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―― 序章 ――

【六】助けを求める声

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 目が覚めたのは、午前十時過ぎの事だった。欠伸をしてから起き上がった榛名は、隣のベッドが空だと気がついた。目を擦ってから隣を見て、クローゼットの前に立つ。開けてみると、そこには自分の名前が書かれた制服類が入っていた。私服は持参していないから、これらを着るのだろう。今までも制服姿のままで寝ていたが、パジャマが欲しかったなと漠然と思った。そういう気づかいは、このクローゼットには無い様子だ。

「店で売っていたりするのか? それも無料なんだろうか?」

 首を傾げつつ、シャツだけ取り替えた。そして鏡の前でネクタイを締め直し、手袋を嵌めてからリビングへと向かう。こちらにも政宗の姿はない。それを確認してから、榛名は冷蔵庫を開けた。中には色々なものが入っていたが、これらを勝手に使用して良いかは分からない。

「……お腹が空いたな。とりあえず学食に行ってみるか」

 呟いてから、榛名は部屋から出ることにした。正面にあるエレベーターに乗り込み、一階のボタンを押す。そして待っていると、朝方も通過した一階のホールに出た。そもそも学食の位置も知らないのだが、適当に歩けばどうにかなるだろうと前向きに考える。

 外に出ると本日は少し曇り気味で、空が白かった。
 ゆっくりと歩いて行くと、ちらほらと制服姿の生徒が見えたので、最悪誰かに道を尋ねようと考える。遠目には、桜の花が見えた。昨日の今日で、異世界に来たような気持ちであったが、自然を見ていると間違いなくここは日本だ。

「助けて!!」

 声が聞こえてきたのは、三十分ほど歩いた時の事だった。
 反射的に視線を向けると、四人の生徒に囲まれている少年がいた。何事かと見ている前で、少年が後ろから羽交い締めにされ、前から服を開けられそうになっているのが見えた。さながら、昨日己が政宗に噛みつかれた時のようだ。

「なにをしているんだ!」

 思わず榛名は割って入った。
 すると五名の生徒の視線が榛名に向いた。

「ん? 見ない顔だな、綺麗だけど」
「あー、噂の外部生なんじゃね?」
「会長を殴り飛ばしたって言う? まさか」
「混ざりたいって事じゃん?」

 四人がそれぞれ言うと、首元のシャツを片手で握り、金髪の少年が涙ぐんだ。

「助けて! 魔力を強制奪取されそうになってるんです!」

 なにがなんだかよく分からなかったが、言葉からして、やはり少年がなにかを奪われようとしているのだと悟る。

「やるのか?」

 少年が榛名の後ろまで走ってきて隠れた時、四人の内の一人が言った。
 するとその左右にいた生徒が、不意に左手を持ち上げる。最後の一人は呆れたように見ている。ヴンっと音がしたのはその時で、二名の掌の上に、黄緑色の光の球体が出現した。これには榛名も息を飲む。どこからどう見ても、魔法としか言えないと直感した。本能的に危険だと思った榛名は、大勢を低くし、二名を足払いする。仰け反った二人が倒れると、中央にいた一命が焦ったように息を飲んだので、榛名は手刀で気絶させた。

「やるねぇ。だが、残念。所詮魔法には勝てない。まだ実技を習ってない一年未満じゃな」

 そういった最後の男の手には、焔の球があった。顔を上げた榛名は、それが自分に向けられているのを察知し、よけようとしてハッとした。よければ、真後ろにいる少年に直撃する。焔が迫ってくるが、避けるわけには行かない。

「そこまでだ! 調律委員会だ!」

 声がして、目の前の男が吹っ飛んだのは、その時のことだった。
 榛名が目を見開くと、左右から制服の左腕に【調律】という腕輪を嵌めた生徒達が駆け抜けていき、目の前の生徒と、倒れている三名を捕まえた。振り返ると、少年も保護されている。気が抜けて、ほぉっと榛名が息を吐いた時、ゆっくりと隣に立った生徒がいた。顔を向けると長身で黒縁の眼鏡をかけている先輩がそこにいた。

