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群青出奔:ブルー編
春はとうに
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扉を開けて最初に見えたのは、大鬼の赤くごつごつした手であった。俵抱きにされた主人がソファに放り捨てられ、次に仕事着のままの息子が筋肉に隆起した肩へと担ぎ直される。
夢魔の族長が棲まう屋敷で、オーガ族の男は余計に体格が大きく見えた。
「おうババア、寝室はどこだ」
「…………。こちらです」
———夜更けである。リリスの領地に太陽は無い。窓の外には鈴なりになった洋燈の彩る常夜の世界が広がっている。室内はシャンデリアの灯りで全体が過不足なく照らされているけれど、空間に影ができないことが雪乃にはいつまで経っても奇妙であった。
「驚いたか。源氏名使うなんて馬鹿な真似させてなきゃ、完璧な家出だったろうけどなァ」
到底面積の足りない椅子をよけ、息子の夫は引き倒した書棚に腰掛ける。雪乃はため息をついてテーブルウェアを移動させた。燭台が倒れなかったのは幸いだ。
「不躾な方。せめて足を降ろしなさい」
「イ、ヤ、だッねェ~!!茶ぁしばいてる暇はねえんだよ。さっさと証文出せや」
「渡したらどうなさるの」
「即刻焼き払う。あいつらを連れて帰らせてもらう」
野蛮な男だ。しかし言葉の割に、すぐ手を出してこないところはまだ理性があるのだろう。
「……しかし、いい皮してるなァ、婆さん」
女の顔が曇る。雪乃は被っている肉の頬を指で摩った。
「借りているだけです。……返し方が、わからないだけで」
「リリスも悪趣味なことしやがる。俺様もあんたを哀れに思ったよ。恩を仇で返されてこのザマだが」
不貞腐れたようにバルドが詰ってくる。酒はあるかと聞いてくるので置き場所がわからない旨を伝えると、シガーケースから葉巻を出して徐にその首を落とした。禁煙だと伝えても無駄だろう。
「……あれは」
「は?」
「ダゴンだよ。どうしてる」
些かの間があった。雪乃は細い目を少し意外そうに見開き、簡潔に事実を伝える。
「……とても元気ですよ。毎日授業と、剣技のお稽古をして」
「ふん。やっぱりか。……完治もしてねえ癖に聞かねえ奴だな……」
「……あの子はどこかに怪我を?」
「ダグじゃねえ、清一の方だ。左の腿。付け根が今少し、植わりが甘い」
舌で転がした煙が吐かれ、空に撒かれる。煙の向こうで大鬼の影がこちらを睨みつけていた。
「わかるか?あいつは今、万全じゃ無い状態で用心棒だの剣の師匠だのやってんだよ。誰かさんが手引きしたお陰でな」
「………………。」
オーガの地獄から響くような銅鑼声が、雪乃を暗に責めている。それは構わなかった。この流れは当然だ。電話越しに幾度も聞いた決まり文句。
「……そうではないでしょう」
「…………あ?」
「貴方はいつもそう言ってあの子を家に閉じ込めようとするけれど、私には軟禁までする必要があるように思えない。———清一の左足の後遺症は八歳の頃からあるものよ。日常生活どころか、あんな荒事まみれの仕事だって平気でこなせるくらい回復しています。……完治するまで十年だったかしら?随分曖昧な数字だけど、どちらのお医者様が診て下さったの」
「うちの主治医にケチつける気かぁ?呼びつけて証言させたっていいんだぜ」
「あまり信用できないわね。貴方の抱え込んでいる医者だもの、雇い主との打ち合わせ通りお話してくれるに決まっている」
鬼面が歪む。首を傾げて睨め上げるようにこちらを見る金の瞳に、吹けば飛びかねない真白き矮躯が映っている。
「あの子がどうしたいかはきちんと聞きましたか?勝手に決めて、生活を管理して、それでいいと思っているの?———私には、何より貴方に話を聞いてもらえないことにあの子が傷ついているように見えたわ」
