イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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イエロー編

感情教材:俗欲の浅黄

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 魔界中央区繁華街某所。
 硫黄と瘴気の入り交じった匂いが、けたたましいスロット賭場に充満している。黄ばんだのぼり旗には魔界の通貨でワンゲームあたりの料金が宣伝され、今日も今日とて多くの魔族が賭け事に精を出していた。このあたりは人間界のすえたスロット屋台と同じ光景である。

 煤けた外套を目深に被った若い男は、尾を引く新台の列に並び時を待っていた。
 手持ちぶさたに道で拾った雑誌を開く。魔界言語で著された記事。文字こそ読めないが、字体と掲載された写真からだいたいの内容は理解できた。巌の如き巨体に似合わぬ詰め襟。写真では、畏まった正装の魔族とヒーロー協会の代表がにこやかに握手を交わしている。人魔大戦、停戦協定における調印式のものだ。
 頁を捲ると人間界の市街、どっかのガキと出稼ぎの魔族が戯れている写真が大きく紙面を埋めていた。頁を進める。これまた———廃棄される軍事兵器に、火を放たれるヒーロー研究所の一枚。
 コミカルな挿絵で人間の何事かが解説してある。腑分けに似たその絵図の意味すら考えたくない彼は、手にしていた魔界地方紙を放り捨てた。

 「なあにが和平特集だよ、胸くそ悪い」
 外套の男。元ヒーロー部隊イエローだった黄ノ下楓は、胸元から紙煙草とライターを出した。
 待機列後方、背後からオーガの若い衆が黄ノ下に声がかかる。
 「おっ兄さん!また来たのか、あんたも好きだねえ」
 「……そのまま返すぜ、俺のこと言える立場じゃねえだろ?」
 「カカ。博打はやめらんねえな。俺ァこれで稼いでんだ———勝ってもその分、ウマですっちまうんだけどよ」
 すきっ歯を剝きだして笑う彼は、近くの工事現場で日雇い労働をしている気の良い魔族だ。たびたび黄ノ下と賭場で顔を合わせるため、種族は違えど交流を持つようになった。
 盛り上がった筋肉でボタンの飛びそうな作業着。あまり清潔とは言い難いむさ苦しさに、黄ノ下はヒーローになる以前住んでいた故郷を思い出して肩の力を抜く。
 「ガイさんよぅ、んじゃ今日は非番か?また頼みてえんだけど」
 「カハハ!マジか!こっちも万年金欠でな。助かるぜ」
 オーガの青年を手招きしてかがませ、作業着の胸ポケットに札束を突っ込む。
 頼みとは、一言で言えば護衛。用心棒のことだった。
 魔界と人間界が和平を結んだとはいえ、魔界側に人間がやって来る機会はまず無いに等しい。人型の魔族もいないことはないが、魔女や吸血鬼といったハイソな連中は治安の悪いスロット屋にはやってこない。
 魔族とヒトの体格差は著しい。賭場で儲けたとして配当金が正しく黄ノ下に与えられるかはその日の用心棒にかかっていた。
 一度儲け目当ての追い剥ぎに追われ、タコ殴りの末身ぐるみ剥がされた黄ノ下は、以来体格の良い魔族を見繕ってその日の相棒を頼むことにしている。負ければワンカップで飲んだくれ、うまく稼げた日は用心棒役と連れだって繁華街での飲み食いを楽しんだ。
 ———このオーガは良くも悪くもあっさりした性格をしていて過剰にチップを要求しない。用心棒役としては適役なのだ。
 「ただ、いいのかい」
 「ア?何が」
 「またお迎えが来ちまうんじゃねえか?」
 オーガの問いに舌打ちが溢れる。
 「あのな」
 黄ノ下は相手の襟首を掴んで自分の目線まで引き下ろした。

 「俺ぁもうままごとに付き合ってられる年じゃねえんだ。博打、酒、女!囲い込まれて飼い犬なんてまっぴらなんだよ!あの合金野郎の実験体で終わるわきゃいかねえの!」
 「それで一発当てて逃亡資金稼ぎってか。何でもいいが、俺が逃げる時間くらいは作ってくれよ?キイロはまた捕まりゃいいけど、俺みたいな下っ端はぶっ殺されるしかねえからなあ」

