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――第一章:籠の中の鳥――
【六】
しおりを挟む不意に告げられた言葉に、僕は小さく首を傾げた。お伽噺では、僕も読んだ事がある。αとΩの中には、『運命の番』と呼ばれる間柄が存在するらしい。だが、塔で渡されている学習書には、運命は存在しないという記述があった。
Ωはαにうなじを噛まれれば、その相手と番う事になる。見学者の内、Ωを購入したαこそが唯一の存在となるから、運命は幻想なのだと書いてあった。購入後は、αに尽くし子を産む事が、Ωの使命なのだという。
しかし僕のように発情期が訪れない、妊娠可能性が低いΩは、選ばれる事は無い。発情している最中ならば、αに抱かれればほぼ九割の確率で妊娠するそうだが、思春期に自然と訪れるはずの発情期が来なかったΩの場合は、不妊である事が多いらしい。個人差はあるそうだが、見学者達は基本的に、発情期を迎えたΩ以外は購入しない。元々Ωを求める目的は、αの後継者を得るためだからだ。いくら僕に魔力があっても、僕は発情しない限り、『唯一』に出会う事は無いのだ。
「運命は無いと習ったよ。代わりに唯一があるんだって」
「唯一?」
「見学して、僕を買って、うなじを噛む人。だけど僕は欠陥品だから、きっと唯一に巡り会う事もないんだ」
僕がつらつらと続けると、ゼルスが透き通るような瞳でこちらを見た。まじまじと眺入られて、視線を合わせながら、僕はゼルスの顔を眺めていた。
「俺は『運命の番』がいると、今では確信している」
「ゼルスには、そう直感したΩがいるの?」
「そうなるな。俺だけの相手だと、今は確信している」
「それは、好きという事?」
「ああ。そしてその相手に、俺は自分を好きになって欲しい」
「恋?」
「正直、一目で惹きつけられた。今はまだ平静を装っていられるが、激情に飲まれる日が、そう遠くない予感がしているんだ」
見学されるだけの僕には、恋愛感情は遠い存在であるから、概念でしか理解出来ない。お伽噺では、αと幸せになるΩが描かれる事は多いが、僕にはそれは、遠くのお話でしかない。
「恋って、どんな感じがするの?」
「ずっとそばにいたくなる。もっと話をしていたくなる」
「ゼルスのお話は面白いから、きっと上手くいくよ」
僕が励ますと、ゼルスは虚を突かれたような顔をした。それから破顔すると、片手の掌でガラスに触れた。
「キルトに楽しんでもらえているのならば、良かった」
「うん。本当に楽しいんだ。僕は誰かと、こんな風にお話をした事が無いから。ねぇ、ゼルス。ゼルスは、普段どんな風に過ごしているの? 僕にも聞いたんだから、教えて」
両頬を持ち上げてから、僕は椅子から立ち上がった。そしてゼルスの正面に立ってみる。この行為すら、僕には初めての動作だ。ゼルスは思いのほか身長が高い。だから見上げる形となる。緑色にも見えるゼルスの瞳を、僕はじっと見つめた。
「俺の事を知りたいと思ってくれて嬉しい。そうだな、簡単に言えば、仕事三昧だ。王都にいる今は、比較的ゆっくりと過ごす事が出来ているけどな」
「どんなお仕事?」
「書類と格闘している」
その後、鐘が十二回ほど鳴って、昼食の時間が訪れるまでの間、僕はずっとゼルスと話をしていた。こんなにも長く他者と話したのは初めてで、僕は楽しく明るい気持ちになっていた。
「また来る」
そう言って、ゼルスは帰っていった。
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