世界に二人は、自分に似た人がいるらしい。

猫宮乾

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―― 第一章 ――

【003】身代わりの輿入れまで

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 そして、翌朝。
 ドンドンドンと激しいノックの音に、俺は怪訝に思って、慌てて階下に降りた。そして店のドアを開けると、騎士装束姿の者が四人と、中央に灰色の外套を纏った壮年の男性がいた。

「おお……! これぞ、瓜二つ!!」

 壮年の男性が、がしっと俺の肩を掴んだ。唖然として俺は後ずさろうとした。

「そなたこそが救世主だ! すぐに王宮へと参られよ!」
「え? え? 一体、どういう……?」
「ライナ殿下にそっくりだ!」

 ライナ殿下というのは、このダジェンダル王国の第三王子殿下だ。第二殿下は亡くなっている。そしてライナという名前は、王家にあやかってつけられたので、俺の代には同じ名前が多い。

「私はダジェンダル王国宰相のエッセンバードだ」
「っ、エッセンバード宰相閣下」

 その名前くらいは、俺も王国新聞で見たことがある。俺はポカンとしたまま、今度はがしっと手を握られた。

「そなたには、折り入って大切な頼みがある。すぐに馬車に!」
「ま、待ってくれ。待って下さい。俺には弟がいて、置いてはいけないです」
「では、弟も伴えばよい。とにかく、時間がないのだ。半年……秋の終わりには、大切なお役目を果たしてもらわなければならぬのだからな!」
「お役目……?」
「ここでは話せぬ。とにかく用意をせよ! 用意を!」

 こうして訳も分からぬまま、俺はとりあえずヨシューを起こした。寝ぼけ眼のヨシューを促して階下に戻ると、既に店の前には馬車が来ていた。

 そして馬車に半ば強制的に押し込まれると、それは勢いよく走り出した。
 俺は不安そうなヨシューと二人で、車窓を見る。
 過ぎ去っていく村の風景に、ヨシューが言った。

「どこへ行くの?」
「……わからない。でも、俺がついている」

 俺も不安だったが、ヨシューをこれ以上不安にさせたくはなかった。
 そのようにして三日かけてたどり着いた先は――なんと、ダジェンダル王国の王都にある王宮だった。ヨシューと俺は別の部屋に通された。ヨシューが大丈夫かと不安に思っていると、俺がいた謁見の間に、王冠をかぶった男性が現れた。さすがに俺も、新聞で似姿を見たことがあったので、国王陛下だとわかり、焦って俺は青ざめ、深く頭を垂れた。

「気を楽にして良い。本当にライナに瓜二つだ……」
「っ……」
「折り入って頼みがある。我が息子のライナ……ライナとして、即ち入れ替わり、ユースフェルド帝国に輿入れして欲しいのだ」
「――え?」

 俺は国王陛下の前だというのに、驚いて首を傾げてしまった。

「ここだけの話だが……ライナは結婚が決まっていたのだが……意中の者がいるとして、いなくなってしまったのだ。駆け落ちしたのだ。このようなことが露見すれば、現在は良好な仲を築いている帝国と揉めることは必死。そこで、お主に『ライナ第三王子』として、帝国の皇太子殿下に嫁いで欲しいのだ」

 骨董無稽な話に、俺は反応に困った。

「頼む。国の命運がかかっているのだ」
「で、ですが、俺には弟もいるし……」
「病弱なのだと報せを受けている」
「はい」
「この王都で然るべき治療をすると約束する。あの村にいるよりも、高度な医療を保証する。その後、後ろ盾には貴族をつけ、然るべき信頼できる者の養子としよう」
「えっ……」

 それは、ヨシューの事を考えると、最善だった。俺は思案し、瞳を揺らす。

「この条件で、頼めぬか? なにも心配がいらないように、最大限の手助けもする」
「……」
「半年間、礼儀作法の教育を施し、そして秋の終わりに嫁いで欲しいのだ」

 逡巡してから、俺はヨシューについて思いを馳せた。ヨシューが健康になって、健やかで穏やかな生活を送れるのが一番なのは、間違いないだろう。だから、俺は決意をした。

「わかりました」
「ありがとう。輿入れするとはいっても、帝国の後宮には、多くの側妃もいる。いまだ正妃は選ばれていないようだが。ただ一つ、頼みがある」
「頼み?」
「ライナはアルファであった。そなたは、そのネックガード……オメガだな? ネックガードで露見しかねない。外しもらいたい。代わりに、強力な発情期抑制剤と避妊薬を渡す」
「っ……分かりました」

 俺は頷いた。まぁ、俺のようにガタイのよい、あまり儚く見えないオメガは、アルファの食指をそそるわけではないため、外していても問題ないだろうと考える。過去にも一度も、発情したこともないければアルファに誘われたこともない。

 このようにして、俺の輿入れは決定したのである。

 その後の半年間は、礼儀作法など分からなかった俺は、血の滲むような努力をした。ナイフとフォークの使い方から始まって、字の書き方からやりなおしであり、その他の多くの礼儀作法や、教養として様々な芸術知識などに触れさせられ、たたき込まれた。音楽やダンスもそれは同じで、人生で初めてチェスをしたりもした。王侯貴族というのは、このように大変なのかと、呆然とした記憶は新しい。

 それでも合間をぬってヨシューの元へと通った。ヨシューは俺が行くとえくぼを見せる。

「お兄ちゃん、僕、治ってきたみたい!」
「そうか、よかったな」

 俺も笑みを返す。実際、王都の医療を受け始めてから、ずっとヨシューは顔色がよくなった。俺の判断は、正解だったのだと思う。勿論、露見すれば俺は帝国に処刑されるかもしれないし、国家間だって戦争になるかもしれないが――俺は、ヨシューが大切だ。

「でもお兄ちゃん、遠くへ行っちゃうんでしょう?」
「ああ……でも、手紙を書くから。だから、これからも話せる」
「うん……けど、寂しいよ」
「俺もだよ」

 俺はギュッとヨシューを抱きしめた。そして頭を撫でながら、長々と瞬きをする。
 上手くやれますように、と、までは望まない。
 ただ、なんとか素性がバレず、上手く身代わりになれますようにと祈った。


 その後俺は馬車に乗り、ユースフェルド帝国へと輿入れした。それが、本日のことである。到着した俺に、様々な人が挨拶をしたのだが……肝心の伴侶は、姿を見せなかったという次第である。失踪したライナ殿下と、姿を見せない皇太子殿下は、案外気が合ったのではないかと俺は思った。

 ゆっくりと陶磁器のカップを持ち上げる。甘い花の香りがするお茶の味は、無性にホッとするものだった。こうして俺の、ユースフェルド帝国の後宮での暮らしは、幕を上げたのである。



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