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―― 第四章 ――
【065】今年最後の月隠り
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大晦日が訪れた日、時生はじっくりと年の湯に浸かり、迎えた夜、ゆったりと和装に着替えた。ここのところは軍服といった洋装が多かっただけに、慣れ親しんだ和の気配と、年の瀬特有の一区切りが訪れたような心地は、全身の指の先までの緊張を解すと同時に高揚感を与えてくれる。
歳神様をお迎えする用意を終えた礼瀬家では、本日は小春や真奈美、渉といった住み込みの皆も、静子や澪、なにより偲、そして時生も含めて、一年の災厄を断ち切るための蕎麦を食べながら、新年を迎えることとなっている。
西洋の暦が流入して久しいが、数え年の文化は今も根強く、あと数時間で時生は、数えでは二十一歳となる。新たな年の幕開けが間近だと肌で感じながら、時生は皆がいる居室で、大きく息を吐いた。
考えてみると、いくつもの事件が起きた。
特に鴻大の件を考えるならば、こうして全員がこの場に集い、元気に顔を合わせていられるのも、実は貴重な偶然だったのかもしれないと感じる。
いつの間にか、敵意あるあやかしが、ごく間近に忍び寄っている恐怖もまた、今年時生は初めて知った。
だが一番の学びは、追い出されたと感じ向かった先で、きちんと新しい世界と出会い、自分を受け入れてくれる場所があると見つけた事、なによりその後、自分自身が率先して踏み出す勇気を知った事なのではないかと考えている。蕎麦を食べた時、時生は過去の自分とも決別したいと考えた。ただし、忘れたいわけではない。前を見て進むことが出来るのは、紛れもなく過去があるからだと時生は感じている。人は、変わることが出来る。それは変化する以前を知らなければ、理解するのが中々に困難だと時生は思っている。
「ああ、除夜の鐘が聞こえてきたな」
偲の声で、時生は顔を上げた。
耳を澄ませば、遠くから心に染み渡る鐘の音が、確かに響いて聞こえてくる。
「なんとか午前中に終わったからいいですけど、明日はお掃除が出来ないなんて。やる事が無いというのも落ち着きませんね」
真奈美が苦笑するようにぼやく。小春は穏やかに笑っている。
「いいではありませんの。寝正月、楽しみましょう。皆様も。私を見て、『初鶴』と参りましょうね?」
静子の声に、渉が何度か頷いた。
「『初鶴』かぁ。俺、まだ季語が苦手なんですよね……来年こそ覚えるぞ!」
その決意に、偲が楽しそうに視線を向ける。
「渉なら出来る。今年もよく勉学を頑張ったようだな」
「そりゃあそうですよ! 俺、礼瀬の書生なんだから! 荷運びが仕事じゃないんですからね!」
渉は自慢げに言いながら、後半は真奈美を見た。真奈美は知らん顔をしている。
「時生!」
その時隣に座っていた澪が、時生の袖を引いた。それからギュッと時生の腕を抱きしめると、両頬を持ち上げる。子供らしいふっくらとした頬が愛らしい。
「来年も遊ぼうな!」
「――うん。澪様、いっぱい遊ぼうね」
するとそれを聞いていた偲が、喉で笑う。
「父のこともまぜてくれるか?」
「お父様はお仕事を休んだらだな! お仕事の方がおれより大切な時は、まぜてあげない!」
「……そ、そうか……」
「いつ行くんだ? 遊びに! お休みを待っているんだぞ!」
「ああ、新年の挨拶まわりや、来て下さるお客様の対応が済んだら、年始にはゆっくりと休む時間をもらっているんだ。その時こそ、約束だ」
「うん!」
澪の元気な声が響いてすぐ、除夜の鐘の音が鳴りやんだ。
一同は顔を見合わせる。
「あけましておめでとうございます!」
最初に声を上げたのも、澪だった。その場にいる面々は、そちらを見てから頷き、各々が口を開いて新年の挨拶を述べる。温かな礼瀬家の年末年始、新しい一年はこのようにして始まった。
歳神様をお迎えする用意を終えた礼瀬家では、本日は小春や真奈美、渉といった住み込みの皆も、静子や澪、なにより偲、そして時生も含めて、一年の災厄を断ち切るための蕎麦を食べながら、新年を迎えることとなっている。
西洋の暦が流入して久しいが、数え年の文化は今も根強く、あと数時間で時生は、数えでは二十一歳となる。新たな年の幕開けが間近だと肌で感じながら、時生は皆がいる居室で、大きく息を吐いた。
考えてみると、いくつもの事件が起きた。
特に鴻大の件を考えるならば、こうして全員がこの場に集い、元気に顔を合わせていられるのも、実は貴重な偶然だったのかもしれないと感じる。
いつの間にか、敵意あるあやかしが、ごく間近に忍び寄っている恐怖もまた、今年時生は初めて知った。
だが一番の学びは、追い出されたと感じ向かった先で、きちんと新しい世界と出会い、自分を受け入れてくれる場所があると見つけた事、なによりその後、自分自身が率先して踏み出す勇気を知った事なのではないかと考えている。蕎麦を食べた時、時生は過去の自分とも決別したいと考えた。ただし、忘れたいわけではない。前を見て進むことが出来るのは、紛れもなく過去があるからだと時生は感じている。人は、変わることが出来る。それは変化する以前を知らなければ、理解するのが中々に困難だと時生は思っている。
「ああ、除夜の鐘が聞こえてきたな」
偲の声で、時生は顔を上げた。
耳を澄ませば、遠くから心に染み渡る鐘の音が、確かに響いて聞こえてくる。
「なんとか午前中に終わったからいいですけど、明日はお掃除が出来ないなんて。やる事が無いというのも落ち着きませんね」
真奈美が苦笑するようにぼやく。小春は穏やかに笑っている。
「いいではありませんの。寝正月、楽しみましょう。皆様も。私を見て、『初鶴』と参りましょうね?」
静子の声に、渉が何度か頷いた。
「『初鶴』かぁ。俺、まだ季語が苦手なんですよね……来年こそ覚えるぞ!」
その決意に、偲が楽しそうに視線を向ける。
「渉なら出来る。今年もよく勉学を頑張ったようだな」
「そりゃあそうですよ! 俺、礼瀬の書生なんだから! 荷運びが仕事じゃないんですからね!」
渉は自慢げに言いながら、後半は真奈美を見た。真奈美は知らん顔をしている。
「時生!」
その時隣に座っていた澪が、時生の袖を引いた。それからギュッと時生の腕を抱きしめると、両頬を持ち上げる。子供らしいふっくらとした頬が愛らしい。
「来年も遊ぼうな!」
「――うん。澪様、いっぱい遊ぼうね」
するとそれを聞いていた偲が、喉で笑う。
「父のこともまぜてくれるか?」
「お父様はお仕事を休んだらだな! お仕事の方がおれより大切な時は、まぜてあげない!」
「……そ、そうか……」
「いつ行くんだ? 遊びに! お休みを待っているんだぞ!」
「ああ、新年の挨拶まわりや、来て下さるお客様の対応が済んだら、年始にはゆっくりと休む時間をもらっているんだ。その時こそ、約束だ」
「うん!」
澪の元気な声が響いてすぐ、除夜の鐘の音が鳴りやんだ。
一同は顔を見合わせる。
「あけましておめでとうございます!」
最初に声を上げたのも、澪だった。その場にいる面々は、そちらを見てから頷き、各々が口を開いて新年の挨拶を述べる。温かな礼瀬家の年末年始、新しい一年はこのようにして始まった。
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