あやかしも未来も視えませんが。

猫宮乾

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―― 第四章 ――

【066】書き初め

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 正月を迎えて二日目。
 時生は、本日はゆっくりと、澪と共に和室で過ごしている。
 火櫃が時折音を立てる中で、文鎮を載せた半紙を前に、澪が真剣な表情をしている。
 その隣に座り、時生は穏やかな眼差しで、澪の書き初めを眺めていた。

「できたぞ!」

 大きく筆で、『たつ』と書かれた文字を見て、時生は柔らかく笑う。

「お上手です。そっかぁ、今年の干支だもんね」
「うん。うん! おれ、おれ! きちんと時生に教わったのを覚えてるんだぞ! 聞け!」
「うん?」
「『子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥』だ!」

 それを聞いて、時生は最初に澪の部屋で、知識を把握したあの日のことを思い出した。
 初秋のことだというのに、もう懐かしさが溢れてくる。

「そっか。本当に澪様はすごいね」
「だろう?」

 すると澪が誇らしげな顔で笑った。それを目にしながら、時生は目を閉じて両頬を持ち上げる。

「だけどね、あの日僕も、澪様に教わったんだよ」
「ん?」

 時生の声に、澪が目を丸くし、不思議そうな顔をする。

「思えばあの日、澪様が……僕に初めて、自然体でここに居ていいと教えてくれたんだよ。今、僕がこうやって――それこそ敬語でもなく、そして自然に礼瀬家で過ごせるのは、元を正せば澪様が僕に、ここに居ていいって、最初に教えてくれたからなんだね……僕はあの日はまだそれが上手く分からなかったけど、今は……澪様の優しさが、あの時よりもずっと理解出来るよ。ずっとここで過ごす内に、僕は澪様と同じ事を、みんなに教えてもらったけれど、一番最初にそうやって、僕のことを考えてくれたのは、澪様だよ。偲様がいていいと仰ってくれたのが始まりだけど、最初にこの家で、僕のことを僕に分かるかたちで受け入れてくれた澪様の優しいところが、僕は大好きです」

 そう語った時生は、小さく苦笑する。あくまで自分の考えであるし、幼い澪には、もしかしたらそのように深い気持ちは無かったのかもしれない。だが驚いた顔をしていた後、澪はさらに満足そうに唇の両端を持ち上げながら、筆を置く。そして正座を崩して立ち上がると、隣から時生に抱きついた。

「時生は家族だ。だから、だから……お、おれは! このおうちにこれからも時生が一緒にいてくれたら、とっても嬉しい。おれが、時生が家族になったって……そう思えるようにしたというなら、それはおれもみんなに、ここにいたら家族だって教えてもらったからだ。おれもみんなに教わった。教わったことを時生に教えただけだ。おれはずっといたから自然と教わったけど……時生に教えられていたなら、おれも時生の先生ということだな!」

 澪はギュッと時生の腕を抱きしめて、額を押しつける。

「優しいのは時生も同じだ。おれも優しくありたいから、すごく嬉しい! お互いが、先生だ! そして……ライバルというのだろう? この前、カタカナ語辞典で読んだ! 切磋琢磨だ! おれたちは、優しいことの勝負をしよう。ゴールも覚えたんだ。届くところだ。だから一緒に、優しい一番になろう! 一緒に優しいのゴールテープという紐を切ろう! 二人、優しい一番がいたら、きっとお父様も……お父様はもう一番優しいし、喜ぶ! お母様も喜ぶ!」

 今度はそれを聞き、時生が目を丸くした。そして破顔してから、大きく頷く。

「僕、負けません。負けないけど、二人で一緒に、ね?」
「うん!」

 嬉しそうに顔を上げた澪と視線を合わせて笑顔になりながら、時生はこの日、自分では『不撓不屈』と書いたのだった。それは昨年覚えた座右の銘でもあった。何事も、諦めなければ、今後も優しさにも出会えるのかもしれない。そして優しさを返せるかもしれない。この気持ちを、記憶を、先生と慕われるならば、誰かに分けてあげたいと、触れる機会をあげたいと、そんな風に感じた正月のひと時だった。



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