あやかしも未来も視えませんが。

猫宮乾

文字の大きさ
13 / 71
―― 第一章 ――

【013】初めての休日と外出

しおりを挟む
 こうして定められた、初めての〝お休み〟が訪れた。
 本日は仕事をしないようにと言われているが、かといって何をすればいいのかも分からず身支度を整える。現在身につけている着物は、ここでお世話になるようになってから、真奈美と渉が運んできてくれた品だ。袖を通して、ぼんやり考えていると、戸が開いた。

「あら、時生さん! 寝坊したのかと思ったわ」
「おはようございます、真奈美さん」
「お休みでも、ご飯は必要でしょう? もう、用意は出来てます。さぁ、行きましょう!」

 その言葉に、時生は驚いた。
 世話という仕事がなくても、同席していいのだろうかと、困惑する。
 だが出て行った真奈美は当然だという様子だった。


 そこでおずおずと階下へ向かうと、洋間の食卓には、既に偲と澪の姿があった。

「おはよう、時生」
「遅いぞ! 時生、早く座れ!」

 柔和に微笑した偲と、元気のよい澪は、ごくごくいつもと同じだ。

「おはようございます……」

 頷きつつ、本当にいいのだろうかと考えながらも、定位置となっている己の席に、時生は腰を下ろす。本日の献立は和食だった。焼き鮭と厚焼き卵がとくに目を惹く。

「いただきます!」

 澪が手を合わせる。どうやら、己を待っていてくれたらしいと悟り、時生は胸がいっぱいになった。自然と二人に受け入れられている事実に、まだ慣れないでいる。

 朝食が始まり、時生は箸で白米を口へと運ぶ。
 この一粒一粒がどうしようもなく貴重に思えて、愛おしい。

「ところで、時生」

 その時、偲が時生を見た。

「はい」
「今日の予定は決まっているか?」
「いえ……何をしたらいいのか分からなくて……」

 時生は正直に述べた。これまでの人生において、休みなど与えられた事が無かったからだ。すると小さく頷いた偲が、続けて口を開いた。

「俺は少し買い物に行きたいんだ。一緒に行かないか?」
「あ、はい!」

 荷物持ちを探しているのだろうかと、時生は考える。お世話になっているのだから、当然その程度は行いたい。大きく時生が頷くと、澪が二人を交互に見た。

「お土産、買ってきてくれるか? お父様」
「そうだな。良い子に待っていると約束できるなら、考えよう」
「考えるだけでは駄目だ! 約束してくれ!」
「抜け目がなくなってきたな……」

 偲と澪のやりとりが微笑ましくて、自然と時生の口元も綻んだ。
 食事の時は、穏やかに流れていく。


 食べ終えてから、一度部屋に戻り、こちらも借りている外套を羽織ってから、時生は玄関へと向かった。すると和の装いの偲が立っていた。軍服姿を見る機会の方が多いから、少しだけ新鮮に思える。

「それでは行くとするか」
「はい!」

 こうして二人で、礼瀬家から外へと出る。
 向かった先は、深珠区の中心街にある商業区画だった。様々な店舗が並んでいる。路には馬車や人力車、時には非常に珍しい自動車が走っている。少し先には、時生は見た事が無いが、線路があると聞いた事があった。

 時生は生まれた時からこの土地で暮らしているのだが、ほとんど高圓寺家から外に出たことがなかったので、なにもかもが珍しい。

「偲様」
「うん?」
「なにを買いに行くんですか?」
「ああ、呉服屋に行こうと思ってな」

 時生は納得した。確かに衣替えの季節……としては、少し遅いほどだが、冬の支度は必要だ。路を熟知している様子の偲の隣を歩いていくと、人の波が多くなり、皆が忙しなく歩いている中に紛れるかたちとなる。はぐれないようにと気をつけていた時、偲がある店の前で立ち止まった。

「ここが、礼瀬の家が懇意にしている呉服屋なんだ」

 偲はそう言うと、戸を開けて中へと入った。その後ろに時生が続く。

「いらっしゃいませ。おや、これは礼瀬様。どうぞ奥へ」

 すると中にいた店の主人が笑顔を浮かべた。偲が小さく首を振る。

「まずは店の中を見せて欲しい」
「ええ、ええ、構いませんよ。本日は、どのような品をお求めですか?」
「こちらの時生に、合う服をと考えていてな」
「そうでございますか。時生様のご年齢ですと、右の窓際の列は、帝都で人気の男性向けの着物を並べてありますよ」
「そうか、感謝する」

 偲はそう言うと真っ直ぐにそちらへと向かう。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...