恐怖!巣喰い主の怪

トマトふぁ之助

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えさ

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 ———X県某市○×町には有名な廃屋がある。
 管理のなされていない鬱蒼とした竹林の中に、朽ち果てた洋館が建っていて、専ら幽霊が出ると噂されていた。長く地元の不良の溜まり場となっており、評判の良くない場所である。大学の心霊サークルでそこへ行こうと誘われた時に断っていれば……きっとこんなことにはならなかった。

 「ひっ……♡ひぃいっ♡!!やめ、やめて……!許してくれぇ……っ♡!!」
 鉤のようなそれの脚が全身を這い回る。兎ほどの大きさをした幼体がベッドの下を移動し、絶えず摩擦音を出していた。首筋を化け物の呼気が舐める。柔らかな人間の皮膚を破り、それの毒牙が静脈に差し入れられた。


『case××× すくいぬし』


 「スクイヌシが現れるんだってよ」
 心霊サークル代表の銀河は力説する。
 「あそこってさ、非行少年の溜まり場っぽいじゃん。でもそれは逆で———あの廃病院に行くと、不良たちの素行が良くなるらしい。みんな更生しちまうそうだ」
 「嘘くせ。どうせまた噂だろ」星野はにべにもない。
 「本当だって!知り合いの、友達の、従姉妹がその不良でさ!!人が変わったみてえに学校行き出して、性格も穏やかになったらしいぜ。そんで本人に聞いてみたら……救い主に会った、って」
 銀河は星野にとって腐れ縁の幼馴染で、こういうオカルト話を持ちかけられるのは珍しいことではなかった。小中高と同じ学校に通い、大学まで被った彼に青年が結局乗せられてしまうのもいつものこと。大学は夏休みに入っていた。レポートの課題もそこそこに片付け、二人は連れ立って夜の心霊スポット探訪に繰り出した。

 廃病院入口を封鎖する退色の激しい黄色いテープを乗り越え、竹林を進み……件の病院に辿り着く。黴臭くて、おどろおどろしくて……それが何とも刺激的だ。
 「めちゃ雰囲気いいじゃん」
 「写真?ノッてるねえ」
 エントランスに入り、適当にあたりを検分する。廃屋らしくあちこちが風雨に晒され傷んでいた。枯れた笹葉が入り放題。お定まりの懐中電灯で更に奥深くまで進んでいく。
 「二階建てかぁ」
 「結構広いな……」
 エントランス、待合室を抜け、受付にふざけて会釈しながらリノリウムの廊下を進む。扉の閉まった部屋には番号が振られており、一階部分は診察室、その奥に入院患者用の部屋があてられているらしかった。
 「……て言うかさ、スクイヌシって何なの」
 カルテの残骸を摘みながら星野は聞く。慣れたもんだ。ここもどうせ噂だけのお化け屋敷だろうが……今回は目当ての正体がいまいちわからない。
 「幽霊?それとも縁起のいい何か?」
 「……うーん、それがさ。わからないんだ」
 銀河は携帯のカメラであちこち写真を撮りながら返す。
 「本人は……改心した不良くんな。そいつが、とにかく行ってみろって言うんだって。救い主様に会えるからってな。……誰もこんなとこ来たがらないだろ。それで俺が検証を任せられたってわけ」
 「はぁ?じゃあ本当に何なのかわかんないの」
 「そう。はは!どうせ俺たちこうやって連むのが楽しいんだからさ。未知を探しにきた感じがして面白いじゃん」
 ご利益かなんかあればいいなあ。スニーカーの底で落ちているガラス片を割り砕きながら二人は探検を続ける。一階は予想通り、特に変わったものは見つからず、二人は一番奥の病室までたどり着いた。
 月明かりもない晩だ。若い二人はフラッシュを焚いて記念写真を撮ろうと、端末を持つ手を持ち上げた。
 「———えっ」
 閃光。フラッシュの光が室内に反射する。
 その一瞬———二人を囲う巨大な人影が複数、その闇の中に照らし出された。
 「え。うっ、うわッ!!」
 「な、なになに……今の何!?」
 急いで懐中電灯をつけた銀河が辺りを確認するが、周囲にはそれらしい生き物は何も見当たらなかった。ただ朽ち果てた病室の中、窓のない部屋にベッドが数台並んでいるだけ。
 星野は銀河の顔を見る。銀河も真っ青な顔でこちらを伺っていた。
 「か……帰る?」
 「う、うん……か、帰ろっか。お前、みた、よな……そうだよな、俺ら二人見たもんな……!!」
 二人は慌てて室内を出ようとした。スライド式の扉まであと一歩。……突然、凄まじい勢いで病室のドアが閉められた。あまり勢いがついていたものだから地鳴りのような音が響く。
 「……は、……え」
 「あ……ッ」
 一歩先を行っていた銀河が腰を抜かして座り込む。
 ———一気に空気が落ち込んだ。嫌な雰囲気とでも言えばいいのだろうか……肌を舐める室温が熱い。湿り気を帯びて、皮膚がピリピリとひりつく。何か人間でない生き物から敵意を向けられていると、———そう、星野は感じた。
 パツンと破裂音を立てて懐中電灯が切れる。
 「な、何で———何でだよお!つけよ、わ、わあああ!!」
 「銀河!あ、慌てんな……た、叩いて、えっ」
 頬に一筋。天井から何かが垂れてきた。……星野が見上げると、闇慣れた目がそれを捉えた。
 白い貌。縦に裂けた口と、長い舌。
 「———あっ」
 ぶつ、と右耳に何かが差し入れられる音がして、星野は闇の中へ意識を落下させて行った。
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