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―― 第一章 ――
【015】いただきます
しおりを挟む勇者と分かれてから、僕は自室へと静かに戻った。
強い黒苺の酒瓶を傾けて、喉へと流し込む。
甘い――だけどなんだか、泣けてきて、勇者は優しいなだなんて思った。
だからこそ、手にかけられて死にたい。
これは狂気なのだろうか。己が正気なのか分からなくなってくる。
瓶を机の上に置いて、僕は大きなベッドに横たわった。
そして気がつくと眠っていた。
「魔王様、お目覚めですか?」
僕がうっすらと目を開くと、すぐに部屋の扉が開いた。
ロビンはいつも、僕が起きるとこの部屋へとやってくる。
「おはよう」
「おはようございます」
僕が掠れた声で言うと、穏やかな顔でロビンが言った。
「朝食の準備が整ってございます。勇者達も既に目を覚まし、朝食をとりたいと騒いでおります」
「すぐに食べさせてあげて」
「いえ、アルト様とご一緒に食べたいとのことで」
なるほど。それで普段は、僕がごくたまに頼まない限り、朝食の用意ができたなんて最近では言わなくなったロビンが、自発的に朝食を用意したのだろう。
「すぐに行くよ」
僕が答えると、側の机に珈琲を用意して置いてから、ロビンが一礼して部屋を出て行った。熱い珈琲が美味しかった。
それから魔術で、体と髪を洗った。普段の僕はお風呂やシャワーが大層好きなのだが、あまり待たせても悪いだろうと思ったのだ。
そうして身支度を調えてダイニングへと向かうと、そこには既に三人の勇者パーティの人間と、城の使用人達、そしてロビンの姿があった。
生き残った使用人達は、壁にピタリと背を当てて、中央にある横に長いテーブルを囲むようにしている。入り口から見て右手、僕の座る奥の席から見て左手に、勇者達は三人横に並んで座っていた。僕が一番奥の席に座ると、右後ろにロビンが立った。
勇者達を見る。オニキスと視線が合うと、苦笑するような顔で、何故なのか頬に僅かに朱を指すようにしてから、さらっと視線を逸らされた。
昨日のことを気にしているのだろうか?
若いなぁと思う。僕だってそんなに経験がある訳じゃないから、正直勇者を見ると羞恥が浮かんでくるのだけれど。
「いただきます」
僕が手を合わせると、不思議な顔で三人が僕を見た。
「――いただきますってなんだ?」
魔術師のフランに尋ねられ、僕は苦笑した。
「食事をする前に、両手を合わせて、『いただきます』って言うんだよ――そうだなぁ、この魔族の土地の千年前くらいからの約束事かな」
「そういえば、街の魔族も、『いただきます』って言ってたね」
神官のルイが頷くように、首を縦に振った。
「いただきます」
勇者が僕を真似るように両手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
フランとルイもまた、両手を合わせた。
今日の朝食は、シーザーサラダとカリカリに焼かれたベーコン、ハッシュドポテト、スクランブルエッグだ。あとはコンソメスープもついている。これならばっちり人間も食べられるメニューだ。土地によって好みの味付けなどはあるだろうが。
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