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しおりを挟む「美味しい朝食は出来てるかなぁ?」
愉悦混じりの間宮の声が聞こえた時、務は最後のつみれを作り終えた所だった。
「務? おい、起きてるか? 生きてるか? まさか死んだ?」
五月蠅いなと、ただ思う。
「務、務? 嘘だろ? おい? 務?」
激しいノックの音が響く中、務は鍋につみれを投下しながら唇を噛んだ。
「返事しろよ、おい。おいって、昨日は、その酔って少し言い過ぎ」
乱暴にカギが開く音がしたのとほぼ同時に、扉が開け放たれる。
つみれを掬いながら、振り返り、務は頬を持ち上げた。
ドアノブを握ったままの、間宮のその虚を突かれたような、惚けた顔が面白かったからだ。
「どうしたんだよ、そんなに慌てて」
「いや、その……お前」
「何? あ、ちょっと分量が分からなくて沢山作り過ぎちゃったかもしれないから、運ぶの手伝ってもらっても良いかな」
つみれ汁を盆に載せ、務は無理にそれを間宮に押しつけた。
腑に落ちない様子ながらも、台の上に乗ったままの沙希香一瞥した後、静かに間宮は頷く。
「ああ。上で待っていればいいか?」
「うん。残りは僕が持って行くから」
後は野菜だけだからと務が微笑むと、何も言わずに間宮はきびすを返した。
その階段が軋む音を耳にしながら、姉のちれぢれになった長い髪に唇を落とす。
「今日も僕たちを生かしてくれて有難う」
心からそう口にして、務はサラダを手に、間宮の後を追った。
リビングの上には、既に各自用に皿や椀が並べられている。
「なぁ務。死んだんだよな、アレ」
「アレって何だよ」
対面した位置に務が腰を下ろすと、訝る様子で間宮がほおづえをついた。
「悪い。その、沙希香さんだよ」
「ああ。生きてるに決まってるだろ? 当たり前じゃないか」
「良く止血できたな」
「見よう見まねで何とかね。僕達のために犠牲に、まだ生きてるけどさ、そのさ、食料になってくれたんだろ? 無駄になんかできるわけがないよ、その気持ちを」
「悪かった」
「それはさっきも聴いたよ」
「違う。俺は昨日酔ってたんだ。それで、お前に」
「良いんだよ、分かってる。飲めないと言えない程辛かったんだよね?」
「何だって?」
「これまでずっと、一人で抱えてきてくれたんだろ? 僕を傷つけないように。そうだね、確かにここへ来た直後にこの件を聴いていたら、僕は今のようにはしていられなかったと思う。有難う」
微笑したまま続く務の声に、間宮が唖然とした様子で眉をひそめる。
「もう良いんだよ。おかしいとは思ってたんだ、キッチンに通してくれないこと。ずっと今までずっと、姉さんの意思を尊重して、だけど僕に知らせないように、一人で料理してくれてたんだね。もういいんだよ、これからは僕が全部やるから」
「……いや。沙希香さんはさ、お前と有紗ちゃんの為に犠牲になったわけだから。俺が食べるのは悪い」
「でも姉さんは、間宮のためなら喜んでくれると思うよ。実際喜んでたよ」
「よろこんでた? そんなわけないだろ」
「どうして? だって君は僕の大切な友人じゃないか。さ、早く食べてよ、冷めちゃうから」
「いや、俺菜食主義者だから」
「ごめんね、本当に。気づいてあげられなくて。肉、あんなに好きだったのに、ここへ来てから全然食べなかったのにさ。だけど、それもそうだよね。精神的な外傷になるよね。これから、これからは、少しずつでもまた食べられるようになっていけばいいと思うよ。だからさぁ早く。その第一歩が今だ」
「だから良いって言ってるだろ」
「僕の作った料理を残すことは許さない。姉の体を無駄にするな」
「悪かったって言ってるだろ」
「分かってるって言ってるじゃないか」
呆れたような務のその声音に、一度両手で顔を覆ってから、間宮は吐き捨てるように呟いた。
「誰にだって好き嫌いくらいあるだろ」
