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―― 序章 ――
【七】調律委員会
しおりを挟む「え?」
「榛名にならば、調律委員会の委員として、正義のもとで治安を維持していく能力が備わっていると俺は考えている」
「急に言われても……」
榛名が困惑していると、それまで厳しい表情だった烏丸が、不意に微笑した。
「実はな、調律委員会は、今、委員長の座が空いているんだ」
「はぁ?」
「俺は昨年まで委員長をしていたんだが、冬から休学中なんだ。本来であれば、俺は今年大学一年生。春、次の一学期から、夏までの間は復学するが、それで単位が取れるから、人とは少し異なるが夏に卒業する。それまでは委員長が決まるまで代理で続けることになっていたが、どうにも体調も許さず、以前ほど働けないんだ」
烏丸はそう言うと、改めてまじまじと榛名を見た。
「だが今年は、内部入学でついに、政宗幸親が高等部に来た。サロンの力はますます増すだろうし、逆らえる者はどんどん減少していく。そうなれば、より学内は荒れる。このまま調律委員会の委員長の席を空席にしておく訳にはいかない。だが――委員長になれば、政宗には目をつけられる。それを恐れる者も多い。いわば、政宗に逆らう気概がある者といえば聞こえは良いが、スケープゴートを探しているという状態だ。政宗を殴り飛ばした君ならば、気にせずやってくれるのでは無いかという期待もあって打診している」
正義の人かと思いきや、意外と打算的でもある烏丸の声に、榛名はカップを置いて、思わず腕を組んだ。
「俺は別に政宗と敵対したいわけでは……ただ、逆らうことに関しても恐怖などは無いですが。そういう問題ではなく、学内の事をほぼ何も知らない俺に、委員長といったものが務まるとは到底思えません」
「俺が卒業する夏までの間に、徹底的に教える」
「……」
「他にも利点はある。調律委員は、その職務内容上、様々な特権がある」
「特権?」
「ああ。ある意味サロンのメンバーを監視するのも役割だと言うことで、サロンメンバーが出入りする多くのところに立ち入り権限がある。たとえば学食の二階がそうだ」
「……二階だと美味しいだとか?」
「それもある。他にも景色が良いとかな」
「俺には利点にはそこまで感じられませんが……」
そういえば学食に行く途中だったと、榛名は思い出した。すると空腹をより実感する。壁に時計が掛かっていたので見れば、もう昼の十二時に近い。
「百聞は一見にしかずだ。昼食はどうする予定だった?」
「今から丁度学食へ行こうかなと」
「よかったら一緒にどうだ?」
「あ、ええ……宜しければ」
道が分からないので、これはありがたい申し出だった。
こうして二人で調律委員会室を出る。階段を降りて外に出て、ゆっくりと二人で歩く。学食は校舎に隣接しているようだった。
「さて、手袋は嵌めているな?」
「え? はい」
「手首のところのボタンを操作すると、周囲の声量を調整する音魔術が発動する。いわば耳栓だ。煩いと思ったら、音を下げろ」
「へ?」
扉の前に立った烏丸は、そういう扉の前に立つ。給仕が二人、扉を開け放った。
中を見た榛名は、その場が一瞬静まったのを見た。
――直後。
「烏丸先輩!!」
「格好いい!!」
「本物だ!!」
「復学の噂は本当で――!!」
聞き取れないくらいの声で溢れた。ポカンとした榛名は、続いて視線が自分に集中したのを自覚した。
「もしかして噂の!?」
「お、男前だ!」
「フォルテッシモ? ピアニッシモ!?」
「俺あの人伴侶が良い!!」
どんどん声が大きくなっていくので、困惑しながらも榛名はボタンを操作した。堂々と烏丸が歩いて行くので、慌てて追いかける。烏丸の表情からは、再び笑顔が消えていた。先程までの柔らかな空気が無い。
「榛名、これが学内公認の供給システムの一つだ」
烏丸は窓際の、靴箱を少し大きくしたような、カラーボックスの棚の前で立ち止まった。
「これは?」
ボタンを操作して音量を戻した榛名が問いかける。
