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しおりを挟む車内で間宮が連絡を入れたからなのか、二人が高度原子力開発機構の玄関をくぐった時、丁度ウシャスとラートナーが駆け下りてくる所だった。良く日に焼けた肌のウシャスも、色白のラートナーも共に黒のニットの上から白衣を纏っている。
この文明でもやはり、医療従事者や化学者は白を着る事を思い出し、奇妙な物だと考えることで務は焦りを覆い隠した。
「梓月に連絡は付いた?」
久方ぶりに聴くラートナーの声音は、やはり感情を伺わせない物だったのだけれど、その冷静さに、逆に気が楽になる。
「こっちが聴きたい。お前も繋がらないのか?」
忌々しそうな間宮の声に彼の顔を一瞥した時、ラートナーが嘆息する気配がした。
「先ほどの話は本当なの?」
姉に水を向けられたウシャスは、怒りとも悲しみとも着かないけれど、ただただ激しい感情を顕わにした様子で、その大きな瞳を一度力強く瞼で覆う。
「ああ。大八島国に入国したことは、高天原の管制塔から最後に受信した記録にあったと管制塔が言っていた」
ウシャスのその言葉に絶望感が募っていく。
「私も、伊都之尾羽張の機動を確認しました。ログインユーザーは宇賀谷梓月で間違いないでしょうね」
初めて躊躇うように言葉を紡いだラートナーに向かい、間宮が詰め寄る。
「それが大八島国側の、神代プロジェクトの放射能無効化装置の名前か? どの程度完成していたんだ? それで実際に被害は抑えられたのか?」
「完成などしていない。お姉様に近づくな」
割ってはいったウシャスの声に、務は拳を握り、視線を落としたラートナーを見据えた。
「投下された位置は? その時梓月さんがいた場所と、どの程度離れていたの?」
「分からないけれど、伊都之尾羽張があった施設は、核弾頭落下地点から約4。カグツチは、濃縮ウラン型だった幸迄の後続で、現行のアトランティス文明レベルでは未だプルトニウム型には至っていなかったと思う。それでも幸迄は、実験報告を読むと3.5の圏内で火傷をもたらした熱核弾頭だったから、父なる天に残っている旧世界の技術を何処まで地表で再現したのかは推測しかできないけれど、5までの圏内は、楽観視するわけにはいかない」
「遇津も共に出たのか?」ウシャスの声に、首を振りながら、務は側にあった横長の黒い椅子に座り込んだ。
「梓月が生存している可能性は?」
「それは確率の問題? 人の生死を数式で図ることが出来るならば、医療従事者などいららないのではないかしら。尤も、原子力の有識者として、仮に私がその場にいたのであれば、甲状腺の被爆を抑える自衛はするでしょうから、放射熱や爆風がどの程度の規模だったかが問題となると思うわ」
「それは対処法がない場合の話だろ? 勝算もないのに、梓月は大八島国に戻ったって、そういうのか?」
「人は種の保存のためにはおかしな使命感に駆られるものだ。正義感と換言した愚かな行動を、男は良く取る」
「梓月が死んだって、そういいたいのかよウシャス」
「貴方が言った可能性の問題だ。生存しているかなど、誰にも分からない。けれどどちらかといえば、亡くなっている可能性が高いだろう。勿論、彼の帰還を願ってはいるがな」
両手の平で顔を覆いながら、間宮とウシャスの口論を見守っていた務は、横に座したラートナーの僅かに悲しげな瞳に覗き込まれて、うつむいた。
「貴方の前でこのような話をしたことは、配慮が足りなかったと思う」
彼女のその声に、間宮とウシャスが口をつぐんで務を見る。
「皆それぞれに辛いのでしょうけれど、貴方程ではないのかもしれない。比較することには、何の意味もないのかもしれないけれど」
彼女のその言葉は慰めなのだろうかと、その端整な顔立ちを眺めながら、務は泣くように笑った。