「…………」
女の目に燭台の灯りが反射して、炎のゆらめきに合わせて力強く揺れた。細い魔女の肉に押し込められたさらに弱々しいはずの彼女は、漲る筋肉達磨の大鬼に対して一向に矛を収める気は無さそうである。
「理由があるのならきちんと伝えなさい。気にかけているのならそれを言葉にする努力を惜しまないで。……それができるまで、貴方との契約書をお渡しすることはできません」
長い沈黙があった。バルドはしばらく呆然と目の前の女を見つめていたが、やがてぎちぎち鳴るほど歯を食いしばり、渋面で視線を彷徨わせたのち大きな大きな舌打ちをした。
「ケッ!!ズケズケ言いやがって、こっちにも色々あるんだよォ!!」
「子供のような言い方をなさいますけど、貴方は私の倍以上生きてらっしゃるのよね。みっともないとは思わないのですか?」
「ハーッ!!うるせえうるせえ!!クソッ!リリス!!ザル通り越してワクの癖しやがって、伸びてんじゃねえ!!てめえの侍従なんとかしろ!!」
「私は言い負かしたい訳では無いんですよバルドさん、ただ、家族に対する扱いはやがて自分のところに帰ってくるのです。わかりますか」
「ああああああ!!!誰が言い負かされたって!?クソったれ!!おいダゴン出てこい!!お前の親父が迎えに来たぞォオ!!」
「おやめなさい!寝ているところを無理やり起こすなんて、可哀想でしょう!!」
「んぁ~、ねえどうしたの?うるさ……父上だ!!父上~!!」
「うあ……喧嘩、喧嘩はだめら、ぁ~……っ!!ング……」
「おうおう帰るぞてめえら……ギャアァアア!!仮面はつけたままにしろッ!!」
寝惚けて仮面を外した清一と何も知らない息子に抱きつかれ、バルドの巨体が契約違反に白く燃え上がる。
大鬼はいたく悔しそうに、しかし苦々しい顔で捨て台詞を吐いた。恨みがましげに雪乃を指差して曰くこうだ。
「一ヶ月だ!覚えてろ……一ヶ月後に迎えに来る。絶対にだ」
白いレースが織り込まれたドレスの裾を持ち上げ、可憐な魔女が困ったように首を傾げる。
「……特にいつ連れて帰っても構いませんよ」
「なに。本当か?」
「ええ。つきましては本人たちと話し合いを。息子の外出許可と孫への剣術指導を書面でお約束して頂ければ」
「カ~~~ッ!!ふざけんじゃねえ!!そんな危ねえ許可が出せるか!!」
「は……?」
「いいか、きっかり一ヶ月だ!……おいダゴン。離せ、動けねえ」
父親の腰にくっついていた幼子の肩が跳ねる。そろそろと腕を離し、所在なさそうに視線を彷徨わせ、そして寂しそうに返事をした。
「…………う、うん。あ、えとっ、……はい……。」
まだ短めの角が下に傾くほどしょげかえっているように見えた。他にかける言葉はないのか、雪乃が口を開きかけたその時だ。おもむろに、バルドの右腕がダゴンの顔に伸びた。
「……おい」
「えっあ、え?父上……あの……」
「こりゃなんだ」
子オーガの顎の下には絆創膏が何枚か繋げて貼り付けてある。治癒魔法が使えるリリスが帰ってくる迄の間、切り傷を覆うだけの簡単な処置をしていた。当の魔女はソファにひっくり返って夢の中だ。ダゴンは恥ずかしそうに視線を落とす。
「先生の授業の後、稽古の復習してたら転んじゃって……」
「ふぅん。男前になったじゃねえか」
「……!!え、そ、そう?」
「ああ、いいツラになってきた。指の皮削って頑張ってるみてえだな」
「!!そう、そうなんです!母上に毎日みてもらって、すごく上達したって褒めてもらったんですよ!!こんなでっかい岩も粉微塵です!!」
オーガ族の厳しい顔が年相応に緩む。全身で喜びを表している息子の頭を撫でながら、この父親はダゴンには見えないように雪乃の方へ勝ち誇った笑みを向けてきた。中指を立て長い舌を出す顔面は凶悪だが言動が余りに子供じみている。彼は今年で350歳になると聞く。雪乃は小さく首を振り、嘆息した。しみじみとアクの強い男だ。
