困窮フィーバー

猫宮乾

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chapter:裏 …………よくある妖怪カフェ奇譚…………

【2】Cafe絢樫&マッサージ

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 こうして、早速翌日から喫茶店がOPENした。

 名前は――『Cafe絢樫&マッサージ』である。

 僕は思う。カフェなのか、マッサージなのか。マッサージの待ち時間に、ちょっと珈琲でもという感覚なのか……混沌としている。だが、ローラがこれと決めた以上はコレなのだろう。看板も既に出来ているし、僕には直す力も気も無い。

 最初のお客様は、愛らしい女性学生二人組だった。僕のテンションが上がった。しかし、初めてだからと顔を出したらしきローラのテンションは、著しく下がっていた。そのため、彼女達が僕の入れた粗末な珈琲に満足した風に帰っていった後、僕は尋ねた。

「え? お客様が来て良かったよね? なんでそんなにテンション下がってるの?」
「へ? 俺、ほら、処女と童貞が基本食だからさ」
「……え?」
「ん?」
「……ま、まさか、お客様を喰べるつもりで……?」

 今更ながらに、僕はローラが吸血鬼である事を思い出した。
 ローラはきょとんとしている。

「当たり前だろ。働いて喰べるんだろ? 人間も」
「え」
「喰べるために、働く! それがうちの基本理念だ」
「それ、現金じゃなく現物を求めてるって事!?」
「当たり前だ。金はある」

 そう言って、ローラは姿を消した。いなくなってしまった。彼は、霧になる事が可能なのだ。コウモリにもなれるそうだ。鏡には映らない。この辺は、本当に典型的な吸血鬼であるが――ニンニクも玉ねぎも十字架も日光も平気だという。銀の銃弾は知らないが。

 その後、日中は、もう一人、買い物帰りの主婦さんが来た。
 僕の出したアイスティを微妙な顔で飲んだ後、愛想笑いをして帰っていった。
 この時にいたっては、ローラは出てすら来なかった。

 ローラが次に出てきたのは、合計で七番目となるお客様がやって来た時である。
 何だか疲れた顔をした男子大学生が来店した時だ。
 僕が真っ先に考えたのは、彼が『童貞なんだろうな』という事である。

 ――だが、違った。

「マッサージをお願いしたいんですが……」
「承ります」

 スっと僕の隣に立ったローラが、いつもからは考えられない柔和な微笑を浮かべ、物腰も柔らかに応対した。そして奥のマッサージスペースに向かい、適当にマッサージを始めた。僕から見ても、決して上手そうには思えなかったし、客の人間の心が見える僕としても――『(え、なにこれ下手すぎだろ……)』という気持ちを読み取ってしまった。

 けれど。

 最後に、ローラが、客の体にまとわりついていた弱い霊を全部手で振り払った瞬間、学生が息を飲んだのが分かった。

「あ、有難うございました……」

 狐につままれたような感覚が伝わってくる。その後、全身が楽になったと、客は内心で驚いた後、大歓喜していた。

 ――なるほど。ローラの目論見は、成功らしい。

「またよろしくお願いします」

 さらに、特に吸血するでもなく、ローラは客を見送った。
 これに、僕は少し安堵した。まぁ、僕には止める権利は無いのだが。
 が、一応聞いてみた。

「どうして血を吸わなかったの?」
「あ? ああ。俺にも好みってものがあるからな。いくら童貞だろうが、ほら。不味そうとか、色々あるだろ」

 結局の所そのお客様は、童貞だったようだ。

 僕は、客の名前に『玲瓏院紬』とあるのを再確認した。マッサージには、リストを作っているのだ。紙に手書きで、予約表に名を記す。一昔前のファミレス風である。しかしレイロウインさんというのも変わった名前だ。フリガナを眺める。レイロウインツムギさんだそうだ。また来てくれると良いなと、僕は内心で考えた。

 さて、閉店作業をしてから、僕とローラは、居住スペースへと戻った。既に帰宅していた火朽さんが、遅い夕食を用意してくれた。

「お前は大学どうだったんだ?」
「ええ。皆、良い人でしたよ――……ただ」
「ただ? バレたのか? さすがに、霊能大学は違ったか?」
「いえ。ごく普通の民族学科でしたが――……教授室に、意外と僕の、というか、夏瑪先生のゼミのメンバーが集まるようで、僕も顔を出してきたんです。そうしたら、あからさまに、一人、僕を無視する人がいて……」
「無視?」
「はい。一度も目も合わず、みんなが自己紹介してくれる中でも、無言で、僕を意識していて無視しているとかではなく、僕が存在していないかのような対応で……そもそも、最初の時点で、僕の分だけお茶を出してくれなくて」
「感じ悪いな」
「ですよね。僕以外には、悪い人ではなさそうだったんですが」
「おう。俺なら許さない。俺は心が狭いからな」
「――僕も狭い方なので、明日から少し様子を見てはみますが、毅然とした対応で臨もうと思っていますよ」

 火朽さんは笑顔のままだった。だが、僕はこの、いつもと変わらなすぎる穏やかな笑顔で、怖いことを言っている彼の腹黒さを実はよく知っている。恐ろしいので、僕は食卓に置いて、無言で過ごした。寧ろ、こういう場合に限っては、気分の通りに表情を変えるローラの方が、ある意味優しく思えるから不思議である。

 そのようにして、エビフライを食べ終えた僕は、席を立った。

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