君は、お、俺の事なにも知らないし、俺だって君の事知らないのに結婚て……? え? それでもいい?

猫宮乾

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―― 本編 ――

【009】酒場と炊き出し

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 この日は夕暮れまで情報を収集して回り、砂月はアバターをいつもとは異なる洋装に変更して、街の酒場へと向かうことにした。酒場は、ログアウト不可になってから、生産ギルドや個人の生産者が、露店機能やギルドホーム機能を応用して構えていることが多く、誰でも入って品を頼めるのが魅力的だ。

「ふぅ」

 何も休憩に訪れたわけではない。
 既に【Lark】の関与は疑えないので、今度は直接的に探りを入れるべく、【Lark】のギルメンがいるという場所に足を運んだ次第である。【Lark】のギルメン達がテーブル席にいるのを確認しつつ、そのそばの一人用の席に座り、砂月は手にしているジンジャーエールのグラスを一瞥した。泡が浮かんでいる。味も心地の良い炭酸だ。それから一呼吸。

「どうしようかなぁ。黒闇叡刻のローブ、手放そうかなぁ」

 そしてよく通る声で言った。
 すると背後のテーブル席の声が、明らかに静かになった。

「この状況だし、蓄えもあったほうがいいしなぁ」

 言葉を重ねると、ガタリと砂月の背後で立ち上がる気配がした。

「兄ちゃん。今、黒闇叡刻のローブって言わなかったか?」

 すぐに声をかけられたので、計画通りだと思いながら、砂月は振り返る。

「はい? え、ええ」
「もしかして持ってるのか?」
「まぁ」
「売りに出すのか?」
「検討中です」
「ちょっと詳しく話を聞かせてくれねぇか?」

 にこにこと男が歩みよってきて、砂月の前の席に座った。すんなりと事が運びそうなので、内心でほくそ笑みながら、砂月は頷く。

「はい。やっぱり蓄えって必要かなと思って。もしかして、ローブをお探しなんですか?」
「おうよ。俺は【Lark】のギルメンで、今集めてる所なんだ」
「集める?」
「ああ。ここだけの話だが、うちの姫さんが近々結婚するんだよ」
「結婚?」

 新情報が出てきたので、砂月は神妙な顔を維持しながら小さく頷く。

「おう。ま、正確にはこれから相手と顔合わせをするんだが、姫さんほどの別嬪を断るわけがないから、ほぼ決まりだ」
「ほう」
「それでな、姫さんは、結納品としてローブを納めるつもりなんだよ」
「結納品……」

 自分と静森の場合は、そういった作法は特になかったなと砂月は考えた。

「姫さんはなぁ、先方のことを惚れ抜いておられるんだ」
「これから顔を合わせるのに?」
「それが、運命的なんだよ。なんでも初心者の頃に一度助けられた事があるらしい」
「へぇ。お相手は?」
「【エクエス】のギルマスだ。だから力になりたいってことで、ローブを持参すると話しているんだ。いい話だろ?」
「そうですね」

 それが奪った品でなければ、実際に美談だった可能性はあるなと砂月は思った。

「じゃあ姫さんの指示でローブを集めているんですか?」
「まぁそんなところだよ。だから買い手を探しているんなら、うちのギルドはどうだ?」
「ちょっと考えてみます。またご連絡しますね!」

 砂月はそう言って微笑し、ジンジャーエールを飲み干した。
 そして立ち上がり、一礼してその場を去った。

「……」

 店を出て、歩きながら腕を組む。
 もしこの話が事実ならば、夜宵が指示を出して集めていると言うことになる。

「【エクエス】のギルマスと結婚するから、装備を差し出す……? これ【エクエス】の方も絡んでるのかなぁ?」

 少し歩いてから、砂月は自分の家へと戻った。そして唸る。

「【エクエス】のマスターは表に出て来ないけど、側近って言われてるサブマスがいたはずで……確か悠迅って名前だったかな。結構街に顔を出すって聞くし、次の接触相手はそちらにしよう」

 砂月はそのように決めて、この日は早めに休んだ。


 ――翌日。
 砂月は【エクエス】のギルドホームがある青鏡都市レーウェンへと向かった。広場では炊き出しが行われていて、幾人ものプレイヤーが施しを受けている姿がある。またベンチに座って眺めていると、一定の時間ごとに【エクエス】のギルメンが二人一組で巡回をしているのが分かった。

 砂月は炊き出しのカレーを一皿無料でご馳走になりつつ、過去に顔だけは見た事がある悠迅の姿が現れないかと、暫しその場を見守っていた。すると十六時を少し過ぎた頃、目的だった悠迅が、もう一人のサブマスの有架と共に見回りにやってきたのが見えた。

 手紙は視認している相手にも送信できるので、すかさず砂月は手紙を出す。

『おたくのマスターが【Lark】のお姫様とご結婚なさると伺いました。おめでとうございます。ただちょっと、結納品が黒すぎはしませんか?』

 あえて直接的に書いたのは、相手の反応が見たかったからだ。
 眺めていると、立ち止まった悠迅が驚愕したように目を見開いたのが分かった。その場で手紙を見た様子だ。それから悠迅は周囲を慌てたように見回し、目を伏せた。するとすぐに砂月に手紙で返事が届いた。

『どこから聞いたのかは知らないが、それはデマだ。ところで結納品ってなんの話だ?』

 その文面を見て、ローブの事は【Lark】側の独断らしいと判断しつつ、砂月は首を傾げる。まだ顔合わせは先だという話だったが、ここまできっぱりデマだと断言するだなんて、どうやら破談が決まっているかのような口ぶりだ。

 砂月が返事をせずに様子を窺っていると、さらに手紙が届いた。

『そもそも見合いの話も知ってるって事は、【Lark】の方の関係者なのか?』

 砂月は腕を組んだ。
 静森も見合いと話していたが、ギルドの連合によるお見合いは意外と一般的なのだろうかと首を傾げる。それにしても悠迅は本当に何も知らない様子であるし、口も柔らかそうだ。そう考えていたら、パーティ申請がとんできた。少し迷ってから、砂月は承諾した。

『はじめまして、だよな? 砂月? か?』
『はじめまして。手紙をした者です』
『そうか。話が聞きたい。どういう事なんだよ? え?』
『なんかですね――……』

 何処まで話すべきか一瞬の間逡巡したが、【エクエス】のサブマスならば、コネクションを作っておいて損もないと判断し、砂月は事のあらましを語った。

『はぁ!? 断言してうちのギルドはそんな真っ黒すぎる結納品求めてねぇよ! 確かに、連合時の条件の一つに、あちらが装備を提供するといった条件は提示してきてたけど、そもそも今のところうちのギルマスは乗り気じゃないんだ!』
『そうなんですか。でも、周囲はそうは思わないかもしれませんよ。俺だって【エクエス】がやらせてるのかなってちょっと思いましたもん』
『誤解だ! そんな噂、即刻消したい!』
『だったら【Lark】の夜宵さんに、ローブをみんなに返すように進言しては?』
『ん。それはうちのマスターと相談しておく』
『そうですか。じゃあ俺はこれで』
『あ、待ってくれ。フレ、いいか? 何か進展があったら聞きたい。俺からも話すし』
『いいですよ。だけど今回の件、俺が悠迅さんの耳に入れたって事は、そのマスターさんにも内緒にしてもらえます? 名前が必要なら、【情報屋】に聞いたとしてください』
『【情報屋】……確かにお前の話した内容は、俺の知らない事ばかりだったけどよぉ! う、うーん。秘密、かぁ。尽力する』
『絶対です。漏らしたと分かったら、俺は噂を広める側に立ちます』
『やめてくれよぉ!』
『では、また!』

 と、こうして砂月は悠迅との接触を終えて、パーティーを抜けた。

「これでローブも返ってくるといいんだけどね」

 帰宅後、ぽつりと砂月は呟いた。そして静森から来たおやすみの手紙に返事を出してから、本日もゆっくりと眠った。


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