39 / 84
―― 第二章 ――
【040】ワショク
しおりを挟む
それから暫く歩いて、その日は人間街の宿屋で一泊することになった。
ここは、人間の土地へと通じる森のすぐ側にある。
側と言っても、人間の土地から逃げてきた者も多いため、完全に不可視化の魔術がかかっている場所だ。また、自由に人間の土地へと行くにも都合が良い立地となっている。ただし全員が顔見知りのため、新顔の話はすぐに噂になる。だからスパイなどが来ても、一発で分かるという優れた場所だ。今のところ、内部から裏切り者が出たことは、初期の頃しかなく、その者達は、この街の中で処罰された。
「ようこそお越し下さいました」
宿屋にはいると、店主さんが深々と頭を下げて出迎えてくれた。
「精一杯おもてなしさせていただきますので、ごゆるりとお休み下さい」
その言葉に、僕は頷いた。
神官のルイが、チェックインを済ませ、僕達はあてがわれた部屋へと向かった。
三人部屋と一人部屋で、僕が豪華な一人部屋だったあたりが、何とも申し訳ない気分になってくる。しかしこんな夜もこれで最後だろう。現在の人間の文化や風習がどういうものなのか僕は知らないが、《ソドム》にいる限り、僕は、『質素に』と事前に頼んでおかない限り、最高のもてなしを受けるのが常だった。そして受けない方が相手にストレスがたまるからと、以前に念押しされたことがある。その頃のことを思い出して、ああ懐かしいなと僕は思った。
夕食は、それからすぐのことで、二階の共同食堂で食べることになっていた。
さすがにこちらの食事は、僕達皆が、同じ物だった。
和食だった。《ソドム》には、僕が普及させたので、お刺身や味噌汁などが、結構広まっていたりする。
「いただきます」
僕がそう言うと、三人もまた手を合わせてそう言った。
危ない、これは危ない、この土地を出たら、「いただきます」と言わないようにしなければ。そんなことを考えながら、箸を手に取る。
「うわ、え、これどうやって食べるの?」
ルイが困ったように箸を手にしながら、首を傾げた。
「そんなもん、適当でいいだろ。料理ってのは美味しく食べられればそれでいいんだ」
フランはそう言いながら――しかし吃驚するほど上手く箸を使って、刺身を取った。
「食べたことがあるの?」
僕が聞くとフランが、まさかという顔で笑った。
そしてオニキスへと視線を向ける。
オニキスもまたなんとか箸を持ちながら、こちらを見た。
「来る前に読んできた歴代勇者伝の勇者の好みにワショクというものがあって、それを食べる際にはハシを使うと書いてあったんだ」
そんなオニキスの言葉に、なるほどそれでフランとオニキスは箸の使い方をなんとなく知っていたのかと分かった。恐らく神官として生きてきたルイが知らないという方が、当然なのだろう。
同時に僕は、今日を最後に、暫く慣れ親しんだ《ソドム》の料理が食べられなくなるのだなと思った。僕は一応、此処に戻ってくる前に、本物の勇者に殺される予定でいるのだ。
だから、今日はある意味、最後の晩餐だ。こんな事ならば、ロビンにもっと、お礼を言ってから来ればよかった。そうだ、僕が死んだ時にロビンへと届く手紙を、今夜書いておこう。そんなことを考えながら、僕はルイに、箸の使い方を教えた。
それから大浴場で、ゆっくりと体を温めてから、僕は部屋へと戻った。
これが《ソドム》最後の夜かと思うと、感慨深い。
僕はさらっと手紙を書き終えた後、それに魔術をかけてしまってから、ゆっくりと布団に横たわった。
思いの外疲れていたのか、すぐに微睡み始める。
そして――……《ソドム》における色々な出来事を回想している内に、いくつもの懐かしいことを思い出しながら、現と夢の境界線が次第に曖昧になっていった。
そうして僕はまた、懐かしい夢を見るのだ。
ここは、人間の土地へと通じる森のすぐ側にある。