「最後に梓月さんと何を話したか覚えている?」意図せず口を突いて溢れてきた言葉に、務は、ただ静かに微笑んだ。叔父の穏やかな声と優しい眼差しが蘇り、脳裏で繰り返す優しい記憶を、振り払おうと躍起になる。
「……恐らく、昼食の話だったと思う。昨日の午前中、一緒に話をしていて、レストランへ出かけることにしたのだけれど、結局私に仕事が入ってそれは叶わなかったの」
「さっき、電話してたんじゃないの?」虚空へ視線を向けたラートナーの横顔が、必死で思い出そうとする物に思えて、務は肩を竦める。
「電話? 私が?」だが予想外の返答が戻ってきたことで、務は困惑した。
「勘違いじゃないのか? 今日お姉様はこれまでずっと大学病院にいたから電話など持ってはいなかった」
ウシャスが腕を組む。そんな二人の様子を眺めていた間宮が、不意に息を飲み、鞄から白い封筒を取り出した。
「梓月は、お前に電話しようとしてでなかったのかもしれないな。そうだ、さっき、これを務から渡されたんだ。梓月が、最後に俺に残したらしい。同封されていたメモに、俺からお前に渡してくれって書かれていた」
間宮が、黒色の方のチップをラートナーに差し出す。もう一方の青色のチップはまだ封筒の中なのだろうと考えながらも、それでも確かに、梓月が誰かと通話していたことを、そしてその受話器の向こうから、女の声が響いてきたことを務は思い出していた。
「すぐにでも解析してくれ」
「分かったわ。けれど、貴方が素直に私へ渡すだなんて、まれなこともあるのね。貴方ならば先に中身を見そうな物なのに」
「時間がないんだ。アトラスが大八島国への核投下の件で会見を開くと言ってる。俺はそっちに行く。務のことを頼んでも良いか?」
「ええ、構わないけれど」
目の前で交わされたやりとりに、務は声を上げる。
「待ってよ、僕も行く」
「止めた方が良い。貴方は今、感情的になっている」
「いや、行くから」一足歩み出たウシャスに対し、作り笑いで務は応えた。
「連れて行ってくれるよね?」
そんな務の様子をそれぞれ見据えた後、ラートナーと間宮が互いに頷く。
「夢子の話だとポセイドン神殿で話すらしい」
そう告げて歩き出した間宮の横へと追いつきながら、務は振り返り、ラートナーに手を振った。彼女は些か複雑そうな表情で頷いて、踵を返していく。その後をウシャスが追っていった。
「だけど、どうしてアトランティス計画陣営が神代プロジェクトのエリアを攻撃したの?」
玄関を出て、新たな車へと乗り込みながら、務が訪ねる。
行き先を指示した後、間宮が腕を組んだ。
「放射能無力化計画が原因だ。無力化されたら困るんだよ、あいつらは。自分たちが地表における最先端でなくなる、この意味が分かるか?」
「全く分からないよ」
「まじめな顔して何て返答をするんだよ。いいか、そうなったら、第3世代の計画が進行する。あいつらの覇権の終焉だ」
「下らない。それなら、大体何でヴェーダの陣営は無害なんだよ? ラートナー達だって、梓月さん達と、別チームだけど、同じような研究をしてるだろ」
「単純に神代側への攻撃が早かっただけの場合もある。だからあいつらもこうして俺たちに協力して色々教えてくれたんだ。仮にそうでないとしても、もう共生の道なんて潰えた。太陽派も黙っていないだろうな。嫌、神代側が太陽派とも親交があったからこういう事態になったのか」
次第に諦観するように力を失っていく間宮の瞳を眺めながら、それでも務は納得できないでいた。何も発する言葉が見つからず、下を向く。無音の車内はそのままで、二人がポセイドン神殿へとたどり着き、オリハルコンの紅を眺めた頃には、どこか気まずい沈黙が漂ってさえいた。
丁度会見が終わった所らしく、数多のフラッシュが光っていた。
