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―― 第二章 ――
【038】その名は絶望
しおりを挟む気がつくと僕は、元々いた私室のソファへと戻っていた。
「何処へ行っていたんだ?」
勇者の声で我に返った。
「――条件を二つ、出す魔術に成功したよ。だけどもう二度と同じ魔術は使えない」
「そうか、やってくれたんだな。有難う」
「だけど僕を連れて行くって言うのはどういう事?」
僕は神様に出された条件のことを思案しながら、口先だけでそう尋ねた。
「倒したはずの魔王が城にいたらおかしいだろう」
「だったら身を隠すよ」
「俺はお前に、人間の世界を見てもらいたいんだ」
「魔術で見ておくよ」
「違う、アルト自身の目で、だ」
「どうして?」
「俺は、《ソドム》は素敵な土地だと思っている。人間の土地よりもずっと。だから、その――」
「?」
「お前がしてきたことは、していることは、何も無駄なんかじゃない。それを知って欲しい。そしてもう、そんな絶望しているような顔をしないで欲しいんだ」
その言葉に僕は目を瞠った。
絶望しているのは、勇者の方だろうと、僕は思っていたのに。
本当は、僕の方こそが迷子になっていたのかも知れない。
「魔族達には、お前は本当は生きていることを周知してもらう。少しの間、素性を隠して人間の世界を旅してくるんだと告げる。連絡だって定期的に取れるようにするから、何も問題はない」
「そんなこと出来るはずが……」
「出来ないことなんて、何もない」
「……」
僕は嘲笑しそうになって、顔を背けた。
この腐りきった世界には、出来ないことが溢れているというのに、きっと彼は綺麗なものしか見ないで生きてきたに違いない。僕と同じ苦しみを持っているだなんて一瞬でも思った僕が、間違っていたのだ。
「結局、俺が正しいと思っていたことは間違っていた。だけど、それに気づくことが出来た。それが本当に正しいことであるならば、それは出来ることのはずなんだ」
「馬鹿げてる。ごめん、笑わないって言ったけど、笑わずにはいられないよ。笑いながらしか聞けない」
「もしお前が魔王じゃなかったら、多分俺もそう思っていたんだと思う。今頃な」
「どういう意味?」
「意味はまだ、よく俺の中でも分からないんだ。ただ、そう直感しているんだ。伝説の剣を抜けるって思ったあの時と一緒で」
「不吉の予兆じゃないか。君の中では」
「家族を失った苦しみや恨みを消し去ることなんて出来ない。だからあくまで理性的な言葉でだけ言う。あれも、聖都の人間の醜さに気づくための一歩となった。そう考えれば、よかったことなんだ」
「僕にはそんな風には考えられないよ」
「だから。だから、世界の色々な場所を見て、色々なことを知って、それからまた考えてみて欲しいんだ。それに俺は、お前に世界がどんな風に見えるのかも知りたい。それでもやっぱりお前が絶望する世界だったらな、魔王。俺が責任を持ってお前を殺してやる」
「倒すんなら兎も角、君に僕は殺せない、分かってると思うけど僕は――……」
不老不死だと言おうとして、僕は言葉を止めた。
唇を掌で覆う。
自称神様は言っていた。
彼もまた、勇者特典を持っていると。そして時と場合によっては、一つか二つ、何らかの特典を持っているのだと。もしそれが――僕を殺せるというものだったならば? これまでに来た勇者には、その特典の持ち主はいなかった。それは――……本物の勇者ではなかったからではないのか? ともすれば目の前の彼、そうでなくとも今後召喚されるだろう本物の勇者は、その特典を持っていない方がおかしい。各世界に一人本物の勇者がいるのだとすれば、あのような条件を出そうとも、必ずその勇者は、この世界へとやってきて――僕を本当の意味で倒すはずだ。殺すはずだ。勇者と魔王の関係とは、元来そう言うものではないか。ならば、ここでオニキスの提案に従って、新しい勇者の召喚を待つなり、オニキスが本物の勇者だとするならば、機を見て殺されるよう仕向ける方が適作だ。
「……ちょっとロビンと相談してみるよ」
僕は短く答えた。
すると目の前で、勇者がホッとした顔をした。
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