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―― 第三章 ――
【049】僕のまま、とは
しおりを挟む「美味しい……」
食事を味わって食べたのはいつ以来だろうと考えて、昨夜だって味わったではないかと苦笑する。最近の僕は、すぐに忘れてしまうのかも知れない。忘れることになれてしまったのかも知れない。
それから僕達は旅に出た。
僕以外の三人は、大きな荷物を背負っている。
僕だけが、軽い横かけ鞄だ。何も入っていないのだから軽くて当然だ。魔術で収納してあるのだから。ロビンがしまってくれたものだから、何が入っているのかはいまいち分からない。
鬱蒼と茂る森の獣道を歩きながら、空を見上げる。
高い木々の葉が、日の光を遮っているから、森の中は青く見えた。
所々に、兎によく似た魔獣がいる。
小さい緑色の生物だ。
更に周囲を見れば、鹿型や猿型、狼型、熊型や鳥型といった、様々な魔獣達がいた。
「――来る時は、一匹も出なかったんだけどな」
オニキスが剣を抜く。
「待って」
僕は反射的にそれを止めていた。
「凶暴な《グリーンウルフ》がいるんだぞ?」
後ろでは、フランが眉を顰めていた。
ルイも十字架を握りしめている。
それには構わず、一歩前へと出た僕は、屈んで手を伸ばした。
「おいで」
僕がそう言うと、魔獣達がゆっくりと歩み寄ってきた。
そして僕の肩に止まったり、掌を舐めてくれたり、周囲をクルクル回ったりしてくれた。
彼等は言葉を喋ることは出来ないけれど、その魔力の色で、どんな気持ちなのか僕には分かる。少なくともここにいる魔獣達には、敵意は無かった。ローブのフードを取る。
「見送りに来てくれたんだ――多分」
僕の言葉に、フランとルイが顔を見合わせている。
オニキスは、静かに剣をしまった。
「別れが済んだら、さっさと行くぞ」
「有難う――みんなも、来てくれて有難う。僕は大丈夫」
笑ってみせると、頷くようにして、魔獣達はそれぞれ帰って行った。
それを見送ってから、僕はオニキスを見上げた。
「怖がらせてごめん」
「別に。魔王の側にいる以上の恐怖なんて有るのか? 今は一切怖くないけどな」
それもそうかと思い、僕は思わず笑ってしまった。
すると三人が僕をじっと見る。
なんだか気恥ずかしくなって、僕はフードを深々と被り直した。
「うん、被ってて」
ルイの言葉に、今度はフランが頷いた。
「思わず見とれた。それも二回も。動物と戯れているところと、笑ってるところ」
「本当に? だとしたら人目につかない顔になる魔術をかけた方が良いかな?」
僕が言うと、何故なのかオニキスが、僕の頭をフード越しに二度叩いた。
「お前はお前のままで良い」
その言葉が、何故なのか、胸に染みいった。
――僕のままで良い?
これまで魔王であろうと努めてきた僕にとって、僕のアイデンティティは間違いなく魔王であることだった。だけど魔王じゃなくなった今は? アルトとして、僕にはどんなありのままがあるんだろう? 旅をしていったら、その解答は見つかるのだろうか。仮に見つかるとして、それは僕が勇者に殺されるのと、どちらが早いのだろう。
きっと長い旅になるだろうから、僕は、僕のまま、と言うことを探してみようと思った。
これが初めて僕が持った目的だった。
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