 からから笑う異種族に膨れあがる苛立ちをどうにか抑え込む。キイロというのはイエローからとった偽名だ。黄ノ下は不機嫌そうにくすねたスキットルをあおり、男を連れ立って店内へと入っていく。とにかく今はスロット台の光を浴びたくて仕方無い。最早鬱憤晴らしができるのはこの店ぐらいだという事実から目を逸らすためにも、早くあいつの金をすって遊びほうけなければ———。

 予定調和と言うか、やはり迎えは現れた。
 連れの用心棒は銀玉を山と積んだケース諸共とんずらこいた後で、小柄な黄ノ下は舌打ちを止めることができない。綺羅めくスロットが立ち並ぶ中、先ほどまで魔族達でごった返していた店内は人っ子一人いなくなってしまった。
 今や吸う者のいない隣の台のシケモクを拝借して、イエローは最後のゲームに挑む。
 ぢりぢりぢり!じゃらっじゃらららららら。
 「当ててみよう。今君はとても不快な気持ちになったね」
 ぢゃららららら!!かっくへーん!づるるるる。
 「合点がいかないな。折角迎えが来たというのに何故だ?」
 ぢりんっ!ぢりんぢりんぢりいいイイイイイイ!!
 ばきょ、と妙に間抜けた破壊音をたててスロットマシンが折半された。
 「話を聞きたまえ」
 白銀の腕が黄ノ下の背後から伸びて、強制的にゲームを終了させる。
 うまい具合だった賭けは頓挫させられ、海辺と美女のアイコンはひび割れた画面の向こうにブラックアウトしてしまった。ぶすぶす煙を上げて沈黙する遊戯台にいよいよ青年の顔が渋くなる。

 回転椅子を捻り、振り返ると———黄ノ下は鉄仮面に向かって吠えかかった。
 「何だ何だ、何ですかあ?魔王軍幹部のリッヒェさんは俺がいねえと便所もろくに行けねえ鼻垂れだって言ってるんですかクソ野郎?」
 「ああ、怒っているな。なるほど非合理的な感情だ。エネルギーの無駄……」
 「喧嘩売ってんのかって言ってんだよこの××××!」

 リッヒェは白衣を揺らして黄ノ下に近づき、その頬を掬いあげる。どこか恍惚とした興奮を駆動音の歪みに表しながら、狂犬の口に鉄仮面で口づけた。
 「んぶっ!?……ってぇな!?何の真似だ!!」
 「……?」
 それはキスに似て、しかしそれではない動きだった。勢いがつきすぎていて、黄ノ下の上唇は前歯とリッヒェの合金に挟まれ殴打を受けたに等しい。不思議そうに首をかしげたリッヒェは、抗議の声をあげる黄ノ下の襟首を掴むともう一度、キスまがいの頭突きを食らわせた。

 「ぎゃんっ!!ぐえっ」
 「……?おかしいな。君の心理的負担が急増している」
 「いっでえんだよ、当たり前だろうが!」
 「ヒトの求愛行動は口吸いから始まるのではなかったか?それにより発情体制に移行するのでは?」

 またこの鉄仮面は頓珍漢なことを口走り始めた。黄ノ下は切れてじんじん痺れた唇が再生するのを舌で舐め取り、今日一番苦々しい顔で男を見上げた。
 「キスのつもりだったってのか?このホモ野郎、他所で腰ふってこいよ」
 「君でなければ意味が無い。そもそも私ほど完成された生物になると、種の保存のための繁殖行為は必要が無いんだ」
 強烈な揶揄のはずだったのだが、全く通じない。合金怪人は馬鹿真面目に応答し、カウンター椅子に腰掛けて唸る黄ノ下の腰に手を回しだした。待て待て待ってくれ。その気の無いイエローはのけぞって全力で抵抗する。当然だ。イエローは自他共に認める女好きである。それ以前に種族が違う。