「君の勇気には感服する。よくやったな」

 声を聞いて、先程最初に声を上げた相手だろうと判断する。

「名前は? 俺は調律委員会前委員長の烏丸からすまだ」
「榛名です。四月一日から外部入学する者です」
「ああ、君がそうなのか。それにしても、腕が立つんだな。少し話が聞きたいから、調律委員会の委員会室にご同行願う」

 そう言うと、烏丸が歩きはじめた。
 慌てて榛名はその後に従う。先程の被害者の少年は、別の調律委員会のメンバーに保護されているようだった。

「榛名。勇気は立派だが、魔法を行使する相手に素手は、少し危険が過ぎる。次からは、調律委員会に通報してから、対処するといい」
「……どうやって通報をすればいいんですか?」
「ああ、そうか。まだ学生証が配られていないんだったな。入学式が終わると、銀の腕輪型の学生証が配布される。そこに、調律委員会へ直通する連絡魔術が込められているんだ」
「なるほど」

 まだまだ知らないことばかりだなと考えていると、烏丸が三日月の形をした池にかかる橋を抜けて、正面にある塔の中へと榛名を促した。それから階段を三度上がると、目の前に『調律委員会』と木の札が出ている部屋に到着した。

「ここが委員会室だ」
「失礼します」

 中に入ると、幾人かの生徒達がいて、榛名の姿をチラリと見てから、皆各々の作業に戻った。

「座ってくれ」

 烏丸はそう言って黒い長椅子に榛名を促すと、珈琲を淹れて、二つテーブルに置いた。

「何があったか話してくれるか?」
「何が……ええと、通りかかったら、襲われている様子だと判断して、割って入りました」
「そうか。本当に勇気があるな。君のその行動を見かけた通行人からの通報で、俺達は駆けつけた」
「そうだったんですか」

 いい人もいる者だなと思いながら、榛名はカップを受け取る。

「この学園は、情けないことに、正面を切って割って入る榛名のような生徒は非常に少ない。調律委員会としては、君のような生徒を歓迎している。これからも己の正義に従うことを期待する」

 烏丸はそう言うと、己のカップを傾けてから、ふと窓際を見た。
 そこには執務机がある。

「ところで榛名。君は、調律委員会についてはどこまで知っている?」
「ええと……学内の規則を守るように指導する機関というような話を漠然と聞いただけです」
「それで正解だ。具体的には、フォルテッシモに言い寄ろうとするピアニッシモを制止したり、今のようにピアニッシモに迫ろうとするフォルテッシモを制止したりする。それは、学内のどんな派閥であろうと無関係に行う。その他、廊下を走るなと言った基礎的なルールや、許可された敷地以外での無断の魔法使用への注意、逆にサロン規定で許可された場所でのみアプローチが許可されている、所謂人気者に一般生徒が贈り物をする際には指定された場所で行うようにといった交通整理のような仕事をする。それが調律委員会だ」

 つらつらと語ってから、烏丸は立ち上がると、窓辺のケースから、銀色の腕輪を持って戻ってきた。

「その際、この、魔法無力化が可能な調律委員会の腕輪と、防御魔術の込められた腕章
を手に、治安の維持を行う。であるから、先程のような事態の場合でも、加害者の力を物理的なだけでなく、魔法的に無効かが可能となる。あくまでも学内の一般的な場所のみとなるが」
「それで調律委員を呼ぶんですね」
「そういう事だ。君に足りない者は、残りはこの腕輪くらいのものかもしれないな。どうだ? 榛名。調律委員会に入って、俺達と一緒に学内の治安を維持しないか?」

 実になんでも無いことのように烏丸が言った。最初何を言われているのか、榛名は分からなかった。
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