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―― 第五章 ――
【七十二】初めての辛いコマンドとセーフワード
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最初は侍従長のジャックも驚いていたが、手伝う許可をくれた。
僕は最初にサンドイッチと魔法薬をもって、バーナードの部屋へと向かった。するといつもは無表情の彼が、心底呆れたような顔をした後、珍しく笑った。
「あれほど移ると申したつもりなのですが」
「そ、その、気持ちは嬉しいけど……」
「情けない事に魔法薬を取りに行く体力がなかったので、とても助かります」
バーナードの声に、僕はホッとした。その後食べ物と魔法薬を渡し、濡れタオルを取り替えてから、僕は半地下へと降りた。そして罹患している使用人の部屋を、他の者と共に手分けして回った。皆に驚かれたが、それも三日もする頃には、受け入れられるようになった。僕は日に三度、使用人達に届け物をし、それ以外の時間は執務室で、連絡係の業務があればそれを行い、医薬院から要請があれば城の備蓄をさらに解放しながら過ごしていた。ここ数日は、クライヴは街に泊まり込んでいる。対策本部が出来たためだ。だから城の僕と現地のクライヴは、魔法陣の上に置いた緊急連絡用の宝玉で、日に数度やり取りをする形だ。その時、クライヴはいつも、話を終える時に、僕に言う。
『《いい子だ》』
かかさず《命令》をしてくれるクライヴは、こんな非常時にあっても、僕を想ってくれて、とても優しい。だから僕は、《命令》が不足した時に抱く不安などには、今のところ無縁だ。
こうして数日を過ごす頃、コーラル城では新規の罹患者は出てはいるものの、第一陣は快癒した。バーナードも復帰し、僕に向かって頭を下げた。
「助かりました」
「ううん。出来る事が少しでもあって良かった」
「ルイス様は働き過ぎだと、以前も申しましたが」
「そうかな?」
そんなやり取りに安堵しながら、僕は久しぶりにバーナードが淹れてくれた珈琲を飲み、その熱で肩から力が溶けていくような心地を味わった。
――クライヴが帰還したのは、その二日後の事で、僕はその姿を見て目を見開いた。
「自分が情けない」
玄関で出迎えると、クライヴがキスしようとした僕を片手で押しとどめ、もう一方の手で口元を押さえた。少しふらついていて、目が赤い。睡眠時間の不足も分かったが、僕はクライヴの親指の爪を見て、息を飲んだ。
「自分が罹るとは、な」
苦笑したクライヴを見て、僕は涙ぐんだ。
「早くベッドに。魔法薬は飲んだの?」
「ああ。服用は開始している。数日すれば、おさまるだろう。ルイス、その間は――《俺に近寄らないように》」
初めて僕はこの日、甘くない、辛い《命令》を受けた。悲しくなって、僕は唇を震わせてから、思わず首を振る。
「《影》」
僕は緊張から全身に汗をびっしりかきながら、人生で初めてセーフワードを放った。
するとクライヴが目を見開き、硬直した。
「ルイス……」
「おそばにいさせてください。僕に看病させて? お願い。クライヴ……」
僕がそう述べた時、僅かにクライヴの体が傾いた。僕が慌てて支えると、クライヴが苦笑する。僕は心配で胸が張り裂けそうなままで、クライヴの額に手で触れた。あんまりにも熱かったから、思わず涙を零してしまう。
「まずは、中へ。念出方のため、客間のベッドを整えてあります。どうぞ、ルイス様もそちらでご看病を」
その時バーナードがそう言った。クライヴは困ったような顔をしてから、それでも静かに頷いてくれた。こうして僕達は、二階の客間へと向かった。
僕は最初にサンドイッチと魔法薬をもって、バーナードの部屋へと向かった。するといつもは無表情の彼が、心底呆れたような顔をした後、珍しく笑った。
「あれほど移ると申したつもりなのですが」
「そ、その、気持ちは嬉しいけど……」
「情けない事に魔法薬を取りに行く体力がなかったので、とても助かります」
バーナードの声に、僕はホッとした。その後食べ物と魔法薬を渡し、濡れタオルを取り替えてから、僕は半地下へと降りた。そして罹患している使用人の部屋を、他の者と共に手分けして回った。皆に驚かれたが、それも三日もする頃には、受け入れられるようになった。僕は日に三度、使用人達に届け物をし、それ以外の時間は執務室で、連絡係の業務があればそれを行い、医薬院から要請があれば城の備蓄をさらに解放しながら過ごしていた。ここ数日は、クライヴは街に泊まり込んでいる。対策本部が出来たためだ。だから城の僕と現地のクライヴは、魔法陣の上に置いた緊急連絡用の宝玉で、日に数度やり取りをする形だ。その時、クライヴはいつも、話を終える時に、僕に言う。
『《いい子だ》』
かかさず《命令》をしてくれるクライヴは、こんな非常時にあっても、僕を想ってくれて、とても優しい。だから僕は、《命令》が不足した時に抱く不安などには、今のところ無縁だ。
こうして数日を過ごす頃、コーラル城では新規の罹患者は出てはいるものの、第一陣は快癒した。バーナードも復帰し、僕に向かって頭を下げた。
「助かりました」
「ううん。出来る事が少しでもあって良かった」
「ルイス様は働き過ぎだと、以前も申しましたが」
「そうかな?」
そんなやり取りに安堵しながら、僕は久しぶりにバーナードが淹れてくれた珈琲を飲み、その熱で肩から力が溶けていくような心地を味わった。
――クライヴが帰還したのは、その二日後の事で、僕はその姿を見て目を見開いた。
「自分が情けない」
玄関で出迎えると、クライヴがキスしようとした僕を片手で押しとどめ、もう一方の手で口元を押さえた。少しふらついていて、目が赤い。睡眠時間の不足も分かったが、僕はクライヴの親指の爪を見て、息を飲んだ。
「自分が罹るとは、な」
苦笑したクライヴを見て、僕は涙ぐんだ。
「早くベッドに。魔法薬は飲んだの?」
「ああ。服用は開始している。数日すれば、おさまるだろう。ルイス、その間は――《俺に近寄らないように》」
初めて僕はこの日、甘くない、辛い《命令》を受けた。悲しくなって、僕は唇を震わせてから、思わず首を振る。
「《影》」
僕は緊張から全身に汗をびっしりかきながら、人生で初めてセーフワードを放った。
するとクライヴが目を見開き、硬直した。
「ルイス……」
「おそばにいさせてください。僕に看病させて? お願い。クライヴ……」
僕がそう述べた時、僅かにクライヴの体が傾いた。僕が慌てて支えると、クライヴが苦笑する。僕は心配で胸が張り裂けそうなままで、クライヴの額に手で触れた。あんまりにも熱かったから、思わず涙を零してしまう。
「まずは、中へ。念出方のため、客間のベッドを整えてあります。どうぞ、ルイス様もそちらでご看病を」
その時バーナードがそう言った。クライヴは困ったような顔をしてから、それでも静かに頷いてくれた。こうして僕達は、二階の客間へと向かった。
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