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【三】一回目の視察
しおりを挟む――こうして、視察の日が訪れた。
金髪の上にウィンプルをかぶったアリアは、鏡を見て細く長く吐息をしてから、外へと出迎えに行く事にした。
イステリア修道院が属する国教会では、別段髪を完全に隠さなければならないといった決まりはない。他国に比べると、規則が緩いと言われる事もあるようだ。
長く真っ直ぐな金髪に、翡翠色の瞳をしているアリアは、この孤児院街の同世代の中で、一番美人で可愛いという自信があった。実際、それは間違いない。何せアリアの同世代は、他にこの区画には、一人も存在しないのだから。男性も女性も、二十代は一人もいない。孤児達も十六歳になる頃には出て行くし、商品を卸に来る人々も壮年が多い。だからアリアは、同世代の女性も男性も、ほとんど見た事が無い。なので、一番美人で可愛いという自信があるというわけだ。
修道院の廊下を歩いて外へと出ると、門の所には、既にシスター・ロザンヌの姿があった。アリアへと振り返った彼女は、ゆっくりと頷く。
「良いですね、アリア? 何度も申しましたが――」
「はい!」
「――貴女はいつも、お返事は立派なのですが……」
「シスター・ロザンヌ! 私だってもう子供じゃないのですが!」
「え?」
「え……?」
「隣の孤児院の子供達の方が、シスター・アリアよりも優秀な場合が多々あると私は感じていますが……え?」
シスター・ロザンヌが不思議そうな顔をして笑っていた。アリアはもう何も言わない事に決めた。
その後、二人で揃って、孤児院街の中央にある、王都の街中へと続く坂道の方へと歩いて行った。他の孤児院や教会、修道院とも共同なので、テーブルなどは、そちらの人々が用意してくれていた。テーブルを用意する係、お花を用意する係、参加する孤児を連れてくる係などの役割が分担されている。イステリア修道院の仕事は応対とお菓子の用意だったようだ。今回は最初であるから、シスター・ロザンヌも一緒だが、今後は一人で行うようになるのだろうと、アリアは考えていた。なるべく沢山の事を覚えておきたい。
アリアは真っ白いテーブルクロスが敷かれたテーブルの上に、シスター・ロザンヌが用意してくれたクッキーのカゴを載せた。それから皆で坂道の方を見守っていると、大きな馬車が二台現れた。それぞれ六人乗りのようだ。
見守っていたアリアは、下ろした両手を静かに握る。幼少時はともかく、この区画以外の人と会うのが久方ぶりである為、少しばかり緊張もしていた。花壇には、色とりどりの、秋の花が咲いている。
「ようこそお越し下さいました」
馬車から降りて地に立った人々に対し、最初に声をかけたのは、シスター・ロザンヌだった。男性の聖職者も女性の聖職者もこの場にはいるが、一番年上なのは、シスター・ロザンヌだ。だからきっと、シスター・ロザンヌが挨拶をしたのだろうと、アリアは判断した。出迎え時は、今後もシスター・ロザンヌが顔を出してくれると聞いていたので、この部分には、あまり不安もない。
やってきた人々は、皆上質な服を着ている。
貴族出自の者ばかりで、皆が王宮の関係者だった。文官もいれば武官もいる。アリアには、まだ誰がどんな立場の人間かを理解する力は無いが。
暫く見守っていたアリアは、不意に、後の方から降りてきた人物を見て、目を丸くした。明らかに自分と同年代だと考えられる人物が、姿を見せたからである。黒い髪に紫色の瞳をしているその青年のみ、他の人々よりも圧倒的に若い。他の視察に来た人々は、どちらかといえば、シスター・ロザンヌと同年代か、その少し下くらいに見える。
ぼんやりとアリアが眺めていると、青年が顔を上げた。そして気怠そうな顔で、片目だけを細めた。目が合ってすぐ、すいと青年は顔を背けた。目を逸らされたので、アリアも不躾に見るのは失礼だと判断し、それに別に見る理由も無かったので、シスター・ロザンヌの方へと視線を戻した。