側と言っても、人間の土地から逃げてきた者も多いため、完全に不可視化の魔術がかかっている場所だ。また、自由に人間の土地へと行くにも都合が良い立地となっている。ただし全員が顔見知りのため、新顔の話はすぐに噂になる。だからスパイなどが来ても、一発で分かるという優れた場所だ。今のところ、内部から裏切り者が出たことは、初期の頃しかなく、その者達は、この街の中で処罰された。
「ようこそお越し下さいました」
宿屋にはいると、店主さんが深々と頭を下げて出迎えてくれた。
「精一杯おもてなしさせていただきますので、ごゆるりとお休み下さい」
その言葉に、僕は頷いた。
神官のルイが、チェックインを済ませ、僕達はあてがわれた部屋へと向かった。
三人部屋と一人部屋で、僕が豪華な一人部屋だったあたりが、何とも申し訳ない気分になってくる。しかしこんな夜もこれで最後だろう。現在の人間の文化や風習がどういうものなのか僕は知らないが、《ソドム》にいる限り、僕は、『質素に』と事前に頼んでおかない限り、最高のもてなしを受けるのが常だった。そして受けない方が相手にストレスがたまるからと、以前に念押しされたことがある。その頃のことを思い出して、ああ懐かしいなと僕は思った。
夕食は、それからすぐのことで、二階の共同食堂で食べることになっていた。
さすがにこちらの食事は、僕達皆が、同じ物だった。
和食だった。《ソドム》には、僕が普及させたので、お刺身や味噌汁などが、結構広まっていたりする。
「いただきます」
僕がそう言うと、三人もまた手を合わせてそう言った。
危ない、これは危ない、この土地を出たら、「いただきます」と言わないようにしなければ。そんなことを考えながら、箸を手に取る。
「うわ、え、これどうやって食べるの?」
ルイが困ったように箸を手にしながら、首を傾げた。
「そんなもん、適当でいいだろ。料理ってのは美味しく食べられればそれでいいんだ」
フランはそう言いながら――しかし吃驚するほど上手く箸を使って、刺身を取った。
「食べたことがあるの?」
僕が聞くとフランが、まさかという顔で笑った。
そしてオニキスへと視線を向ける。
オニキスもまたなんとか箸を持ちながら、こちらを見た。
「来る前に読んできた歴代勇者伝の勇者の好みにワショクというものがあって、それを食べる際にはハシを使うと書いてあったんだ」
そんなオニキスの言葉に、なるほどそれでフランとオニキスは箸の使い方をなんとなく知っていたのかと分かった。恐らく神官として生きてきたルイが知らないという方が、当然なのだろう。
同時に僕は、今日を最後に、暫く慣れ親しんだ《ソドム》の料理が食べられなくなるのだなと思った。僕は一応、此処に戻ってくる前に、本物の勇者に殺される予定でいるのだ。
だから、今日はある意味、最後の晩餐だ。こんな事ならば、ロビンにもっと、お礼を言ってから来ればよかった。そうだ、僕が死んだ時にロビンへと届く手紙を、今夜書いておこう。そんなことを考えながら、僕はルイに、箸の使い方を教えた。
それから大浴場で、ゆっくりと体を温めてから、僕は部屋へと戻った。
これが《ソドム》最後の夜かと思うと、感慨深い。
僕はさらっと手紙を書き終えた後、それに魔術をかけてしまってから、ゆっくりと布団に横たわった。
思いの外疲れていたのか、すぐに微睡み始める。
そして――……《ソドム》における色々な出来事を回想している内に、いくつもの懐かしいことを思い出しながら、現と夢の境界線が次第に曖昧になっていった。
そうして僕はまた、懐かしい夢を見るのだ。
10
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる
レイ
BL
「出来損ない」と捨てられた場所は、私の居場所ではありませんでした。
ラングリス王国の第三王子・フィオーレは、王族の証である『聖種の紋様』が現れなかったことで「偽物の番」と罵られ、雪降る国境へと追放される。
死を覚悟した彼の前に現れたのは、隣国アイゼン帝国の「冷徹皇帝」ヴォルフラムだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる