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―― 本編 ――
【018】自問自答(SIDE:静森)
しおりを挟む「――ってわけでよぉ。仲介するって言うのが情報屋からの提案!」
内密の話なので、ギルメンという名の多くの部下達を人払いし、静森と悠迅、有架のみが現在玲瓏亭の奥の和室で話をしている。
悠迅の話を静かに聞いていた静森は、眉間に皺を刻み腕を組んだ。絶対零度としか表しがたい無表情は、いつもよりさらに少し怖い。圧倒的な美を誇っているのが、恐ろしさに拍車をかけるとは、このことだろう。
「その情報屋は信用できるのか?」
「うっ……でもよぉ? 【Genesis】のギルマスと話し合いの場が持てるというのが最終目標なんだから、この際そのきっかけ作りに利用できれば十分じゃね?」
にこりと悠迅が笑う。その横に座っていた有架が小さく頷いた。
「悠迅様の言葉は一理ある。目的は【Genesis】と穏便に話をすることなのだから」
二人の声に、それぞれへと顔を向けて耳を傾けていた静森は、それから瞼を閉じた。そして瞬きにしては長い間目を伏せ、なにか熟考している顔をした。
――脳裏に浮かんでいたのは砂月の姿である。
結婚クエストの日が楽しすぎた思い出が、気を抜くと過る。
そう……気を抜くと過ってしまう。
今も、若干気が抜けている。砂月のことが好き過ぎて、ここのところ気は抜けっぱなしなのであった。しかしこれではいけないと雑念を振り払い、静森は目を開ける。
「そうだな。【Genesis】のギルマスとは、どのみち話をする必要があるだろう。きっかけはどうあれ、今回は絶好のチャンスといって間違いはない。俺が直接話をしよう」
静森の同意に、悠迅がほっとした顔をした。
「じゃっ、俺は早速情報屋と話して日時の調整をするわぁ」
「頼む」
「おうっ」
こうして悠迅が出て行った。室内には、有架と静森が残った。悠迅の足音が消えた頃、有架がふと思い出したようにそばの鞄から紙袋を取り出した。
「静森様、これを」
「これは?」
「遅くなりましたが結婚祝いです。生産の裁縫で作ったおそろいのハンカチです」
「! 気を遣わせて悪いな」
静森の表情が変化した。いつもの氷が融けるかのように、口元が綻んでいる。
有架はよっぽど好きらしいと判断しつつ立ち上がった。
「それでは私は見回りに戻ります。失礼する」
こうして彼女が出て行くと、一人残った静森は受け取った紙袋の封を開けた。洒落たデザインの紺色のハンカチが二つ入っている。砂月に渡すことを考えただけで、静森の顔は緩んだ。
次に砂月と会うまで五日ほど予定がびっしり詰まっている。
その一日一日が非常に長い。
まだおやすみの手紙を送るには早い時間なので、静森は書類と向き合うことに決める。
「【Genesis】とどこまで話が進むかにもよるが、こちらの状況はまとめて資料として提示できる方が、あちらも把握しやすいだろうな。場合によっては、こちらはそれを一枚差し出して、話を聞く側に専念できる」
そう呟いた静森は、真新しい紙を一つたぐりよせた。
そして過去に三度倒した中難易度ボスについて、開示してもなんら問題の無い事柄を主体にまとめながら、なんとはなしに考える。
「……【月に沈む】か」
先日発表になったギルドランキングの中で、聞いた事の無い唯一のギルド名だった。人数も一名であるようだし、極秘裏に動いているのかもしれないが、上には上が居ると言うことを思い知らされる。装備状況は、ギルド内の合計所持数から算出されているようだという事は、【Lark】の夜宵との情報交換の結果分かっている。
「となると、一位のソロギルドの人間は、一人で【エクエス】の装備よりも上の状態にあるのか。恐らくよほどのガチ勢……全職業スキルをあげ、ステータスやパラメーターも極めているから、全てのジャンルの装備が必要かつ、さらにそれぞれの属性装備も持っているのだろうな。魔術師も恐らくやっているだろう。一度、話がしてみたいものだな」
ポツポツと呟きつつ、再び砂月の事が思い浮かんできたので、静森は頭を振る。
正直話をするならガチ勢との職トークも楽しいのだが、自分以上の魔術師がいるとは静森は思わないし、いても自分の信じた道が正しいと思っているため、自分が一番強いと静森は確信しており、それを口に出せば九割の確率で揉めると考えられるので、やはり身知らぬガチ勢と話すよりは、砂月と話をする方がいい。
砂月との会話ならば、一言でも貴重であるし、仮に無言でも傍に居てくれるだけで満足だ。
「ん」
そこで静森ははたと思い出した。
「砂月も確かソロギルドだと話していたな」
呟いてから、ゆっくりと静森は瞬きをした。砂月は生産もカンストだと話していた。
瞳を左右に動かし、静森は小首を傾げる。
「生産カンスト者のソロギルド……それが、そういくつもあるだろうか? そもそもこのご時世になって、生産スキルを全てカンストしていたものはごく少数だったと判明したじゃないか。生産は習得するスキルが非常に多岐にわたり多いから、多くの者は、俺も含めて必要最低限しか……しかし砂月は以前、生産はカンストだと話していた。基本的にそれは、全てを習得していないと出て来ない単語だ」
小さく息を飲み、静森が目を見開く。
「【月に沈む】……『月』か。このゲーム自体が月と名に入っているが、砂月の名前にもまた月が入っている。偶然かも知れないが……」
直感的に、砂月が【月に沈む】に所属しているような気がして、静森は戸惑った。体が少し強ばる。昔から静森は、周囲にもよく言われるのだが、非常に鋭い。少量の材料から総合して結果を導き出すのが得意のため、今も砂月の家の家具の中の生産品が、どのレベルで作成可能かなどを頭の中に思い浮かべて、材料を集めている。
「……砂月が……ギルドランキング一位のギルマス……?」
すとんとその考えは腑に落ちる気がした。そうであるならば、この状況でもソロであの余裕ある素振りと暮らしぶりなのも納得がいく。
「……」
だとしたら――……
「砂月に直接問うべきか? いいや、詮索はしないべきか……俺は知らなくても構わないと確かに告げたし、その気持ちは変わらない。砂月が【月に沈む】のマスターだったとしてもこの愛も特に変化はしない」
自問自答し、結論を出して静森はゆっくりと頷いた。
「まぁ【月に沈む】に関しては、悠迅が連絡を取っているという情報屋から情報を買えるのならば、それでも構わないだろう」
頷きながら、考えごとをしつつも書類を一枚終わらせた静森は、二枚目に二体目の中難易度ボス攻略時情報をまとめ始めたのだった。
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