その後、シスター・ロザンヌの出迎えに応えるように、貴族が挨拶を開始した。
それは非常に――退屈だった。
アリアは秋とは言え寒空の下、プルプルと震えそうになるのを堪えながら、表情にだけ真面目な色を浮かべて、終始俯いていた。挨拶は、まだ終わらないのだろうか。彼女は何度も何度もそう考えていた。
そんな挨拶が漸く終わった時、孤児達が来訪者に花束を渡した。全て庭に自生していた雑草であるが、リボンをつけると可愛らしい。こうして、お菓子が振舞われる時間となった。孤児に振舞うという形ではあるが、視察者達も食べている。シスター・ロザンヌは否定していたが、アリアの考えは別段間違ってはいなかったのだ。
「……美味いな」
不意に、ポツリと声がしたので、アリアは横を見た。するとそこには、先程アリアが顔を逸らされた青年が立っていた。
「イステリア修道院で用意した品なんです」
自分の修道院が褒められたように感じて嬉しくなり、アリアが満面の笑みを浮かべた。それを聞いた青年は、シスター・ロザンヌをチラリと見てから、アリアに視線を戻した。
「貴女もイステリア修道院のシスターなのか?」
「ええ。この場に本日は、シスター・ロザンヌと私が来ております」
「とすると、貴女がこのクッキーを作ったのか?」
「う……い、いいえ……そ、その……それは、今日は、シスター・ロザンヌが手配して下さいました」
アリアが顔を引きつらせると、青年が小さく顎で頷いた。
「シスター・ロザンヌという人物は厳格だと耳にしていたが、年功序列の信奉者という事もなく、自らこうしたご準備もなさるのか。人格者なんだな」
「え、ええ! ええ! そうです! シスター・ロザンヌはとても凄い人なんです!」
「慕っているんだな。貴女は、名前は? 俺は、クレイヴ=アーベントロートと言う」
「アリアです」
精一杯の笑顔を浮かべて彼女が答えると、クレイヴと名乗った青年が、再び小さく頷いた。必死で話しながら、アリアは漸くまじまじとクレイヴの顔を見るに至った。形の良いアーモンド型の目をしている。アリアが一人中一位の顔面美の持ち主だとするならば、クレイヴは五人中二位くらいには素敵なのかもしれないと、アリアは考えた。
「今、アリアはいくつだ?」
「二十一歳です」
「不躾で悪いが……貴女のように若くして修道院に入るというのも、珍しいように思う。どうしてまた、シスターに?」
「私は生まれた時からここにいまして、それで……」
「――孤児だったという事か?」
「はい!」
勢いよくアリアが答えると、クレイヴが何度かゆっくりと頷いた。物腰が穏やかだなとアリアは感じる。優しそうな顔立ちではないが、少なくとも口調は静かだ。
「孤児にも、聖職者になる以外の選択肢があると俺は聞いているが、他の職業に就こうとは思わなかったのか?」
「私はカゴに入っていたそうなんですが、カゴの中に、『修道女にして下さい!』という内容と私の名前を書いた手紙があったそうなんです」
「……そうか」
クレイヴは腕を組むと、それからじっとアリアを見た。
「自分を捨てた両親が憎いか?」
「へ? いえ、別に?」
「そうか」
アリアの言葉を、特に否定するでも同意するでもなく、クレイヴは聞いている。きっと同情してくれたのだろうと考えて、アリアは微笑した。クレイヴが優しい人物のようだと感じたのである。
「来週は、私がお菓子の用意をしようと思います! 食べに来て下さいね!」
今度は、自分が作ったお菓子をぜひ『美味しい』と言って欲しいなと感じて、アリアは述べた。するとクレイヴが虚を突かれたような顔をした後、初めて笑顔を見せた。
「――そうか。期待しておく」
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