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しおりを挟む心地の良い陽光に頬を撫でられながら、務は小さく呻いた。小鳥の声が耳を擽るから、新たな朝が到来した事は分かったのだが、今だ甘い微睡みに包まれた身体は思うようには動かない。此処には休日ではない日など無いとはいえ、紛れもなくそれは休日の朝がもたらす睡魔に似ていて、シーツの海から身体を起こす気力を奪う。
「やぁ」
そこへ、不意に高く陽気な声がかかり、胸の上へと重みを感じて、務は呻いた。
「あーちゃん駄目だよぉ」
続いて別の幼い声が耳にはいった事に眉をひそめながらも、務は目を開けられずに唇を噛んだ。子供の声が聞こえた気がする。それも2つだ。
胸の上の重みに狼狽えながらも、恐らく自分は夢を見ているのだろうと務が考えた時、扉を閉める鈍い音が辺りに谺した。
「お前、まだ務は寝てるみたいだからおとなしくしてろ」
次に響いた声音は、聞き覚えのある間宮のもので、僅かな安堵を感じながら務はうっすらと目を開ける。
「あー起きたぁ」
「え、本当?」
「本当」
「ほんと」
唱和し重なっていく幼い少女の笑み混じりの声。それを耳にしながら、務は、今度は完全に瞼を開いた。自分の胸の上に、幼い少女が一人飛び乗っていて、まじまじとこちらを眺めていたからだ。猫とも狸ともつかない巨大なオバケの腹部でほおづえをついている、ピンク色のワンピース姿の少女を描いた子供向けの映画を、幼い頃有紗と共に見たことを思い出す。その猫とも狸ともつかない存在の心境が分かった心地になりながら、ゆっくりと務は唾を飲み下した。薄茶色の髪の左右を、赤い球が2つ着いたゴムで結んでいる。
「喉なったぁ」
「え? 喉なに?」
「喉なったのぉ」
頬をふくらませながら振り返り叫んだ少女は、務の上から飛び降りて、扉の方へと駆けていった。そこには、彼女と同じくらいの年頃の、もう一人の女の子がいて、間宮の手をしっかりと掴んでいるようだった。
「悪いな起こして」
お下げの少女に、あいていた側の手を取られながら、間宮が務に向かって苦笑した。
「……何、その子達」
ゆっくりと身体を起こしながら、務は信じられない面持ちで、間宮達3人をしっかりと見据えた。
「お前はあんなに酷いことをした俺を許してくれただろう? あまつさえ友達だと、そういってくれた。だから俺も、お前に新たな気持ちで接しようと思ったんだ」
「ごめん、全然話が見えない」
「昨日施術がうまくいかなくて、この二人の母親は亡くなってしまったんだ。もうじき三つになる二卵性の双子で、アイリとヒワ。こっちがアイリ」
「え?」務は、照れくさそうな顔をしながら深刻な話題を語る間宮を、驚いて凝視した。彼の手が腰を支えたお下げの少女は、母親が亡くなったというのに満面の笑みだ。もう一人のヒワと言うらしき少女は、アイリよりも子供らしくふっくらとした体系で、こちらは目を丸くして務を見ていた。
「俺とお前の間の問題は何だ?」
「性格の不一致じゃないかな」
「お互いの妹のことだ。それさえなければ、その一連の出来事さえなければ、俺とお前は、また、本当の意味で友達になれるとは思わないか? この二人を、有紗と日和の代わりと思って、成長を見守っていく事で、俺たちは溝を解消できる。違うか? 俺はこの二人を引き取ろうと思う。母親が亡くなって、この二人には身寄りがないんだ」
「医療過誤で母親を殺してしまったから、子供二人を引き取ろうってそういう理解で良いのかな。二人を引き取ることで贖罪しようって事? その上、有紗と日和ちゃんの代わりだなんて、二人の人権を尊重する気配もまるで無い発言? 君の手で養育されることで、何かその二人にとってプラスになることがあるの?」
「お前やっぱり俺のことを恨んでるんだな……」
眉根を寄せ半眼で口にした務に対し、困ったように間宮がうつむいた。口元こそ笑みをかろうじて保っているものの、その瞳は悲しげに揺れている。
「友人を恨んじゃいけない決まりがあるのか、そういつか君に言ったことがあると思うけど。それは、憎悪が介在しても、友人という関係性は崩壊しないって意味だから。正直友人である君に対しては、真摯で誠実な姿勢でいたいからはっきり言うけど、恨んでいないと言えば嘘になる。今となっては、あの大災害の日に、火に焼かれた方がどんなに楽だったのだろうかとさえ思うよ。有紗の件も沙希香の件も許せない」
しかし間宮のそんな表情に幾度だまされ、欺かれてきたか、もう務自身も分からなくなっていた。もう信じはしない。そんな決意と共に、深く吐息して、ベッドサイドへと両足をおろしながら務は応えた。
「俺がしたことは謝るよ」
「僕も前に謝ったね」
「じゃあ何か? お前はこの二人を引き取ることに反対だって事か?」
「別に。この施設は君の所有物だからね。ただし、率直に言って、間宮に養育されるよりも、もっとふさわしい人間がいると思うだけだ。そんな利己的な態度で、まっとうに子育てなんて出来るの?」
「子育てどころか子作りすらしたこと無いくせに黙れよ」
「だったら僕に訊かないで好きにすればいいだろ」
「……お前と育てなきゃ意味がないんだよ。だってこの二人は、有紗と日和の、有紗と日和の……」
「だからさ、その態度が」
「お前今この都市に、子供がどれだけいるか知ってるか? 不老不死の人間にとって子供の成育なんてのは興味が持てない事柄なんだ。俺たちが学生だったあの街だってな、当時の世界で見ても貴重だっただろ? あの街だって100年ルールがなければ、存在しなかった。子育てなんて面倒なことを一体誰がするって言うんだよ? 俺たちが見放したらこいつらはな、死ぬんだよ、誰も面倒を見ないからな」
久方ぶりに、激情に駆られた様子の間宮を目にして、務は立ち上がりながら腕を組んだ。
「お前はこいつら二人を見殺しにする気か?」
間宮に正面から睨め付けられて、務は嘆息した。間宮の言葉は偽善にしか感じられなかった。普段は彼自身が最も嫌っているくせに、その正義感に燃えるような瞳の色を目にした瞬間、務は吐き気がして、自身の双眸を右掌で覆う。間宮の言葉は、ただの責任転嫁だ。
一拍おいて、その指の隙間から、二人の少女を交互に見れば、彼女たちはどちらも不安げにこちらを見ていた。
瞬時に罪悪感が募り、紡ぐ言葉に苦しむ。
「……分かったよ」気づけば務は、アイリというらしい少女と視線を合わせたまま、そう呟いていた。
「本当か?」務の返答に、実に嬉しそうに間宮が応えた。
「だけど、この二人は、有紗や日和ちゃんの代わりなんかじゃない。そういう認識で良い?」
「嗚呼……そうだな。こいつらは、こいつら」そして直ぐに、声を潜めて、自分自身に言い聞かせるように呟く。
「でも、俺とお前が元の通りの関係を修復できる道標、そういう認識じゃ駄目か?」
「僕と君の間に修復が必要な関係なんて無いよ」
「……それは、もう友達には戻れないって事か?」
「違うよ。今も友達だって、そういうこと」
応えながら、務はそれが本心なのか分からないでいた。けれどただ、目の前の二人の少女が不安げな瞳をしていることだけは認識していて、願わくばこの二人に笑顔を与え続けたいと、確かにそう感じたのだった。
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