魔王の求める白い冬

猫宮乾

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*** 過去:Ⅲ ***

【058】過去――初めての勇者①

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 勇者が、《ソドム》の土地へと入ったという知らせを聞いたのは、市民が二千五百人弱亡くなったときいたのと、ほぼ同じ時の事だった。

 僕はポカンとして、その知らせを聞いていた。
 それから魔術で、各地の様子を見た。
 どこも焼けの原と化していた。

 今回の勇者は、火の魔術を宿した剣を操っているらしい。

 酪農に従事していた魔族も、農耕に従事していた魔族も、その大半が亡くなった。
 ――魔王である、僕を守るために。

 勇者に殺される――それは、不老不死を約束されている僕にとっても、恐怖に他ならなかった。

 勇者は、黒い髪に、黒い瞳をしているのだという。
 僕と一緒だ。

 その上、密偵を放っていたか各街の様子から聞く限り、恐らくは日本から召喚された者だと考えられた。アジア人――恐らく、日本人だ。

 僕がそう思ったのは、ただの直感ではない。
 勇者が広めていく食文化を、僕が知っていたからだ。

 ――勇者は魔王を倒す存在だ。

 僕は両腕で体を抱いて、玉座に座っていた。
 震えが体を這い上がってくる。

 ああ、僕は〝また〟死ぬのか。
 胃が反り返り、吐き気がした。少しでも気を抜けば、吐瀉物が床を汚すだろう。

「魔王様、ご気分が悪いのですか?」

 ロビンの言葉に、僕は顔を上げた。多分、真っ青な顔色だろうと、自分でも分かる。

「ねぇロビン……魔王ってさ、どうやって倒されるのかな?」

 僕は笑いながら聞いた。
 けれど指先の震えを止める事は出来なかった。

「倒させねぇよ」

 その時、登城していたバルがそう言った。

「勇者なんて、所詮ただの人間だ。何にも気にするな」

 力強い声だった。

 だけど僕は、多分知っていた。バルは、過去に守る事が出来なかった、たった一人の主の代わりに、僕を守ろうとしてくれているのだろう事を。

 そして、僕はバルに死んで欲しくない。
 そして、僕は、死にたくない。
 そして、僕は、何をして良いのか分からない。

 玉座に座りながら、腕を組む。
 ――勇者から見たら、きっと僕は悪役だ。

 どんなにこの土地を豊かにしようと奮闘してみたところで、それは変わらない。
 変わらないのだ。

「ねぇ、そもそも勇者って何なの?」

 僕が尋ねると、シモンとワースが顔を見合わせた。

「勇者とは、歯車です」

 シモンの答えに、ワースが頷く。

「自然の摂理――それこそ、災害のようなものです」

 二人の回答に、やはり僕は倒されるべき存在なのだろうと思った。

「どうして、勇者は魔王を倒すの?」

 根本的な疑問を問うと、バルが喉で笑った。

「人間って言うのは、自分達の悪意を魔族に投影してるんだ」

 気持ち悪いなと僕は思った。

「だって、少なくとも僕が来てみて知っている限り、魔族は何も悪い事はしていないよ」
「存在が、害悪。そう思われているのです」

 シモンのそんな言葉に、僕は思わず目をギュッと閉じた。

「僕らからしたら、悪は勇者じゃないか」
「この世界には、必要悪があるのです。だからこそ、いかに被害を最小限に止めるか、我々は考えなければなりません」

 宰相であるワースの声に、僕は、やりきれない気がした。


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