神様の花嫁

猫宮乾

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【七】無意識

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「我輩には、最近の若い者の感性が分からんな。我輩の若い頃であれば、不味いからといって自分で作って新しく渡すなど、嫌味以外の何者でも無かったがな」

 クレイヴが視察の翌日、宰相執務室を訪れると、片手で頬杖をついた宰相閣下が声をかけてきた。その声に、クレイヴがピクリと反応した。

「シスター・ロザンヌから礼状が届いていた。我輩宛に、クレイヴ卿へ伝えて欲しいとな」
「……そ、そうですか」
「しかし――それほどクレイヴ卿のクッキーは美味なのか? 我輩も興味があるのだが」
「俺の興味は、以前提出した結界魔術の実験施設の費用についてなのですが、きちんとご検討頂けていると思って良いんでしょうね?」

 宰相閣下は、クレイヴの言葉には何も答えなかった。クレイヴが両目を細くする。そして言葉を探していると、不意に宰相閣下が両腕を組んだ。

「時に、次で一ヶ月となるし、視察はもう良い。クレイヴ卿が、民草に、自ら菓子を振舞うほど心を開いてくれたと分かっただけでも成果だ。今後は再び我輩が行く事とする」

 それを聞くと、クレイヴが小さく息を呑んだ。それから小さく瞳を揺らしてから頷いた。

「そうですか。分かりました」

 頷いてから、少しの間仕事のやり取りをした後、クレイヴは宰相執務室を後にした。そして王宮の回廊を歩きながら、何となく物憂げな気持ちになっていた。

 元々、多忙であるし、孤児院の視察になど、望んでいったわけではない。

「面倒事が一つ減って何よりだ」

 ポツリとそう呟いたクレイヴは、それから、一瞬だけ胸の中がザワリとした気がした。
 ――面倒事?
 そこで気がついた。決してそんな風には感じていなかった。あの区画で生きるアリアと言葉を交わし、これまで漠然と魔獣災害等から守ってきた街や人々が暮らしている事を知った時間は、とても貴重だったし、温かかった。

「もう少し……話がしてみたかったな」

 立ち止まったクレイヴのそんな言葉は、誰も聞いていなかった。


 その翌週には、初雪が降った。この日も書類を宰相府の執務室に届けに行きながら、クレイヴは漠然と、『視察の日だな』と、思い出していた。この一週間、特に誰に何かを言うでも無かったが、ずっと考えていた。

 ノックをして中へと入ると、宰相閣下が羽ペンを動かしていた。

「おはようございます、宰相閣下」
「ああ、しかしこんなにも早く雪が降るとは。驚いただろう? クレイヴ卿も」
「ええ。例年より少し早いですね。それに昨年は暖冬でしたし」
「歳のせいか、朝から腰が痛くてたまらん。我輩も、寄る年波には勝てぬな」

 それを聞いた時、クレイヴは一瞬動きを止めた。それから慎重に書類を机に置いた後、非常に何気ない風に述べた。

「腰は辛いですね、特に馬車なんかは」
「その通りだな」
「そ、の――……今日は、孤児院の視察では? 酷いようでしたら、俺で宜しければ代わりましょうか?」

 実に、興味など無い、世間話かのような口ぶりのクレイヴである。
 だが宰相閣下はその声に、少し驚いた様子で顔を上げた。そしてチラリとクレイヴを見た。何か言われるのではないかと、それこそ望んで行きたがっていると知られたのではないかと、クレイヴは狼狽える。別に、望んで視察に行きたいと述べても悪い部分などないはずなのだが、クレイヴは珍しく緊張していた。恐らく、脳裏に浮かんでいるのが、アリアの顔だったからだろう。

「お願い出来るなら、有難いな。悪いな、クレイヴ卿。助かる」

 しかし宰相閣下は深く追求しては来なかった。
 それに内心で安堵しつつ、馬車の時間を聞いてから、クレイヴは部屋を後にした。
 外に出た瞬間、心臓がバクバクと煩くなり、何故なのか頬が熱くなった。

 悪い事など何もしていないのに、やはり悪い事をした気分だった。
 同時に……アリアに会える、と、思っていた。無意識だった。




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