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しおりを挟む「ウラン濃度は確かに規定値を超えていたよ。半減期を加味しても異常値だった」
深緑色のカーテンが、日を遮る夕暮れ。
現在間宮は大規模な手術を行っているらしく、今日は遅くなると言っていた。
彼の遅くなるは、日付をまたいだ時刻を指すから、まだ6時間以上在るなと考えながら、務は柱時計を一瞥する。そうしながら立ち上がり、白茶が浸るティポットを手にして、梓月の横に立った。
間宮の不在を見計らうように、この家を訪れた叔父は、小さな光学ディスクを手にしていて、再生された透明な書類上の活字は、いつか話した核使用の有無についてのレポートだった。
「遅くなって悪かったな」
カップが満たされていく音に紛れるような叔父の小声に、務は口角を持ち上げて、軽く首を振った。
「ううん。調べてくれて、有難う」
間宮に妄想だと言われ続けた記憶を梓月に語ったあの日から、もう4年が経とうとしていた。それは、務が知る二人目の日和の命日が近いことも同時に語る。務はいつか腕を抱えてDKまで走った記憶が、既に朧気になっていることに気がついた。確かにその数日後ビーフシチューを煮込んだはずで、ダストボックスに白骨を投げたはずだというのに、その骨がいつの間にか消えてしまったことが理由なのかもしれない。
「あの規模の核弾頭は、当時の連合でも合衆国にしか無かったからな。公にすれば、その系譜のアトラス側には不利になるだろうさ。奴を失脚させることが贖罪になるとは思えないけど、それで務の気が楽になるんなら、俺が公表しても良い」
「待って。僕は別に誰かを糾弾したい訳じゃないんだ。ただ僕が言っていることが、嘘じゃないんだって分かってもらえたらそれで良いから。それに、梓月さんがそんな事をしたら、神代プロジェクトはどうなるの?」
自席へと戻り、務は肩を竦めた。
大災害、即ちあの事変以降、事前に察知あるいは伝令を受けていた人々は、一端近場の地下のシェルターへと避難した後、マキナエルライトを動力源とする転移転送装置で、カルミネイトが指揮するこの「父なる天」へと居住することになった。いくつかの浮島が点在しているが、どれも天であることに相違はない。
一方の地表において生存した人々は、自然の猛威で激減し、同時に暴発がまき散らした強力な磁気が人体を狂わせたから、もうほとんど残っていないのだという。それらは初めから想定されていたことだから、だからこそ、天へと居住する権利を持たぬまま、その存在のみを知っていた大勢が、やけになって核を使用したのではないかという話は、既に何度か叔父から聴いていた。
兎も角、その次の予定が、「母なる大地」に再度、人類が居住可能な地域を広げることで、さらにはそこに広がる文明が、より洗練された、文明の滅亡を回避できるような優れた社会を築くこと、築けることを目指していくのだという。
その第一段階として、今は段階的に、地軸の移動で新たに生存可能となった、清いままの大地を、いくつかのセグメントに分類し、各プロジェクトグループが、文明を起こしている。それらが一定の成果を上げたら、次いで嘗てのような世界規模の交易を行う文明を築いていく計画なのだという。
現行のセグメントで、目立ったものは7つ有る。最も古いものは、嘗ての星氷高原に位置するピコピコ文明で、大災害を地表で生き残り、かつ身体にも甚大な影響を受けてはいなかった、未開の人々と共に、緩やかに文明を築いているらしい。逆に、人体に影響を被った人々の回復を主として研究しているのが、カナンのエデン地区だ。同様に研究してはいるが、より遺伝子工学的な知見から人類を観察しているのが、アフリカのイヴ計画派である。それらとは異なり、早急に科学技術の導入と進行に踏み切ったのが、インドを開発中のヴェーダという研究チームと、大八島国全域を対象とした神代プロジェクトで、逆に地表の人々とは関わりを絶ち、「父なる天」からの再移住のみの研究を目的としたセグメントが、クレタの黄昏プロジェクトが運営する地域だ。クレタの研究チームは、母なる大地で生き残った栄養不足から発育が著しく制限された人々に、「巨人族」あるいは「神々」と呼称されているから、「父なる天」でも、巨人族と揶揄されることが多い。
