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――第二章:花が咲く庭――
【六】
しおりを挟む僕の手を握って謁見の間を出ると、ゼルスが入り口を目指して歩き始めた。昨日も通った道だから、僕は覚えていた。
「どこへ行くの?」
外へ行くのは間違いない。僕は胸を躍らせた。するとゆっくりと歩きながら、ゼルスが柔和な笑みを浮かべた。
「早速庭園へ行こう」
「庭園……それは、どんな所? 温室に似てる?」
「そうだな。花が咲き誇っているという意味では近いだろうな。これからは、分からないものは実物を見れば良い。俺が叶う限り、何処へでも連れて行くからな」
ギュッと指に力を込め、ゼルスが僕の手を握り直した。僕の胸がほんのりと温かくなる。ゼルスの言葉は、体温と同じくらい優しい。指と指の間にあるゼルスの手を、僕も握り返してみる。するとゼルスが笑みをより深くした。
「悪いな、俺は浮かれている。君と一緒にいられる事にも、君と結婚出来る事にも」
嬉しそうなゼルスを見ていると、僕もまた笑顔になってしまう。僕はゼルスが喜ぶと幸せな気持ちになるみたいだ。僕は、これまでの人生で、『誰かを喜ばせたい』と明確に思った事は、一度も無かった。だからそんな自分の気持ちの動きが、不思議でならない。
「必ず幸せにするからな」
「僕はもう幸せだよ」
「塔から出られたからか?」
「ううん。ゼルスが明るい顔をしてると、幸せになるって、今分かったんだ」
僕が素直に答えると、ゼルスが虚を突かれたような顔をした。短く息を呑み、目を丸くしている。それから、不意にもう一方の腕で、僕を抱き寄せた。
「俺の表情、か。そうか。有難う、キルト」
「どうしてお礼を言うの? 幸せにしてもらったのは、僕なのに」
「……キルトは、幸せの沸点が低すぎる。もっともっと幸せにすると誓う」
「沸点って何?」
「沸点というのは、液体が沸騰する温度の事だ。水がお湯になるのは分かるか?」
「お湯は魔導具で温かくなるんでしょう?」
「科学では、例えば火を用いて水を湧かす。そして液体によって、沸点は変わるんだ。沸点が低ければ、その分すぐに沸騰する。幸せの沸点は比喩だ。小さな幸せを噛みしめるだけではなく、もっと大きな幸せでなければ満足出来ないほどになるくらい、俺は君を大切にする。慈しむと誓う」
僕には難しいお話だった。すぐに沸騰――幸せになれる方が、僕には素敵な事に思えた。沢山の幸せが無ければ満足出来なくなってしまったら、それは贅沢というものではないかと思う。僕はゼルスのそばにいられるだけで、今、とても幸せなのだから。
これ以上の幸せなんて与えられたら、僕の頭はもっといっぱいになってしまうかもしれない。ただでさえ最近は、ゼルスの事ばかり考えていたというのに、ゼルス以外の事が考えられなくなってしまうかもしれないではないか。
「行こう。庭園は、王宮の裏手にあるんだ。第二塔との間にある」
「うん。空も見える?」
「見える。今日は幸い快晴だな」
こうして僕達は歩みを再開し、王宮の外へと出た。
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