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――第一章:籠の中の鳥――
【五】
しおりを挟む「ああ。光の加減で虹色にも見える、金や鈍色のパイプが街の上方を、水路が下方を走っている。駅は三つあって、俺もたまに乗るよ」
ゼルスが喉で笑った。僕はその表情を見ながら、駅という言葉を昨日本で見かけた事を思い出した。確か、蒸気機関車のページの付近に書いてあった。
「そうだ。蒸気機関車って、どういうもの?」
「煙を吐き出す乗り物だ。キルトは見た事が無いのか?」
「うん。小さな頃から、ここにいるから」
「何でも聞いてくれ。この王都は、俺の庭のようなものだからな」
ゼルスが両頬を持ち上げた。形の良い彼の瞳には、優しい色が宿っている。僕は目を丸くしているばかりで、上手く笑う事も出来ない。ただ、ワクワクする。これまでの間は、誰も僕には、外界の事を教えてはくれなかったから、ゼルスと話しているのが楽しい。
「ねぇ、ゼルス。虹色ってどんな色?」
「大気の光学現象で、七色の模様が見えるのが、虹だ。空の水滴を光りが通過する時に、分散して特徴的な模様が出るんだ。アーチ型で、空にかかる。それは分かるか?」
「ううん。空の事も何も知らないよ。この塔には、窓が無いから、外は見えないんだよ」
「そうか、窓か。科学的な説明だからではないのか」
「科学は、王様や貴族みたいな偉い人の学問なんでしょう?」
僕の言葉に、微苦笑しながら片目だけを細めて、ごく小さくゼルスが頷いた。見学者は皆、αであり王侯貴族であるから、ゼルスが科学に触れている事自体には、何の不思議もない。科学に関しては、知識制限されているΩでなくとも、民衆には伝えられていないと、僕は本で読んだ事がある。
「人間の体内時計は、適切な日光や空の暗さが無ければ狂うと思っていた」
「魔導灯の色が変わるんだよ。それに時計の鐘の音が聞こえるんだ」
外界の事を僕が知らないように、塔内部の事をゼルスは知らないのだ。僕にも、教えてあげられる事があると感じ、嬉しくなった。
「ゼルス、僕は知りたい事があるんだ」
「ん? 何だ?」
「水路は、青銅色なんでしょう? 青銅色って、どんな色?」
「少し説明が難しいな。次に会うまでに、適切な言葉を探しておく。時間をくれないか?」
「次?」
響いて聞こえたゼルスの声に、僕は驚いた。二回目に来た見学者も初めてだが、次という事は、三度目もあるという事なのだろうか。
「また会いに来てはダメか?」
「……僕は、良いけど」
「ならば可能な限り、毎日来よう。俺はキルトに会いたい」
「どうして僕に会いたいの?」
不思議に思って尋ねると、ゼルスが照れくさそうな顔をした。片手で柔らかそうな暗い金髪を撫でるようにしながら、彼は目を伏せる。睫毛の色も、同じ色だ。
「言わせるな」
「え?」
「今はまだ、秘密としておく。それにしても、キルトは良い匂いがするな」
「匂い?」
これまでの間、僕は誰かにそのように言われた事が無かった。花の匂いだろうかと視線を動かす。Ωの放つ媚香は、発情期中でなければごく僅かなものだというし、ガラスがあるから、僕から漂っているとは思えなかった。
「ああ。採れたての桃のような甘い果物の香りに思える」
それを耳にし、僕もまた、ゼルスから精悍な香りがするように思った。昨日も感じたが、意識してみると、今もどこか爽快な匂いがする。僕は過去に、αの香りを嗅ぎ取った事は無いから、香水だろうかと考えた。
「ところでキルトは、『運命』を信じるか?」
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