今後、これらのセグメントでの研究成果を元に、世界規模の文明を創造することになっており、現在その主要な候補としては、アトラスが率いる統一世界政府計画と、太陽派が率いる連盟国家構想の2つがあるそうだ。
間宮は、時折カナンのセグメントに参加することがあるらしいが、多くの場合は、「父なる天」で、マキナエルライトを取り込んだ人々を診療している。
一方の梓月は、当初から神代プロジェクトの中核メンバーであるそうで、現在も王朝作りで忙しいらしい。その梓月が、次世代の文明計画の主力派であるアトラスを糾弾するなどという事態が来れば、太陽派が有利になる事はまず間違いない。その上神代プロジェクトへの影響とて、計り知れないことだろう。
「フキもいるし、それに、お前がいるだろう」
「遇津さんは兎も角、僕には神代プロジェクトなんて荷が重いよ。それに梓月さんがいなきゃ駄目だと思う」
遇津フキという叔父の同僚の顔を思い出しながら、務は頭を振った。
「だからこそ、世界政府計画側に不利な情報を手に入れられたという事実を、梓月さんは有効活用すべきだよ。次世代の文明化計画は、今みたいにセグメントの十数年単位と違って、十数万年単位なんでしょう? 初めから上手く参画できるように、有利なポジションを保つために、この事実は使うべきじゃないかな。少なくとも僕にはそれが出来ない」
「確かに上手くやれば神代プロジェクトを閉めずに、継続したまま次世代に載せることは出来るかもしれない。お前がそういうんなら、もう少しだけ考えてはみる。でもな、あまり肥大化させない方が良い様にも思うんだ。何せ焔紀が良和より先に、寿命短縮技術を発見したんだからな。恐らく十数万年もかからずに、それこそ数千年程度で、比較的大規模な文明が出来るはずだ」
「え? どういう事?」
「現生人類は、大病を患うか、事故死、殺人、そういったものを除けば約千年寿命があるだろ? それを医療で、大体一万年くらいまで引き延ばせる様になっていた。まぁ今の俺たちにはマキナエルライトがあるんだから、関係ない話だけどな。取り込んでいない人間はそのままだ。そこまで寿命が在れば、同一の世代が一から始めて成熟した文明を築く場合もあるだろ? だから十万年もかかるんだ。結局新世代や、新しい価値観の元で、進歩は著しく進むからな。だから、より早く世代が交代したらどうなると思う? ウイルスと一緒さ。文明化のプランは、文明形成自体の研究も兼ねてるって話しただろう? それで、母なる大地の人類の寿命を短縮する研究が、地道に進められていたんだよ」
「間宮と、焔紀って人がそれに関わってたの?」
「嗚呼、良和は人体そのものの機序を変えて、寿命を短縮する方をずっと研究していたんだけどな。結局、焔紀が見つけた、脳の細胞体を減らす方法の方が効果があってな」
「そんなの倫理的に……」
「勿論最も俺たちに近い人類を対象にしたんだろ。ほらいたじゃないか沢山。山奥に暮らしてる保護対象の人類が。遺伝の樹形図を見ると、一本上で分かれてる奴。先史の食刺族の次の、太母達の種族の生存者なんだろうな。兎も角、お前の言うとおり、倫理の問題があるから、大災害で無被害だった連中に対して、直接実験した訳じゃないはずだ。尤も、研究成果が今出てくるって事は、大災害前から、つまり百年前くらいに被験者がいて、実験はされていたんだろうけど。勘違いするなよ? 勿論被験者の同意は取っていたはずだ。希死念慮と痩身は、成熟した近代的な社会の文明病だ。死にたがり、といったら言葉は悪いが、安楽死を希望する人間は大勢いたんだよ」
