言う様に、千皇は曾祖父さんを見上げた。
  曾祖父さんはビクッと肩を揺らすと目を背けた。

「まぁ、良く聞くが良い。ルシカは婿殿が居る分問題なくラブイチャ出来る訳じゃ。ヨゾラもこの先どうなるか分からぬが、婿殿殿が出来たのなら、何とかなるじゃろう

「ちょっと待ってよ、エルドラさん。俺はまだ真幸と……」
「そうやで。熱を下げれるかお試しやったんやで」
「お試しでも、男相手に浮ついた気持ちでした訳ではなかろう?」

  ニヤリと笑うエルドラに、ヨゾラと真幸はお互いをチラッ見ては直ぐに目を背けた。

「関西、お前歳上にあーだこーだと言うクセに、まだ尻込みしてんのか?」

  先程まで言われた腹いせか、千皇は口許だけ笑みを浮かべた。
  今度は逆に、真幸が腹を立てた。  
  
「俺は慎重派やねん」
「ヤる事だけはヤッといてか?」
「ウジウジしとる神代兄さんには言われたかないで」
「先輩、ご両親に紹介したぞ。兄貴ん事」

  千皇と真幸の間を、楼依がサラッと言った。
  真幸は驚いて目を丸くした。
  エルドラは嬉しげに両手で口を覆った。
  カグヤは照れ隠しか口を尖らている。
  ルシカとヨゾラは首を傾げた。

「ご両親に紹介とか、何か意味があるのか?」

  首を傾げたままルシカが聞いた。

「親に紹介すんのは余程特別な存在じゃねぇとな。これから一生一緒に居ます、的なご挨拶。男と女なら、=結婚ってなるんだけど」
「……そっか」

  ルシカは何を思ったのか、肩を落とした。

「俺が親に紹介しねぇと思うなよ。先を越されて悔しいんだ」

  そう言う楼依も若干むくれている。
  千皇は鼻先で笑うも、何となく得意げで腹が立った。

「ふむ、それならば今後もちゃーんと責任持ってカグヤと添い遂げる覚悟がある、と言う事じゃな?」
「添い遂げれるかは知らん。俺はこっちのやり方をしただけ」
「魔族とニンゲンの婚姻……、ロマンスじゃのう」

  エルドラは胸に手を当てると、小さく溜息を吐いた。

『カグヤもっ!!交尾をっ!!し放題じゃっ!!』
「えっ!?マジっ!?」

  曾祖父さんの言葉に、カグヤは目を輝かせて千皇を見た。
  千皇の表情とオーラが険しくなる。

「あの部屋の結界が壊れたのは、カグヤの抵抗による魔力暴走じゃ。魔力自体、使い方はいざと言う時の契約の時と、体力回復程度にしか教えて貰わなかったのじゃ。ニンゲンから貰った精は、童への供物じゃし、カグヤの魔力は童から蓄えられ、溜まる一方じゃ。まぁ、下界にずっと居たなら少しづつは減ってはおっただろうが」
「それが爆発して、あんな姿になったのか?」
「……ほう?姿まで変わったのか」
「黒くて、俺よりデカかった。相手から生気吸い取ってたし。なかなか面白かった」

  エルドラはカグヤを見た後、曾祖父さんを見上げた。
  
「どうやって戻したんですか?」

 ヨゾラもカグヤを見た。
 どう見てもカグヤは普通だ。

「一緒に帰って来ただけ。帰れたのなら、俺じゃなくても良かったかもな」  
「……そんな事言うな。お前だから、一緒に帰ったのに」

  カグヤはボソボソと言った。
  あんな姿になっても、バケモンでは無いと言ってくれた。
  嬉しかったのに。
  
「まぁ、あんなに魔力とやらを放出したんだ、魔王の魔力はもうねぇのかもな」
『そうじゃのうっ!!カグヤの魔力はこれからっ!!婿殿が居るから安泰じゃっ!!

「……は?」
『思う存分っ!!交尾に励むが良いっ!!』

  大声で笑い声を上げた曾祖父さんは、カグヤの頭をワシワシと撫でた。
    
「婿殿達には魔力を蓄積及び滞積させる事が出来そうじゃ。ヨゾラはどうなるか分からぬが、カグヤとルシカは婿殿達に魔力を使っておる故、そうなっても可笑しくはなかろう。……まだ、予測の範囲じゃが」
「……魔力回復はセックスしか方法がねぇのか?」

  千皇は納得出来ないのか、眉間に皺を寄せたままだ。
  
『食うっ!!寝るっ!!だけではっ!!雀の涙程くらいにしかっ!!回復もっ!!蓄積もっ!!出来ぬっ!!下界にはっ!!魔界のっ!!食い物がっ!!ないからのうっ!!』
「交尾が手っ取り早い。淫魔の儀式もしとるのじゃ、男らしく諦めい」
「しばらく、ここに置いて置くつもりなんだが」

  ふぅ、と呆れた溜息を吐いて千皇は言った。
  カグヤは目を見開いて千皇を見た。
  ルシカもヨゾラさえも。

「俺はあそこには変えるつもりはねぇし、部屋が見つかるまでは姫神んとこに居るつもりだ」
「勝手なのはいつもだが、俺がルシカを連れ込めねぇでしょ」

  楼依はムッとしたまま、横から口を挟んだ。

「天界の奴らが居るんだ、ここのが安全だろ」
「しばらくっつー事はいづれは連れて行くって事っすか?」
「……さぁ?」

  千皇はわざとらしく首を傾げて鼻先でわらう。
  カグヤは不安げにじっと千皇の横顔を見ていた。

「親に紹介までしよって、まだ尻込みかい……」

  仕方なく真幸も横から口を挟んだ。

「……親に紹介したのは俺の自己満足。姫神とはまだ違うんだよ、俺も関西も」

  不安を隠せないカグヤをチラッと横目で見た。

「違う……?」
「今のままだと、都合が良いだけの関係だ。虚しいっつーのは分かってんじゃねぇの?」

  千皇はそう呟くと立ち上がった。
  帰るぞ、と楼依の後ろを横切ると肩を叩いた。
  楼依は溜息を吐くと立ち上がった。
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