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番外編

【エイプリルフール編(三)】大切な人達を守るためなら。(一)(彼方視点)

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守谷彼方に悩みは尽きない。かつての自分は頭を悩ませる事柄が多く存在し、手足を繋がれた状態だったと思う。
(水樹と出会わなかったら、確実にやばかった)
そんな時期を経て、今は遊佐彼方として幸せな日々を送っている。ただ、どうしようかと考えてしまうことはある。
例えば、子供のなぜなぜ期とか。
「父さん。僕、どうしたらいいかな」
スケッチブックにアタリを付けていたら、次男が「仕事中にごめん。少し相談なんだけど」と開放された扉から声を掛けてきた。
ペンを机に置き、オフィスチェアを息子の方へ回転させる。オレンジ色のストレートヘアがすぐ目に留まり、幼き日より艶サラに見えた。実際そうなのだが。
「陽翔、どうしたんだ?」
金色の瞳をキョロキョロさせて廊下を確認し、頷くとアトリエの扉を閉めた。
顔を伏せながら遠慮がちに近付いてきたので、これは何かあったと悟る。
「あの……さ」
口元を手で隠し、ごにょごにょと呟く陽翔。彼方は椅子を立ち、側へ寄って膝を着いた。
「内緒話でもいいぞ。ほら」
近付けた右耳に手の壁を作る。不安そうな息子の気持ちを少しでも柔らかげたかった。
(こういうところ、昔の水樹みたいだな)
水樹も声が出る前……いいや、声を出せた後も何かと不安そうな素振りを見せていた。本人の体調や心境が原因な時もあったが、彼方自身が無理させた時も含めてなのでずっと後悔している。
だからこそ今は、水樹や子供達をとにかく安心させてやりたい。自分という人間はそこまで強くないため、見栄を張ることも多いが、守りたい宝が増えたのだから頑張れる。
想いが届いたのか、陽翔が一歩二歩と歩み寄り口を近付けてくれた。
「歩美のことなんだけど」
「ほうほう」
遊佐家の末っ子にして長女である歩美は、昔から双子の兄達と仲が良い。というか大好きだ。
陽翔達がこの春から小学校へ入学するので子供部屋を分けたが、歩美はほぼ兄達の部屋で過ごしている。最愛の妹に構われ、嬉しそうに可愛がる光景は非常に微笑ましいもので、写真のアルバムや描き留めたスケッチブックが厚みを増していく。
「さっき質問された答え……あれで良かったのかなって」
そんな相思相愛の関係性もあって、歩美は疑問や不思議に思ったことをまず陽翔や愛翔に聞くことが多い。特に読書好きで物知りな陽翔を「はるせんせい」と呼んでいた時期もある。
(陽翔なりに上手く教えていたもんな。愛翔にも相談済みのはず。それでも難しい質問もあるだろう)
ここは一つ、息子に頼られた父親として頑張らねば。
「どんな質問されて、どう返したんだ?」
「怒らないでよね。笑わないでよね! あと、愛翔には絶対話しちゃダメだから!」
「あ、ああ。怒らないし、笑わない。愛翔にも内緒なんだな」
曖昧な内容を掘り下げたことに戸惑われるかと思いきや、顔を真っ赤にして念を押された。こちらが逆に面を食らう。
「約束だからね」
指切りをし、本題へ入る。
愛翔にも伝えていないくらいだ。心腹の兄に言えないほどかなり大きな悩みを抱えているんだろう。
(一体、どんな悩みなんだ……)
もう手の壁は無くなり、顔を伏せつつも陽翔は話し出す。頬の紅さはほんのり残したまま。
「『赤ちゃんはどこから来るの』って聞かれたんだ。それでコウノトリの話をしたらよくわからなかったみたいで、『ちゅーしたら来るんだよ』って答えちゃって……」
(……うん?)
今なんて言ったんだ。コウノトリはさておき、キスしたら来る?
しかも、まだ年中に進級してない歩美が聞いた?
「お昼寝タイムの眠そうな時に聞かれたし、答える最中
に眠っちゃったから大丈夫だと思う。……けど、父さん達がいつでもキスしてるから……もし、もし……ひっく……」
言い終わらないうちに陽翔のダムが決壊する。しゃっくりを上げる息子を優しく抱き締め、丁寧に背中を撫でた。
「だ、大丈夫だ、陽翔。お前が責任を感じる必要はないさ」
「うっ、うう……」
双子コーデのオーバーオールを卒業し、陽翔は青い無地シャツとカーキ色のズボンという無難な服を選ぶようになった。普段はクールに振る舞っていてもまだまだ子供なんだと、実感するのと同時に。
(赤ちゃん誕生の秘密に到達したか。……水樹に相談しよう)
自分がいつまで経っても弱い人間なのは百も承知だ。でも、運命の番相手と一緒なら何倍も強くなれる。問題に打ち当たっても二人で乗り越えたらいい。
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