ミミックちゃんの性獣譚 〜欲求不満の〝パンドラの箱〟が異世界を救う〜

015:ミミックＶＳキングラット〝袋の鼠〟

　どうしたらいいのよっ！

　力の差は歴然。逃げることも不可能。
　絶体絶命のピンチじゃない！？

　最悪だ。本当に最悪だ。
　ほんの少しでも隙を作れればいいんだけど……あのキングラットから隙を作るなんて無理じゃね？

「チュチュチュッ」

　ん？
　スモールラットが私の周りに集まり出したぞ。
　どういうことだ？　なにしてるんだ？

　って、うわぁあああああ！！
　持ち上げられた！？
　何匹ものスモールラットが集まって私の体を運び始めたぞ。
　なんで？　なんで？　なんで？

　どこに運ぼうと……あっ、キングラットのところか……。
　わざわざ動かずとも私を殺やれるってか。
　どこまで力の差を見せつければ気が済むんだ。

　スモールラットの忠誠心ちゅうせいしん然しかり、本当に強いなモンスターだよ、キングラットは。

　キングラットの前に差し出された私の体は、再び宙を舞った。

　――ぶごへッ！！！

　くっそ。思いっきり殴ってきやがった。
　こっちはもう動けないってのに、本当に容赦ないな……。
　体はもうボロボロだよ。辛うじて箱の形を保ってはいるけど、いつ崩れるかわからない。

「チュチュチュッ」

　ああ、またか。スモールラットのお迎えだ。
　こいつらにさえ抵抗する力が残ってないのか。
　為す術なし。無念……。

　あぁ……いつの間にかキングラットの目の前だよ。
　仕事が早いなスモールラットは……。

　――がはッ！！！！

　何度目だろうか。こうして殴り飛ばされるのは。
　痛みを通り越して、体の感覚がない。
　きっと破損してるんだろうな。痛覚ごと金銀財宝の山に転がってるだろうよ。
　金銀財宝の山に埋もれて死ぬのも悪くない……かもしれない。

　ん？　待てよ？
　金銀財宝の山？
　そうか。そうだった！

　まだ諦めるには早い。
　逆転のチャンスならある。
　私を格下だと思ってくれてるこの状況……逆に感謝しかない。
　すぐに私を殺やらなかったことを後悔するんだな、キングラットよ！

　金銀財宝の山に埋もれている私は、力を振り絞り舌を伸ばした。
　伸ばした下の先にあったものを掴み、迅速に舌を戻した。
　スモールラットに怪しまれてしまったら、こ・の・作・戦・は失敗する。

　大丈夫。まだキングラットの攻撃には耐えられるはず。
　私って結構丈夫なミミックちゃんだからさ。
　それに私をいたぶる悪趣味のおかげで、まだ止とどめを刺さないはずだし。

　何回目で成功するかわからないけど、やる価値はある。
　むしろこ・の・作・戦・以外に私が生き残る方法はない。

　スモールラットたちは私をキングラットの前に運んだ。
　キングラットはさっきと同じように拳を構えてる。
　ならこの先の展開も一緒だ。

　――ぐはッ！！！！

　殴られて、飛ばされる。
　あぁ、よかった。
　心底良かったと思ってるよ。お前の悪趣味にはね。

　私は殴られた直後にガリッっと何かを噛み砕いた。
　噛み砕く力が残ってなかったから、キングラットの拳を利用させてもらったよ。

　これを何回も続けなきゃいけないって考えるとそれだけで死にたくなるけど……。
　でも生きるためには死にたくなるようなことをしなくちゃいけない時だってある。
　本当にこの世の中は理不尽だ。

　だけど――

　《個体名〝ミミックちゃん〟はレベル６に上がった》

　まさか１回目で成功するだなんてっ！！
　噛んだのが大人のおもちゃじゃなくて本当に良かったよ。

　そう、もうお分かりの通り私の作戦は、金銀財宝の山に眠る魔石を食べてレベルアップすること。

　レベルアップすると私の体は回復して、レベルアップ前よりも丈夫になる。
　失った体の部位もあら不思議、いつの間にか元通りってなわけなの！
　まあ、レベルが１上がったからって絶体絶命の状況は変わらないけど。
　だけど生き残る可能性は極小でも上がるはずだ。
　まだ生にしがみついてやる。
　イケメン冒険者に会うまでは、死なないって決めてるんだからっ！！！