二人は演説台脇で構え、戻ってきたアトラスに歩み寄る。
「どういうことだよ?」まず始めに間宮が詰め寄った。
すると疲れたような顔でアトラスが嘆息する。
「会見で話したとおりだ。大八島国は、アトランティスへの攻撃を試みていたから、先制攻撃を行った。ただそれだけだ」
「梓月がそんなことをするはずがないだろ」
「何を根拠にそんなことを言う」苛立つようなアトラスの声に続き、軽く拍手する音が響いた。務が視線を向けると、オリハルコン製の柱に背を預けたエンリルがそこでは笑っていた。
「全くです。アトラスは正しい行いをしたというのに、酷い物言いですね」
「まさかお前、あいつの口車に乗ったんじゃないだろうな? 核攻撃なんかしたらどうなるかも分からないのか? どれだけこの惑星が傷つくか。母なる大地の再生能力を過信したわけでもないだろう? これでこの文明も終わりだ」
つかみかかった間宮に対し、アトラスはただ顔を背けるだけだった。
「アトラス様を離して」王妃クレイトが走り寄ってきて、きつい眼差しで間宮を睨め付ける。そんな彼らを至極楽しそうに見つめるエンリルを、ただぼんやりと務は眺めていた。
「神野君も友人は選んだ方が良い」
歩み寄ってきたエンリルは腕を組みながら哄笑した。
「尤も、神代プロジェクトに携わっていた君に、何か道が残されていればの話ですがね」
「間宮は友人じゃないよ。そして、貴方もね」
気付けば務は、笑ってそう答えていた。
虚を突かれたように、間宮もアトラスも務を見据える。声を掛けたエンリル自身も唖然とした様相で、顎に手を添えていた。
「……何故、貴方は笑っているのですか?」
「え?」そうエンリルに訪ねられ、務は困惑した。自分自身が笑っていることに、その時まで彼は気がつかなかった。そして自覚してもなお、そんなはずはないのだと心に向かって言い聞かせる。悲しかった、ただ悲しかったはずだった。
だから困って再び聞き返す。
「え?」
「だから一人で大丈夫かって訊いてるんだよ」
気がついた時務は、自分の家がある建物の前で、タクシーの中の間宮に向かい立ちつくしていた。
「大丈夫だけど……」
途切れた時間に恐れを覚えて辺りを見回す。
「遇津に本当に一人で言えるのか? 無理だったら言うな。後でまた来てやるから」
「別に良いよ。君の顔なんて見たくもない」
「こんな時に強がるな。もういい、本当に行くからな」
「行けば」
「また来るから。その時はちゃんと扉を開けろ」
まるで夢を見ているような感覚のまま、務は間宮を見送った。
ただ義務的に、身体が覚えている岐路へと着く。
家の扉の鍵を開け、中へと入りながら、務は今起きている出来事を理解できずにいた。
それらが再び現実感を取り戻したのは、リモコンを握ったまま、モニターの前に立ちつくす遇津を見た時のことだった。
「嘘でしょ」そこには前面に、大八島国へと投下された原子爆弾の茸雲が映し出されていた。呆然と立ちつくす彼女の姿よりも、務は、その既視感のある映像に視線を奪われ、嫌な記憶が蘇る。あれは、そうだ。前原が、嗚呼。え、燃えたのか、突き刺さったのか、なぎ倒されたのか、炭になって、そして、確か、嗚呼。意識を限界の所で紡いでいた理性の束が、急速にほつれていく。自分が確かにそこで床に立っていることを認識できなくなっていく。溶けた顔面、垂れた皮膚。誰だ、何だ、嗚呼、この記憶は何時の一体誰の物なのだと、自身の経験を胸の内が、嘘だと言って否定していく。
遇津が床へと倒れたその音で、再び務は我に返った。
慌てて彼女を抱きかかえながら、その良い香りに、ただ務は息を吸った。自身が泣いていることにはついぞ気がつかぬまま。
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