 「やめろっつってんだろ!」
 「カエデ、大丈夫だ、君は雄だが擬似的に繁殖行為をすれば丸く収まる筈だ。上下関係を理解できる。私という主人に対して家畜のように従順になれるだろう……今の君は少々飼いにくいから」
 「喧嘩売ってんだろ!?喧嘩売ってるよなあ!」

 未だ理解に苦しむ状況に今度は黄ノ下がおののく番だった。
 そう、脳みそを弄くり回されてチップを埋め込まれたあの日から、振り回されていたのは意外にもリッヒェのほうだ。
 脆い黄ノ下の人体を手加減できずに幾度も破壊し、はじめ黄ノ下楓の体は再生を繰り返させられた。リッヒェが想定していたよりも人間の脳は容量が小さく、あまりに耐久性に欠けていたのだ。怪人の意識とイエローの意識を同期させようとすればあっという間にヒトの脳がオーバーヒートしてしまう。
 様々に人体実験を試みた結果、やがて怪人は飼い人との脳幹同期が不可能と判断した。

 ———そこで妥協案。容量不足で同期が難しいのならば、黄ノ下の脳波を受け取って、リッヒェがその感情を追体験すればいい。

……それからリッヒェの世界は、キノシタカエデによって一変した。生命体として完璧であるが故にあらゆる生理に疎かった彼は、生まれて初めて感情と欲に触れる機会を得たのである。
 やがてリッヒェは反発を繰り返す黄ノ下の機嫌をどうにかとろうと躍起になっていった。肉体を破壊されないことに味をしめた黄ノ下は、隙を見ては脱走して野に下ってしまう。連れ戻しては脱走され、二人は追いかけっこを繰り返した。

 そんな折、合金鉄仮面怪人のもとにある噂が届いたのだ。
 「オーガの首領大バルドが、ブルーを飼い慣らして番いにした」という噂であった。
 実際部下に密偵をさせて驚いたことには、あの強つくばりで誰をも信用しなかったオーガが、自分の屋敷に奴隷を連れ込み甲斐甲斐しく世話をしている。数多く侍らせていた愛人ですら立ち入らせなかったという豪奢な屋敷に、元がつくとはいえ仇敵を囲っているのだ。
 以前のバルドを知る者は皆気でも狂ったかと口々に言い合ったが、同じ幹部位につくリッヒェとしては妙に納得させられるものがあった。ヒーロー達は誂えたように幹部達の執着する対象になり、幹部の関心を一身に引き受けている。根拠には乏しいが魔水晶共に選定されたヒトだ。恐らく彼らは唯一無二であり、代えが効かない。
 色惚けていても特定の番いを持たなかったバルドが、当然のように伴侶として迎え入れたブルー。狂うだけの魅力を、バルドはあのヒトに見出している。

 ———同じように。なんでも壊してしまう自分が、どうしても壊しきれなかったイエロー。
 何度殺しても蘇り、歯向かってくる初めての生命体。
 胸の内にある、そこにはまるしかない穴に、彼はうっとりするほど隙間無く収まった。

 目の前で子犬のように喚くカエデからは成体になりきらぬ未熟さが窺える。15のまま時を止められた歪な魂。必死に生存競争を勝ち抜いてきたであろう小柄な体躯。育ちきらぬ幼体は躾の時期をとうに過ぎて、主人に対する接し方もわからない駄犬に成長していた。だというのに、どうしてか彼はリッヒェの心を掴んで離さないのだ。
 両腕を拘束し、荒れた金髪におそるおそる口づける。粗悪なやに臭さが擬似嗅覚に訴えかけた。触れるだけだというのに昂揚を抑えられない。

 はやく「更新」してきた情報で、この跳ねっ返りと戯れて遊びたかった。

 「カエデ、家に帰ろう。金なら腐るほど用意した。金が好きだろう?」
 「金だけあったって仕方ねえし、俺ん家じゃねえし……おい離せ、くそ!この×××野郎!!」

 冷え冷えとする金属体がイエローを抱きすくめる。有無を言わさぬ力で、テレポートの発する魔力光が二人を包み込んだ。新台の上には灰皿と、かすかに煙る安煙草が残された。
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