きっかけとその先に

天井つむぎ

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僕の……

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「ただいま」
 暗闇から返事が返ってくる訳ないのに慣れてしまった挨拶を今日もまた繰り返し、廊下を通ってリビングへと向かう。
「寒いな……」
 二十三度に設定した暖房をつける。服はお風呂に入ってから着替えた方がいいだろう。
 ソファにもたれ、テレビを付ける。どのチャンネルも特に面白そうではなかったが、『絶品グルメ巡り』のテロップを目にしてそれに決めた。
 机に置いた夕食は袋からも熱が伝わってくる。コロッケ、メンチカツ、唐揚げ。日和の定番夕食メニュー。おにぎりは商店街になかったのでコンビニでエビマヨと梅味を買った。
「いっただきまーす!」
 箸で割った瞬間からじゅわっと溢れた肉汁が口いっぱいに広がる。肉々しいが玉ねぎの甘みも感じ、ソースなんか無くてもあっという間にペロリと一個平らげる。
「エビマヨ、半額で良かった~」
 海苔のパリッとした音。もちもちのご飯の中に隠された甘酸っぱいマヨに絡まれた大きいエビ。とても美味しい。
『うわあ、紅の宝石イクラが、溢れんばかりに……! 口の中でプチプチと弾け、ここが楽園か~!』
 画面ではレポーターの男性が幸せそうに食べている。見た目からして高級そうだから当然かもしれないが、本当に美味しそうだ。
(まあ、僕にはこの商店街飯がお腹にもお財布にも合ってるけどね)
 もう一口食べるとエビは無くなり、マヨとご飯だけになった。
『これ、お高いですよね?』
『……まぁ、はい。普段は二千円で提供しているんですが。今なら九百八十円で』
「九百八十円……? これが?」
 日和はレポーターと同じ反応をする。たしかこの店、三駅先の百貨店近くで営業していたはずだ。
『と言っても特別価格なんです。今ならカップル割引でこの値段で提供させていただいてます』
 カップル。明かされた秘密の種に、膨らんだ気持ちが急激に萎んでいく。
『皆さん、聞きましたか!? ご夫婦も対象だそうです。バレンタインイベントのこの季節にぜひお立ち寄りください』
「そりゃ、そうか……」
 そうでもしないとあんな高い物が安くなる訳がない。しかもクリスマスにつぐ、恋する者たちの季節であるバレンタインがやってくる。
「……ほんまに安いんかは、僕には分からへんけど」
 これは強がりだ。誰かが聞いたら見苦しいほどの強がり。
 「カップル」までいかなくても、恋愛に関するワードを聞くと、自分の現実を叩きつけられてるようで、反応してしまう。
(弱くなっちゃったなあ……僕)
 ごくんと飲んだ米粒が小石みたいに感じてしまった。
 ブー、ブー。どこからか音が鳴る。ポケットには入れない主義の為、辺りをキョロキョロ探すと黒のショルダーバッグは入り口に置いてあった。
 鞄を開けると、画面には今日も聞いた懐かしい名前が表示されていた。
「はい、もしもし」
『日和~。出るの遅かったなぁ。何かあったん?』
「いいやあ、別に」
『ふーん。な、これから寿司食べに行かへん? といってもほぼ百円で回転してるとこやけど』
「あー、ごめん。もう夕飯食べたんよ」
 電話越しから「え~! つまらん~」と賑やかな声が聞こえてきて、思わず笑みが溢れる。
 相手は夏目悠治なつめゆうじ中村書店の取次で関西に住んでた頃からの幼馴染だ。
『ま、こんな時間やったらしゃあないよな。まだ夜の八時やけど。お前、すぐ腹減るやろ?』
「うん。ペコペコやった」
 肩でスマホを抑えながらさっきの場所に鎮座し、テレビの音量を小さくする。グルメコーナーは終わり、豪華商品をかけてクイズ番組が始まっていた。
『今日は何食べたん?』
「コロッケとメンチカツとコンビニのおにぎり」
『うわあ~。汁物ないやん』
「そこは野菜ないって言わへんの?」
『えー、だって玉ねぎとじゃがいも入ってたら野菜はOKやろ?』
 返答に我慢出来ず笑う。悠治は日和よりもスマートに仕事を熟すが、食の趣味は似ていた。
「そんなんやったら彼氏さん、食生活偏る! って怒らへん?」
 悠治にもパートナーがいる。恋愛事に関しては気分が乗らないが、親友に大事な人が出来たことは純粋に喜ばしいし、惚気に乗ってやるのも自分の役目であろう。
 肘で突っつく動作をしながら言ってみるが、直ぐに返答はなかった。
「悠治君?」
『……新しい彼女の前では余計なお節介焼かんかったらええよな』
 あまりにも優しい声が返ってきて、胸が締め付けられた。
 悠治はSwitchでゲイだ。SwitchというのはDomとSub両方の性質を持っており、状況や相手に合わせて変えること出来る、特殊で稀な第二性であった。
 また彼はノンケを好きになりやすいゲイらしく、「まあ、燃えるよな!」なんて笑いながらカミングアウトされた事があった。
『いやあ、まさか鈍い日和に見破られるとはな』
「本当にごめん……」
『走るのも遅くて体もどっしりとしてるのにな!』
「そ、それはそうだけどさ」
 声のトーンはさっきと変わらず、ごめんごめんと笑い声と一緒に返ってくる。
『いつ言うか迷ってたしな。ええ機会やったよ。日和は? 例の女の子とどうなったん?』
 一週間前にSNSで知り合った女性と出会うことになり、緊張しながら相談したことを思い出す。よく考えたらあの時もこんな時間だったっけ。
 傷口が痛い。深く引っ掻かれたような部分が完治するのはいつだろうか。
「……用事があったみたいで、おじゃんになっちゃって」
『へえ~。ま、今度はゆったり楽しんで来いよ』
「うん、ありがとう」
 互いの恋愛話が終わり本の話をした。どんな本が人気が出てるとか、とある作家さんの話とか。適当に喋り、電話を切ろうとすると、「おい、日和」と呼び留められた。
『お前から電話してきてもええからな』
 フランクな声だった。真面目なシリアスさを抱かせるものと違う、「また明日」みたいなノリ。
「そうだね。また、連絡するよ」
 親指で受話器マークを押すと、画面に九時丁度と表示されていた。ガヤガヤと聞こえるテレビを見ると、ウエディングドレスに身を包んだ女優が笑顔で記者の質問に答えている。その首には金色の輪っかが。

──なんで、僕にはパートナーがいないんだろう。

「寝よう」

 お風呂じゃなくてシャワーでもいい。明日は休みだしなんなら朝でもいいや、とテレビに背を向け、ソファで横になり目を閉じた。


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