「魔力供給関連の連絡装置になる。ここでは、昼休みと夕食時に限り、ピアニッシモは意中のフォルテッシモの棚に、自分の魔力を受け取って欲しいと手紙を入れる事が出来る。そしてその時間内であれば、フォルテッシモは手紙をもらっている相手からは魔力を供給してもらって良いことになっている」
「……?」
「逆にフォルテッシモは、朝の内に生徒玄関に設置されている、意中のピアニッシモの棚に、魔力を供給して欲しいと手紙を入れる事が可能になっている。そしてそれが成立していた場合、一階席での食事は、全メニューが自由に食べ放題となる。成立していない場合、食事は必ず日替わりメニューとなる。朝・昼・夕に限り、話し合って、あるいは願いつつ手紙を入れる事が許される」
「日替わりメニューは何が悪いんですか?」
「魔力と栄養の補給用とのみのクッキーが一個となる。とても寂しく味気ない」
「……」
「二階席に限っては、それらの手紙といった条件を無視して、全て食べ放題だ。無論、手紙を交換する事も許されてはいる。その場合は、フォルテッシモあるいはピアニッシモが二階席へ上がることを許されている場合、その日限定でもう一方も二階席に上がってよいことになっている。どちらもピアニッシモ同士やフォルテッシモ同士の場合は、供給は特にないが、上に上がることが可能だ」
烏丸はそう言うと、カラーボックスの横に立っている、腕章をつけた調律委員会の生徒二名を見た。
「調律委員会は、朝は玄関、昼はここで、持ち回りで手紙に不正が無いか確認する仕事もある」
「……なるほど」
「とりあえず今日は試しに、俺のボックスに手紙を入れればいい。俺は朝手紙を君に渡したわけではないが、任意だからな。まずは二階席でゆっくり話を――」
烏丸がそう言いかけた時だった。
「なにしてんだよ? あ?」
その場に厳しい声が響いた。そちらを榛名が見ると、眉間に皺を寄せた政宗の姿があった。
「そちらこそ何か用か?」
振り返った烏丸は、冷ややかな視線を政宗に向けている。
二人の間には、険悪な空気が漂っている。
「いつ戻ってきた? 道真がどれだけ――」
「それは今ここで話すのに相応しい話題か? 今、俺は榛名の案内をしているんだが」
「っ、そ、そもそも、どうしてお前が榛名の案内を?」
「学食での食べ方を教えているだけだが?」
「なっ……お前、まさか自分に手紙を渡させるつもりか?」
「それがなにか?」
烏丸が険しい視線のまま、取り付く島もない様子だ。すると舌打ちした政宗が、榛名に振り返った。そしてポケットから紙を取り出すと、榛名に押しつけた。
「おい」
「ん?」
状況が分からない榛名が首を傾げると、続いて政宗がペンを一本取りだした。
「俺の名前を書け。今日に限って、俺の権限で上に行かせてやる。烏丸と話したいなら好きにすればいいが、そいつの名前を書いたりするな」
受け取った榛名は、困惑しながら紙を見る。魔力供給の証書と書いてある。
「? これを書いたら政宗が俺から取るのか?」
「取らねぇよ! ただ単純に何も分かってねぇ同じ部屋のお前を気遣ってやってるだけだ。その紙があるからって、必ず取らなきゃならないって事はねぇからな」
頷いてから榛名は、烏丸を見た。すると烏丸が小さく頷く。
何故かその口元が少し優しく見えた。
いいだろうと判断して、榛名は己の名前を書く。
「この後何処に入れればいいんだ?」
「俺の名前は、窓側の一番上にあるだろ」
「あ、本当だ」
そこに榛名が手紙を入れる。すると、食堂に大声が溢れた。何か言われていると思ったが、榛名はまた手袋のボタンを操作して、遠くの大声は聞こえないように調整する。
「――榛名。続きは上で話そう」
「はい」
烏丸の声に、榛名が頷く。すると隣で政宗が深々と息を吐いた。
「……榛名。烏丸に余計な事を吹き込まれてくるなよ」
「ん?」
「朝話してやっただろ。調律委員会は、敵だ」
そう言うと、忌々しそうな顔をしたままで、政宗が歩き去った。ぼんやりとその背中を見送っていた榛名の横で、烏丸が咳払いをする。
「行こう」
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