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―― 本編 ――
【四】談義
しおりを挟む「ん……」
ぼんやりと目を開けると、両腕が解放されていて、体が綺麗になっていた。
性行為の後の泥のような眠り……いいや、慢性的な寝不足のせいだったのか、熟睡感が半端ない。上半身を起こすと、宰相閣下がテーブルの前に座して羽ペンを動かしていた。
「起きたか」
「……ああ」
「ではルインを解放して構わないぞ。これが牢獄の鍵だ」
顔を上げた宰相閣下が、俺に鈍金色の鍵を投げてきた。これには見覚えがある。この王宮の地下にある取調室の鍵だ。ひょいと受け取り、俺は頷いた。それからソファに歩み寄って服を着ていると、いつの間にか羽ペンの音がしなくなっていた。なんだろうかと顔を上げると、じっと俺を見ていた宰相閣下が、ハッとしたように顔を背けて赤面した。
「呼び出しには応じるように」
「時間が合う場合は分かったが……」
頷き、俺はネクタイを締めた。
その後手袋を嵌めていると、再びじっと宰相閣下が俺を見ている視線を感じた。
「? なにか?」
「――いいや、イケメンは罪だと思ってな」
「?」
「なんでもない、っ……さっさと迎えに行ってやれ」
よく分からなかったが、俺はルインを迎えに行くことにした。
時計を見れば、午前二時。結構な長時間、俺は宰相閣下の仮眠室にいたようだ。拘束されていた腕に痛みなどは特にない。
階段を地下まで降りていき、俺は牢獄の一角にある取調室の前に立った。
「隊長!」
「……大丈夫か?」
「俺何もしてないんですけど、いきなり『恋人と牢獄プレイをしてみてはどうだ?』って圧をかけられて、ここに放り込まれたんですけど、助けてくれー! ネファは寝ちゃってます!」
涙ぐんでいるルインが、チラリ遠くを見た。ソファの上には、ルインの恋人であるネファという青年がすやすやと眠っている。俺は小さく頷き、牢獄の鍵を開けた。
「誰に圧をかけられたんだ?」
「宰相閣下です」
「牢獄プレイ……結構な趣味をお持ちらしいな」
「あの人、間違いなく変態ですよ! 人は見た目によらないって言うか!」
ルインがネファを抱き上げる。
この日はその場で解散となった。とりあえず、俺の部下は無事であるようで安堵したが……疑惑をかけられた者を護衛につけたとなればまずいだろうかと俺は悩みながら帰宅した。
伯爵家に帰宅した俺は、水をコップにそそいで飲みながら、唸る。
宰相閣下が何を考えているのかはよく分からないが、護衛については問題だ。
俺が行ったらゲーム通りになってしまう可能性がある。だが、ルインが無罪だとして、このことがあったのに行かせたとなったら、また宰相閣下が何か言ってくるかもしれない。
「しかし今から護衛の人材を配置転換するのも難しいな……はぁ」
呟いてから入浴し、俺は就寝した。
◆◇◆
「……はぁっ」
仮眠室に残ったランドは、念願が叶ったことに大歓喜しつつも……ハメ撮り動画映像を繰り返し見ていた。
「いやいやいやいや、男前すぎる。眼福過ぎる」
脅迫するために撮影したはずが、完全に自分用になっている。
いざ実物と体を重ねたらもうダメで、現在頭の中はクラウドのことでいっぱいだ。
生理的な涙で濡れていたサファイアのような青い瞳も、艶やかな黒髪も、しなやかなひきしまった体も、好みでないところがなかった。控えめな声で喘ぎ、その内に快楽に飲まれていく姿などもう動画映像がなくても脳内再生が余裕であった。
「もっとガンガン喘がせたいものだな」
心が欲しいといった思いはない。
とにかくもうクラウドを感じまくらせて、もっと痴態を目に焼き付けたい。
「……はぁ」
事後、寝入っていた端正な顔を思い出すと、腕枕をして朝を迎えたいという思いもあるが、妄想は自由だろうとランドは考えていた。
◆◇◆
こうして葉薫の月の三日が訪れた。
結局俺は、迷いに迷ったが、自分で護衛に行くことにした。ルインはお留守番だ。
「王都に足を運ぶのも久しいな」
ぼそりとクールな声音でユーリ王弟殿下が、馬車から降りながら呟いた。先に降りていた俺が振り返ると、ユーリ殿下が俺を見上げた。
「ところでクラウド隊長」
「……なにか」
「今宵はビーグマット男爵家と関連商会のものとの会食の予定だと聞いていたが、急遽とりやめになったと耳にした。理由は?」
俺は言葉に詰まった。
ゲームによると、そこで俺が禁魔術の使用を開始するという流れがあったから、回避するためである。
「王都で勢いのある商人達との会合を、私は楽しみにしていたのだが……兄上のお力にもなれるであろうし」
「……護衛の観点からの判断です。後ほどまた、別の機会を設けるよう計らいます」
俺は用意しておいた台詞を吐いた。
護衛の観点というのは、まぁ、嘘ではない。俺から王弟殿下をお守りするためだが。
すると長髪を一つに束ねているユーリ殿下が、無表情で頷いた。
この人物はクールキャラだと定評があったが、その内面にはブラコンと表現するにはちょっと重すぎる執着を抱いている設定でもあった。
「そうか。では、参ろう」
こうして視察が始まった。
付き従って暫く歩いて行くと、歓迎のために街路に並んでいる王都の人々が、見目麗しいユーリ殿下の姿にうっとりしていた。横を進む俺の格好が不審者でなければ、ゲームのスチルのようであったかもしれない。
「ところでクラウド隊長」
「……はい」
暫く進むとユーリ殿下が、俺にだけ聞こえる声でぼそりと言った。
「先日、宰相と密談していたという噂を耳に挟んだが」
「密談?」
「ああ。一日の夜、クラウド隊長が宰相の部屋に入っていくのを見たと。事実か?」
「……」
事実であるが、俺は返事に困った。隠すことでは無いと思うが、何故この場で尋ねられているのかが不明だ。
「どうなんだ?」
「……何故です?」
「護衛の件を話したとすれば、その日以外に考えられない。そして宰相府が絡んでいるとなれば、これはゆゆしき事態だ。正直に申せ」
ユーリ殿下は鋭い。しかし近くて遠い……。俺はいよいよ説明に困った。
「その……」
「ああ」
「……牢獄プレイの流行について談義しておりました」
「は?」
「以上です」
嘘ではない。嘘ではない! 変に隠すよりもと、俺は事実を取り混ぜて語ったのだが、ユーリ殿下が唖然とし、不可思議なものを見る目で俺を見た。
「……クラウド隊長は、そういうプレイが、そ、その……好みなのか?」
「いいえ、まったく。微塵も興味はありません」
「そ、そうか……しかし、奇っ怪な流行もあるのだな」
以後、ユーリ殿下は沈黙したので、視察の時は流れていった。
そしてこの日、俺は無事に禁魔術を使うこともなく、仕事を終えたのである。
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