軽い笑みを浮かべながら、左手でほおづえをつき、呆れたように続けた梓月を、カップを握りながら、ぼんやりと務は見ていた。
「梓月さんは、焔紀を擁護しているの?」
「まぁエンリルよりはマシだとは思うけどなぁ……個人的に良和の研究を待ちたいってのはあるけど、あいつはもう学術的興味よりも他に意識が向いていて、生きることに精一杯に見えるからな。今俺が携わっているプロジェクトの成否を考えれば、焔紀とは仲良くしたい。そういう思惑は確かにある」
「エンリルって誰?」
「焔紀の腹違いの兄弟。ヴェーダや俺たち神代関係の人間よりも、紫外線に弱い人種がいるだろ? そのコーカソイドの代表。新世界は色白人種が覇権を取るべきだって主張してる。自分たちの人種は、俺たちより少数なのに、優秀な人間の比率が高いと言ってる。ま、それもあって、俺たちと同じ人種の母親から生まれた焔紀を嫌ってる。焔紀は横暴だけど、わきまえる所はわきまえるし、仲裁役をさせたら誰にも引けを取らない。けどなぁエンリルは大人ぶってるただの子供だ。嫌だね、俺は。ただ歳を重ねて老けただけのお子様には成りたくない」
「梓月さんが誰かを悪く言うのも珍しいね」
「俺は神様ごっこには興味がないからな。あいつは、自分を全知全能の神か何かと勘違いしてる。義兄さんがいなくなったのを良い事に好き勝手さ。お前も目の敵にされないように気をつけろよ。ああいう型には、近づかないことが一番だ」
「父さんの知り合いだったの?」
「仮に焔紀と間宮が表面上から中身まで好敵手なら、義兄さん達の場合は、表面上は共同研究者で、互いに腹の内を探り合ってたもっともっとおぞましい汚い大人の関係だ」
「ああ、遇津さんと梓月さんみたいな関係だったって事だね」
「いや、もうそんな生ぬるい喧嘩友達を揶揄するような関係じゃない。いいか務、お前はまだ社会経験というものがないから分からないだろうけどな、この世には知識や知能だけじゃ計れない理解できない、知略策略計略まぁそういったものに彩られた冷ややかなビジネス関係ってものがあるんだよ。場所や職業なんか問わずな。ジョブ・ワーク・ビジネス呼び方は何でも良い。笑いながら人を蹴落とし糾弾しても、また次に出会った時には笑顔で何事もなかったように接することの出来る人間だけが生き残れるような、技術力なんて何も関係がない、図太くなければ生き残れない、持久力や忍耐力と自制心だけが真の武器になるような場面が沢山あるんだよ。そこでは相手の気持ちを慮るなんて言う道徳は、ただの弱点で短所でしかないんだ。俺が神代の文明社会に唯一求めることがあるとすれば、理想とする所があるとすれば、思いやりを短所に何てしない、温かい世界であることかもしれない。ちょっと醤油が切れた時に、隣人に借りにいけるような、そんな社会が望ましい」
そんなことを一頻り語った後、梓月は、務が作った夕食を食べてから帰宅した。
一人になった務は、食器を洗いながら、音には出さずに、社会経験という単語を舌に載せる。もし、こんな事態が訪れなければ、自分もまた今頃は、社会人として中堅あるいは熟練者の域に達していたのだろうか。何らかの成果を残していたのだろうか。
自分の将来の夢は何だったのだろう。
それを思い出すことが出来ないからなのか、汗水垂らして働いている自分自身がまるで思い描けなくて頭を振る。
それでは有紗は一体どうなっていたのだろう。その来なかった未来もやはり想像できなくて、務は苦笑した。
結局その日、務が就寝した以降まで、間宮は戻ってこなかった。
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