神様の花嫁

猫宮乾

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【五】アリアのお菓子

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 視察は、週に一度行われる小規模なものと、三ヶ月に一度行われる大規模なものがある。アリアは、来週もまた小規模な視察である事を念頭に置きながら、部屋で埃を被っていたレシピ本を手に取っていた。

 窓辺の椅子に座り、そっと開いて、美味しそうなお菓子の絵を眺める。
 クレイヴと約束をしたので、次は自分の手でお菓子を用意するつもりである。

「何を作ろうかなぁ」

 過去に、アリアが最も褒められたお菓子は、スイートポテトである。しかし折角だから、もっと凝った品を作ってみたいようにも思う。

 アリアはお菓子を作る事が嫌いではない。だが、周囲はアリアがたまに作っても、特に喜んで食べてくれるような事はない。なので、作り甲斐が無い。その点、クレイヴは、楽しみにしていてくれる風だったので、アリアのやる気がとても出ていた。



 ――こうして、次の視察の日が訪れた。
 気合いを入れて早起きをしたアリアは、修道院の食堂脇の厨房で、一所懸命に小麦粉と戦っていた。本日の目標は、クッキーである。お菓子を作るのだとアリアが張り切っていると知ったシスター・ロザンヌが『最初の日に、クッキーと決めたのだからクッキーにするべきです。それ以外だというのならば、スイートポテトのみ許します』と厳命した為、アリアはクッキーを作る事に決めたのだ。クッキーは奥が深い。

「喜んでくれるといいなぁ」

 誰かの為に作るというのは、楽しいなと考えながら、アリアはクッキーを焼いた。
 完成した品を小さなカゴに入れていく。
 それらが済んでしまえば、視察の人々が訪れるまでは、いつもと変化は無い。
 お掃除をしたり、お祈りをしたりしながら、アリアは日中を過ごした。

 シスター・ロザンヌと共に、カゴを手にして視察の場へと向かったのは、この日もお茶の時間帯になってからの事だった。

 アリア達が待っていると馬車が停まり、この日もクレイヴが降りてきた。クレイヴの方も顔を上げ、前回とは違い、最初からアリアを見て――目が合ったが、特に逸らしたりもしなかった。それが嬉しくて、アリアは笑顔を浮かべた。

 この日も貴族の挨拶は非常に長かったが、アリアはクッキーの事で頭がいっぱいだった為、特に気にならなかった。テーブルの上のカゴと、クレイヴの横顔を交互に見てばかりいた結果、シスター・ロザンヌに足を踏まれた。

 そうして挨拶が終わった。するとアリアが立つテーブルの横に、クレイヴが立った。

「あの、良かったらこれを……!」

 アリアが白磁の頬を染めてカゴを差し出すと、クレイヴが微苦笑した。前回の約束を覚えられていた事が、彼もまた嬉しかった。二人を見て、シスター・ロザンヌが何とも言い難い複雑そうな顔をしている。

「有難う、アリア」

 そう言って、クレイヴがクッキーを一枚手に取った。見た目は、本当にキラキラ輝いている美味しそうなクッキーである。端正な薄い唇をあけて食べたクレイヴは、直後盛大に噴いた。

 不味かった。料理に対する冒涜、いいや毒殺……そんな言葉が、彼の頭を過ぎる。しかし咄嗟に探知魔術を展開したが、毒物の気配は無い。もしかしたら、孤児の食生活というのは、これが通常なのかもしれない。貴族育ちの己には理解出来ないだけなのかもしれない――と、いう部分まで瞬時に考えたが、最終的にまた思った。不味い。

「っ、げほ……ッ、ご……ごほ」
「!? 喉に詰まりました!? すぐにお水を――」

 アリアが慌てている。
 シスター・ロザンヌは、哀れむような眼差しで、自身が用意していた紅茶のカップを、クレイヴへと差し出した。涙すら浮かべながら、クレイヴはそれを受け取り、必死で飲み込む。それから肩で息をしながら、残ったクッキーの破片を、クレイヴがそれとなく皿の上に置いた。

「そ、その……孤児院では、よくこういった味の品を?」
「え?」

 クレイヴが引きつった笑顔で問いかけると、アリアが首を傾げた。するとシスター・ロザンヌが咳払いをした。

「先週は、私が用意したと記憶しておりますが、クレイヴ卿は、アレとコレが同じだと仰りたいのかしら?」
「……」

 言葉に詰まったクレイヴは、確かにその通りだと気がついた。アリアが苦笑する。

「シスター・ロザンヌは、お料理がお上手ですから」
「はっきり言います、シスター・アリア。貴女が下手なのです」

 過去にも何度も、シスター・ロザンヌから指摘されてきた事ではあったので、アリアは項垂れた。それから上目遣いにクレイヴを見る。

「不味かった?」
「あ……その……――不味かった」

 クレイヴは、正直者である。最初は、『気持ちは嬉しかった』だとか、色々言葉を検討した。『個性的な味だった』だとか、なるべく傷つけない表現方法を考えようとした。だが――元来、無駄が嫌いな性格なのだ。そもそもの話、何故、『アリアに嫌われるかもしれないから指摘しない』等という選択肢が自分の頭の中に生まれてしまったのかが、疑問だった。考えてみれば、この一週間、アリアの事ばかり思い出していた自分が不可思議である。そう結論付け、正直者のクライヴは述べたのだ。別に嫌われたって良いではないか。

「ごめんなさい」

 アリアが涙ぐんだ。アリアとしては、ただクレイヴを喜ばせたかっただけなのだが、それが独りよがりだったのだと、改めて理解していた。シスター・ロザンヌにそれとなく止められた時、素直にやめておけば良かったのだと、深く後悔し、反省していた。

「アリア、その……」

 あんまりにも悲痛な面持ちを見て、クレイヴが手を伸ばしかけて、動きを止めた。相手はシスターであるから、迂闊に触れるわけにもいかないし、事実とはいえ傷つけたのは自分だという理解もある。その結果、気が付くと告げていた。

「……今度は、俺が作る」
「――え?」

 クレイヴが何を言いだしたのか、アリアは最初、分からなかった。

「俺は魔術師なんだ。魔術師は魔法薬の技術習得が必須で、その練習過程で菓子作りの講義があるんだ。だから一通りの菓子は、俺も作れる。つ、次は、俺が持ってくるから! 待っていてくれ!」

 何故こんなにも必死にそんな事を述べてしまったのか、クレイヴ本人も自覚出来なかった。そんな二人を、非常に複雑そうな顔で、シスター・ロザンヌが見ていたのであった。


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