　さて、レベルアップしたのはいいものの、キングラットに隙がないんじゃここを脱出することなんてできないよな。
　それに欺こうだなんてのも賢いキングラットの前じゃ簡単に見抜かれそうだし。

「チュチュチュッ」

　スモールラットが金銀財宝に埋もれている私を運びにきた。
　本当に忠誠心が高いなぁ。そして仕事熱心だ。

　う～ん。
　どうしよう。

　私はスモールラットに運ばれながら必死に思考を巡らせる。
　キングラットから襲ってこないのは、私がレベルアップしたことを知らないからだ。
　すぐにバレてしまうだろうけど、今は考える時間が欲しい。

　あっという間に私はキングラットの前まで運ばれた。
　ギリギリまで考えたけど打開策だかいさくなんて見つからなかった。
　だから今まで通りアドリブでピンチを乗り越えるしかない！

「ズズズラァアアアー！！！」

　キングラットの拳を私は躱かわした。
　ふふっ。躱かわされて驚いてるな。 (その顔が見たかった)
　軽く横に動いただけで躱せたってことは、欺あざむけたってことでいいんだよね。 (嬉しい)
　こんなに綺麗な体になっても欺けたってことは、キングラットもスモールラットも見た目じゃない何かで私を判断してるってことだ。
　多分、力……オーラとか魔力の量とかそこらへんだろう。
　そうじゃなきゃ、この綺麗になった体を見て異変に気付くだろうからね。
　きっとこの金銀財宝たちにも魔力が含まれてるものもあるだろうし。
　だから私を最初はただの宝箱だと思ってたんだろうね。
　それなら合点がいく。

　まあ、それがわかったから何だって話なんだけどね。
　私のやることは変わらないよ。
　ただひたすらに攻撃を躱かわす。躱かわし続ける。
　そして出口に向かう。ただそれだけだ。

「ズズズズラァアアー！！！」

「キィイイイー！！ (おらぁあああー！！)」

　やっぱり速いな。
　躱すので精一杯で隙なんて見つからない。
　なら、隙を作ればいいじゃないかー！！

「キィイイ！！　(喰らえ！！)」

　必殺――回転攻撃スピンアタックッ！！！

　いつもより多く回っておりまーす！
　そうじゃなきゃまた掴まれちゃうからねっ。

　私の攻撃はキングラットの胸部に命中する。
　だけど手応えなんて微塵も感じない。ただ弾かれただけ。
　それでもいい。それだけでもいい。
　一瞬でも隙さえ生まれれば……。

「キィイー (そこだー)」

　やったー！
　キングラットを抜けたぞ。
　このまま脱出を！
　追い付かれる前に急げ、急げ急げ急げぇえええー！！！

　って、え？
　いつの間に私の前に……抜いたと思ったらぬかされてた。

「ズズズズア？」

　あっ……今、どこにいくつもりだ？　みたいなこと言いました？
　くっそ。これじゃどんなに隙を作っても逃げられないじゃないか。

　なら……もう諦めるしかないな。

　私は踵を返し飛び跳ねた。
　そこに出口はない。出口からは遠ざかっていく。
　あるのは金銀財宝の山だけ。
　そう、それでいい。これがあれば十分だ。

　お前に勝てるレベルまでレベルアップしてから相手してやるよー！！
　だから今・だ・け・は、戦うのも逃げるのも諦めてやる！

　痛いのは御免だけど、死ぬのはもっと御免だ。
　異世界の男に――イケメン冒険者に会うまで、私は戦い続ける。
　そして絶対に私の〝初めて〟を奪ってもらってハッピーエンドで終わるんだからっ！！

「キィイイイイイー！　(お食事の時間よー！)」

　幸いにも金銀財宝の山に向かう私をキングラットは慌てて追ってきたりはしなかった。
　むしろ袋の鼠とでも思っているのだろう。ゆっくりと歩きながら追いかけてきている。
　ネズミに袋の鼠って思われてるの、なんかムカつくな。
　でも実際そうなんだから、現実を受け止めるしかないよね。
　だけどその現実に抗うために私は食べるぞ。
　食べて食べて食べてレベルアップだ。

　あなたたちの魔石は食後のデザートにしてあげるから、それまで待ってなさい！！