21 / 71
―― 第一章 ――
【021】熱と悪夢
しおりを挟む無事に帰宅し、玄関の扉を偲が開ける。
先に中に入った二人に続こうとした瞬間、時生の視界が歪んだ。
「っ」
突然目眩に襲われたかと思った時には、視界に映る景色が変わっていた。
高い耳鳴りがする。
「時生!」
慌てたように偲が自分を抱き留めていると分かる。時生は、そのまま意識を手放した。
次に目を覚ますと、周囲は暗かった。
布団の上に寝ていて、頭に濡れた布がのせられていた。
「目が覚めたか?」
偲の心配そうな声に、何度か瞬きをしてから、時生が視線を向ける。
「恐らくは、初めて力が顕現した事から、体に負担がかかったんだ。今、時生は酷い熱だ。目が覚めてよかった」
当たりは薄暗い。
時生は小さく頷き、そのまま再び眠ってしまった。
ようやく熱が下がったのは、三日後のことだった。時生は起き上がり、この日は最初に湯を借りた。熱いお湯に浸かりながら、先日の死神の件が、夢では無かったのだなとぼんやり考える。お湯から右手を持ち上げてみてみる。なんの変化もない掌だが、確かにあの時は熱くなり、青い炎を放つことができた。
「破魔の技倆……僕に、そんな力が……?」
これまで、無能と呼ばれて蔑まれ生きてきた。
突然そのように聞いても、全く実感はない。
湯から上がり、着替えて外に出ると、偲が歩いてくるところだった。時生の姿に気づいた偲が、ほっとしたように息を吐く。
「よかった」
「え?」
「長湯だったものだから、まだ本調子ではないだろうし倒れているのではないかと心配した」
時生は苦笑する。偲はとても優しい。少し心配性なほどだと感じるが、これが普通なのか時生には分からない。この邸宅に来るまでの冷ややかな人々との温度の乖離に、まだ順応できないような感覚だ。
「食事は運ばせるから、今日一日は休むように」
「ありがとうございます。ぼ、僕、もう大丈夫です」
「もっと自分を大事にするように」
偲はそう言うと、時生に歩みより、その頭をポンポンと二度、叩くように撫でた。
それから時生は部屋へと戻った。
するとすぐに、真奈美がお膳を運んできてくれた。久しぶりのきちんとした固形物の食事に、箸がとても進む。
「時生さん、大変だったんですって?」
「あ、はい……でも、もう平気で……」
「そう? 無理はしないでね? あとでまた、様子を見に来ますからね! でも元気になったなら、本当によかった」
にこやかにそう言って、真奈美が出て行く。彼女が回復を喜んでくれたことも、時生は嬉しかった。
食後は大人しく体を休めることにし、布団に横たわる。
すると意識はあるのに、瞼の裏に夢が広がるという、不思議な状態になった。
自分が寝ているのは分かる。だから、この風景は夢だ。
夢の中で、時生は洋館の大広間にいた。正面の階段から吹き抜けの二階と三階までに、銀縁に紺色の絨毯が敷かれていて、床自体は白い大理石だ。天井からはシャンデリアがつり下がり、入り口のそばにはシャンパンタワーがある。
白い布がかけられた丸いテーブルが各所にあり、そこには料理や果物、他の飲み物などが並んでいる。
その場に時生は、気づくと立っていた。
これは夢であるはずなのに。
立ってその場で、夢を体験していた。
正面にはリボンをつけた長いくせ毛の女の子と、銀髪の糸目の青年がいる。二人とも時生と同年代だ。そして、時生の隣には、左手のテーブルの赤ワインのグラスに手を伸ばそうとしている、不機嫌そうな裕介がいる。久しぶりに目にする異母兄の姿に、夢だというのに、時生は怯えて萎縮する。おろおろと見守っていると、グラスを手にした裕介が、それを呷った。
直後、それを裕介が吐き出した。パリンとグラスが割れる音がする。
両手で喉をかきむしっている裕介は、また赤い液体を口から吐いた。
いいや、それは紅色で、次第に黒も混じった。ワインではない。
――血だ。
時生がそう気づいて目を見開いた時、ガクリと裕介の体が傾き、床に頽れてぶつかった。唖然としていると、会場に一拍の間静寂が訪れ、直後悲鳴が溢れかえった。
「!」
そこで時生は目を覚ました。既に翌日のようだった。全身にびっしりと汗をかいていて、鳥肌が立っている。
思わず右手で口を覆った。
あまりにもリアルな異母兄の死ぬ夢に、心臓が早鐘を打つ。
「夢……」
酷い夢だった。気分が悪くなり、時生は青ざめる。上半身を起こして、俯きながら、布団を両手でギュッと握った。
具合が悪いから、不穏な夢を見たのかもしれない。
もう少し、休んだ方が良いのかもしれない。
そう考えて気分を落ち着けてから、時生は飲み物で喉を癒やすことに決める。部屋を出て、台所へと向かいながら、本当は一人でいたくないだけだという自分の気持ちを理解していた。
その後、時生は炊事をしていた小春の後ろでテーブルに座り、オレンジジュースを飲んだ。元気になってよかったねと言われているうちに、夢の事は忘れる事が出来たのだった。
13
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる