ブラックベリーの霊能学

猫宮乾

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ブラックベリーの霊能学

【五十一】火朽桔音の復讐②(SIDE:紬)

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  僕は、特別講義の初日、バスから降りた。

  夏期休暇中のゼミの特別講義は、民俗学科の三年生が火曜日の三限、四年生が四限と決まっている。だから変わらず、この日だけは、大学に人が溢れている。

  出席は自由だし、内容は卒論の相談が主だから、既に資料集めをしている学生も多い。

  嘗てだったら、僕はさっさと図書館へ向かったかもしれない。
  だけど最近の僕は、講義だけが目的じゃなくて、みんなと話をするのも楽しい。

  歩きながら、僕は自然と、いつも火朽くんが座っているベンチを見た。
  七号館前のそのベンチは、講義前に早めに来た学生が座っている事が多い。

  ただ、最近では、火朽くんの定位置と化している。
  そして彼は、普段いつも、通りかかった僕に、自然と挨拶をしてくれるのだ。

 「……?」

  だがこの日、火朽くんの姿がベンチに見えなかった。
  なんとはなしに、勝手にいると想像していたから、僕は少しだけ寂しくなった。

 「自由登校だしね。来てるとは、限らないか」

  ポツリと呟いて、僕はその前を通過した。

  僕が早めについた事もあって、まだゼミの教室には、誰もいなかった。
  自分の席へと向かいながら、僕は本日は不在の火朽くんの椅子を一瞥する。

  もうテーマが決まっているのだろうか? 火朽くんは、何を卒論に書くんだろう?

  沢山話がしたい。漠然とそう考えていた時、扉が開いた。

 「よぉ、相変わらず早いな」

  入ってきたのは時岡だった。隣には、本日は宮永ではなく、南方がいる。
  ――二人は、お揃いの指輪をしている。

  本格的に、恋人同士になったらしい。
  僕も、いつかカノジョが欲しい。そう、考えていた時だった。

 「紬くんも、火朽くんも、いつも早いよね」

  南方が明るく笑いながら、僕と――誰も座っていない火朽くんの席を見た。
  僕は思わず硬直した。

 ――え?

  反射的に火朽くんの席を見る。
  椅子は僅かにテーブルから距離を作っていて、確かに人が一人、座っていても不思議は無い。
  だが、僕の目には、そこには誰も見えない。

  事態が理解できなかったが、全身に冷や汗をびっしりとかいていた。

 「おはよーございまーす」

  もう午後であるが、宮永がそう言いながら入ってきた。
  大抵の場合、宮永はいつの時間帯でも「おはよう」と口にする。

 「イチャラブしてるリア充共は爆ぜろ。玲瓏院と火朽は、許す。お前らは早く来すぎ。偉い」

  宮永もまた、僕と、僕の横の空席を交互に見た。
  目を見開いたまま、僕は動く事が出来なくなり、言葉にも詰まった。

  その後やってきた日之出くんと楠原も、みんなに挨拶をしていた。
  ――僕には見えない、火朽くんにも、だ。

  最後に、夏瑪先生が顔を出して悠然と笑った。

 「自由参加なのに、七名全員が出席するなんて、私のゼミの諸君は、非常に優秀だね」

  その後、特別講義が始まったが、僕は一切身が入らない。
  何度か火朽くんの席を見たが――僕には、誰も見えない。

  先生に相談する傍ら、自由な時間だから、みんなは雑談交じりで、その最中にも火朽くんの名前が出る。これ、は。

  ――僕が、火朽くんを見えなかった頃と、全く同じ状況だ。

  時々、火朽くんの言葉を待つように、みんなは言葉を止めて、空席を見る。

  また、先生は、まるで二人で話しているかのように、火朽くんから相談されているかのごとく、間を置きながら、一人で喋っている時間もあった。

  だが、どう目を凝らしても、僕には火朽くんが見えない。
  心臓が、ドクンドクンと煩い。
  嫌な汗が止まらない。夏の熱気のせいじゃない。

  雑談中、何度かみんなが火朽くんに話しかけた様子の後、一斉に僕へと視線を向けた。
  僕の反応を待っているのは明らかだった。

 「お前ら、喧嘩でもしたのか?」

  すると、不思議そうに、不意に時岡が言った。
  僕が小さく首を振ると、日之出くんが口紅で真っ赤な唇を持ち上げた。

 「じゃあどうして玲瓏院くんは、火朽くんを無視しているんだい?」

  その言葉に、僕は硬直した。

  ――どうして?
  ――どうしていきなり見えなくなったんだろう?

  無論、僕は火朽くんが手品師なんかじゃないと、本当は分かっている。
  動揺するあまり、僕は何も言えないまま、思わず立ち上がった。
  そして改めて隣の空席を見据えてから――教室を後にした。

  混乱が収まらない。

  確かに、当初僕は、火朽くんが見えなかった。
  その状態に、戻ってしまったという事なのだろうか?

  狼狽えるなという方が無理だった。
  僕は悪い夢である事を祈りながら、バスに乗り込み、震えながら帰宅した。
  自室に戻り、唇を手で覆う。

 「嘘……だろ? 来週には……見えるよね?」

  一人そう呟いた僕の声は、虚しく室内で消えていった。


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