神様の花嫁

猫宮乾

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【六】面倒事?

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 次の視察の前日。
 アーベントロート侯爵家の厨房には、一心不乱に材料の計測をしているクレイヴの姿があった。クレイヴが魔術の練習関連で菓子の材料いじりをする事に、この邸宅の家令も執事もシェフも侍女・侍従もみんな慣れているので、何も言わない。

 クレイヴの両親は、クレイヴに早々に爵位を譲ってからは、アーベントロートの領地の一つで長閑に暮らしている。夫婦水入らずで過ごしている。おしどり夫婦としても有名だ。

「何してるんだ、兄上?」

 そこへひょいと、クレイヴの弟のジェードが顔を出した。魔術を使うクレイヴとは異なり、剣で武功を重ねているジェードは、現在王国第二騎士団に所属している。ジェードは今年で、十八歳だ。男二人の兄弟なのだが、昔から方向性が違うためなのか、仲は悪くない。

「お菓子だろ? この匂い。兄上の菓子類は本当に美味しいから、完成したら八割くらい俺にくれ。だけど兄上が菓子作りをするのは、大体が、誰かに頼まれた時か嫌な事があった時だけど、何かあったのか? 兄上に、気軽に菓子作りを頼める人間なんていないだろ?」

 不思議そうなジェードの声に、クレイヴは眉間に皺を刻みそうになった。言われてみれば、それは正しい。その上で――自発的にお菓子を作ろうと思った事など、初めてに等しいと気がついてしまい、頭痛を覚えた。

「嫌な事なら、俺も聞くぐらいならできるぞ?」
「無い」
「じゃあ頼まれたのか?」
「いいや」
「完成したら、八割俺にくれるか?」
「――明日、孤児院の視察に行くんだ。そこで振舞う予定なんだ」

 アリアの名前は出さなかったが、正直にクレイヴは述べた。するとジェードが曖昧に頷いた。

「よく分からんが、それ、兄上の手作りである必要性がある……みたいだな。その、なんというか、魔術学院時代の長期休暇で、この厨房に詰めてた時と同じくらいの気迫を見る限り。が、頑張れよ? 兄上。俺は明日、非番だがソフィアとデートだから寝るわ、おやすみ!」

 ソフィアというのは、ジェードの恋人である。ソフィアは元々はクレイヴの許婚だったのだが、ジェードとソフィアが相思相愛になったのをきっかけに、婚約は解消した。元々が家同士の取り決めであったし、クレイヴとソフィアの間には友情しか生まれなかったので、特に波風が立つ事も無かった。

 その日、無事にクッキーは完成した。


 こうして、視察の日が訪れた。馬車に乗って、クッキーを膝の上に乗せているクレイヴは、これで三度目になる孤児院街が近づいてくる風景を窓から見ていた。味見はした。我ながら完璧だった。僅かに余った材料で、ジェードとソフィアの二人で食べるようにと、小さなプレゼントも家に置いてきたのだったりするが――……問題は、アリアが喜んでくれるかどうか、であると、クレイヴは正確に理解していた。

 この日の長い挨拶の間、クレイヴは先にテーブルに載せたクッキーのカゴからなるべく顔を背け、熱心に挨拶を聞いているふりをして過ごしていた。

 そして、貴族の長い挨拶が終了した。

「クレイヴ!」
「約束だからな」
「有難う。いただきます!」

 満面の笑みのアリアを見て、緊張しながらクレイヴは感想を待った。一口食べたアリアは、目を見開き、長い睫毛の合間から瞳をこぼれ落ちそうにし、頬をどんどん染めていき――最終的に、非常に上品に一枚を食べ終えた。

 クレイヴとしては、カゴがすぐにカラになっても不思議はない程度には上出来だと考えていたのだが、あんまりにもアリアの食べ方は、上品すぎた。偏見かもしれないが、とても孤児には思えない。あんまりにも優雅で洗練された食べ方に見えた。修道院では礼儀作法も習うのだろうかと、クレイヴは考えたほどだ。

「良いですか、クレイヴ卿。本来、施しの品は、規定のもの以外は、受け取りませんし、なお言うのならば、聖職者個人への贈り物など論外です」

 そこへシスター・ロザンヌが声を挟んだ。するとアリアが振り返った。

「シスター・ロザンヌ! 食べてみて下さい!」
「ア、アリアがどうしてもと言うのですから、仕方がありませんわね」

 シスター・ロザンヌは、そう言うと、一枚クッキーを口に含んだ。そして小さく震えてから、満面の笑みを浮かべた。シスター・ロザンヌの笑顔は、クレイヴの笑顔よりも貴重かも知れない。

「こちらは、責任を持って、イステリア修道院宛の寄付として処理致します。ですが、次はありませんからね? お気を付け下さいますように!」

 クレイヴは何度か頷きつつ、やはり美味しいは正義だと確信した。



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