「許さない。ここでは人命すら犠牲にしなければならない程、食糧が不足してるんだろう?」
「まずく作る奴が悪いんだろ。まずかったら残すから」
そう呟き、一口汁を啜った間宮は、すぐに横にあったナプキンで口を覆った。
「不味い。お前味覚がやられてるんじゃないの?」
「なら君の料理も相当不味いって事だね。僕が美味しいと思って食べられるんだから」
「言うねぇ」
「ほら、一口で良いからさ」
今度は務がほおづえをついた。両手であごを支え、薄く笑う。中学生の頃、有紗の食事を見守っていた時のことを思い出す。まだ妹は小学生だった。
「一口……」
詰め寄られ、笑顔だというのに、有無も言わせぬ様子の務とつみれを交互に眺め、間宮は極限まで目を細めていた。後悔とも憤怒とも言えないその表情の後、暫くして彼は唇に弧を貼り付けた。
「一口だな。一口噛んだら、今日はもう終わりだ、いいな」
うなずき、微笑のまま務はそれを眺める。
黒色の箸が、つみれの欠片を確かに口へと運ぶのを、彼は見ていた。
一方の間宮はと言えば、きつく目を閉じ、何か念じるように静かに唇を開ける。その触れるか触れないかの所で箸は止まったまま。そのまま数分経過した。
「……もういいだろ」
「食べて無いじゃないか」
「ああもう五月蠅いな」
五月蠅いのは間宮の方だと考えながら、勢いよく口蓋へと消えたつみれを目で追う。
瞬間彼の喉と肩が揺れる。嗚咽が聞こえた。噴水のように黄土色の溶解物が食卓を汚した。勢いよくしたたる吐瀉物は、床へと流れ落ち、びちゃびちゃと音を立てる。
「偉いよ間宮。第一歩だ」
務は笑いながら拍手した。
口元を引き寄せたナプキンで覆いながらこちらを睨め付けてくる間宮の表情が、けれどどうしても理解できなくて、小首を傾げる。
その脇を走り抜けるようにして、彼は自室へと戻ってしまった。
まだ食事は沢山残っているというのに。
「もったいないなぁ」
務は一人そう呟いた。応える者がいなくなった室内。
実にその状態がしばらく続く。
丸三日、間宮は部屋から出ては来なかった。
その間も、三食毎に、規則正しく料理を作り、務は間宮の部屋の前に盆を置いた。
ドアノブにぶつかりこぼれてしまわないように、少しだけ距離を作って。
「間宮? せっかく姉さんが君のために力を貸してくれているんだから、少しくらい食べなよ。食べないと体に悪いよ? 毒だよ?」
これまでに何度かノックをしてみても、全く応答がなかった。
そんな調子だから四日目の夜を迎えた時も、務は何も応答がないのだろうと半ば確信していた。
「……まだ生きてるのか?」
「当たり前じゃないか? そんなことより良かった。僕、間宮が衰弱死しちゃったんじゃないかって、心配で心配で」
務がそんなことを呟いた正面で、微かに扉が開く。
「何だ、寝てないのか」
自分こそ余程眠れていなそうな間宮の顔に、目の下を指でなぞりながら務は苦笑した。
「うん、ちょっとね。最近じゃ、いつも姉さんと一緒にいるんだ。沙希香も僕と一緒にいる方が落ち着くみたいでさ」
「それ……ハンバーグか?」
「うん、そう。自信作なんだ。肉汁たっぷり、あ、こっちのミネストローネも中々だと思うんだ」
「しぐれ煮か佃煮の間違いじゃないのか?」
「やだなぁ。確かに隠し味にちょっとだけ血液は入ってるけどさぁ」
「隠し切れてないだろ。この悪臭の根源はこれか。何考えてるんだよ、失血が過ぎたら危ないだろ」
「沙希香の心配してくれてるの? それなら大丈夫だよ。僕がつきっきりで面倒見てるから。もう間宮は何も心配しなくて良いんだ。もう下にも降りてこなくて良いからね」
そう告げ笑った務の正面で、静かに扉がしまる。けれど、閉じる前にその手が、ハンバーグの皿を手にしたことに、務は満足感を覚えた。後、もう一歩だ。
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