魔王の求める白い冬

猫宮乾

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―― 第二章 ――

【040】ワショク

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 それから暫く歩いて、その日は人間街の宿屋で一泊することになった。

 ここは、人間の土地へと通じる森のすぐ側にある。

 側と言っても、人間の土地から逃げてきた者も多いため、完全に不可視化の魔術がかかっている場所だ。また、自由に人間の土地へと行くにも都合が良い立地となっている。ただし全員が顔見知りのため、新顔の話はすぐに噂になる。だからスパイなどが来ても、一発で分かるという優れた場所だ。今のところ、内部から裏切り者が出たことは、初期の頃しかなく、その者達は、この街の中で処罰された。

「ようこそお越し下さいました」

 宿屋にはいると、店主さんが深々と頭を下げて出迎えてくれた。

「精一杯おもてなしさせていただきますので、ごゆるりとお休み下さい」

 その言葉に、僕は頷いた。
 神官のルイが、チェックインを済ませ、僕達はあてがわれた部屋へと向かった。

 三人部屋と一人部屋で、僕が豪華な一人部屋だったあたりが、何とも申し訳ない気分になってくる。しかしこんな夜もこれで最後だろう。現在の人間の文化や風習がどういうものなのか僕は知らないが、《ソドム》にいる限り、僕は、『質素に』と事前に頼んでおかない限り、最高のもてなしを受けるのが常だった。そして受けない方が相手にストレスがたまるからと、以前に念押しされたことがある。その頃のことを思い出して、ああ懐かしいなと僕は思った。

 夕食は、それからすぐのことで、二階の共同食堂で食べることになっていた。
 さすがにこちらの食事は、僕達皆が、同じ物だった。
 和食だった。《ソドム》には、僕が普及させたので、お刺身や味噌汁などが、結構広まっていたりする。

「いただきます」

 僕がそう言うと、三人もまた手を合わせてそう言った。
 危ない、これは危ない、この土地を出たら、「いただきます」と言わないようにしなければ。そんなことを考えながら、箸を手に取る。

「うわ、え、これどうやって食べるの?」

 ルイが困ったように箸を手にしながら、首を傾げた。

「そんなもん、適当でいいだろ。料理ってのは美味しく食べられればそれでいいんだ」

 フランはそう言いながら――しかし吃驚するほど上手く箸を使って、刺身を取った。

「食べたことがあるの?」

 僕が聞くとフランが、まさかという顔で笑った。
 そしてオニキスへと視線を向ける。
 オニキスもまたなんとか箸を持ちながら、こちらを見た。

「来る前に読んできた歴代勇者伝の勇者の好みにワショクというものがあって、それを食べる際にはハシを使うと書いてあったんだ」

 そんなオニキスの言葉に、なるほどそれでフランとオニキスは箸の使い方をなんとなく知っていたのかと分かった。恐らく神官として生きてきたルイが知らないという方が、当然なのだろう。

 同時に僕は、今日を最後に、暫く慣れ親しんだ《ソドム》の料理が食べられなくなるのだなと思った。僕は一応、此処に戻ってくる前に、本物の勇者に殺される予定でいるのだ。

 だから、今日はある意味、最後の晩餐だ。こんな事ならば、ロビンにもっと、お礼を言ってから来ればよかった。そうだ、僕が死んだ時にロビンへと届く手紙を、今夜書いておこう。そんなことを考えながら、僕はルイに、箸の使い方を教えた。

 それから大浴場で、ゆっくりと体を温めてから、僕は部屋へと戻った。
 これが《ソドム》最後の夜かと思うと、感慨深い。

 僕はさらっと手紙を書き終えた後、それに魔術をかけてしまってから、ゆっくりと布団に横たわった。

 思いの外疲れていたのか、すぐに微睡み始める。
 そして――……《ソドム》における色々な出来事を回想している内に、いくつもの懐かしいことを思い出しながら、現と夢の境界線が次第に曖昧になっていった。

 そうして僕はまた、懐かしい夢を見るのだ。


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