「じゃあな糞婆。今日のところは見逃してやる。せいぜい孫との短い交流を楽しんでおけ……、よ……。」
感激してはしゃぐダゴンと一度角をぶつけ合い、大鬼は玄関口へ向かおうとしたが何者かにそれは阻まれた。
少し遠慮がちに父親を見送ろうとしていたダゴンとその背に手を当ててやっていた雪乃も同時に足元を見る。……魔王軍幹部服の裾口に、ひしとしがみついて止める者がいる。
「帰っちゃヤダ!!」
「…………。」
「…………清い、……奥様」
ダゴンがしゃがみ込んでオロオロと視線を彷徨わせている。母上どうしたの?どうもこうも、酔っ払っているだけですよ。安心なさいと雪乃がフォローを入れるが、肌蹴たシャツに火照ってのぼせたような姿は非常に残念なものがあった。普段の生真面目な姿からは到底想像のつかない域に突入してしまっている。
「だめ、らろ……なぁ!!でっかいケーキ、あまっちゃうだろうが!!」
「お、おい落ち着け」
「だいひゃい、いっつも、いっつもしごとしごとで!!誕生日らぞ!!だぐとしごとと、どっちがぁ大事なんン……ッ!!」
「は、母上……僕は大丈夫だから……」
「大丈夫らないッ!!!全然大丈夫じゃなぁッッッ!!むなぁあ……mフィjのpぁッ!!」
最後の方は何をいっているか聞き取れなかったが、ピラニアのような執念でバルドの足元に食らいついたまま何事か文句を言い続けている。
「お前らが一番だっつってんだろうが!!あの日は本当に空けておいたんだ!!」
「ンンンンん!!アグぐ……」
「ズボンの裾なんぞ噛むな、汚ねえな!魔傷風になるぞ!!」
もちゃついている二人は見ていなかっただろうが、少し遠目に様子を伺っていた雪乃にはダゴンの耳が赤く色づいたのがよく見えた。妻の仮面がうっかりズレるたび小刻みに表面を焦がされるオーガ族の長はなりのわりにちっとも恐ろしく見えない。三人の邪魔をせぬように、雪乃はその場を後にする。今更ひとり泊めたところで気にするリリスではないだろう。寝具と、彼のサイズに合う着替えがあればいいけれど。
「…………やだ、ですって。駄々をこねたわ、……あの子が……。ふふ……本当に、お節介だったかしらね……。」
———明日の朝、息子に話をしてみよう。思ったより少し早めに屋敷が静けさを取り戻しそうで、雪乃は寂しげに眉尻を下げた。
夢魔の族長が棲まう屋敷で、オーガ族の男は余計に体格が大きく見えた。
「おうババア、寝室はどこだ」
「…………。こちらです」
———夜更けである。リリスの領地に太陽は無い。窓の外には鈴なりになった洋燈の彩る常夜の世界が広がっている。室内はシャンデリアの灯りで全体が過不足なく照らされているけれど、空間に影ができないことが雪乃にはいつまで経っても奇妙であった。
「驚いたか。源氏名使うなんて馬鹿な真似させてなきゃ、完璧な家出だったろうけどなァ」
到底面積の足りない椅子をよけ、息子の夫は引き倒した書棚に腰掛ける。雪乃はため息をついてテーブルウェアを移動させた。燭台が倒れなかったのは幸いだ。
「不躾な方。せめて足を降ろしなさい」
「イ、ヤ、だッねェ~!!茶ぁしばいてる暇はねえんだよ。さっさと証文出せや」
「渡したらどうなさるの」
「即刻焼き払う。あいつらを連れて帰らせてもらう」
野蛮な男だ。しかし言葉の割に、すぐ手を出してこないところはまだ理性があるのだろう。
「……しかし、いい皮してるなァ、婆さん」
女の顔が曇る。雪乃は被っている肉の頬を指で摩った。
「借りているだけです。……返し方が、わからないだけで」
「リリスも悪趣味なことしやがる。俺様もあんたを哀れに思ったよ。恩を仇で返されてこのザマだが」
不貞腐れたようにバルドが詰ってくる。酒はあるかと聞いてくるので置き場所がわからない旨を伝えると、シガーケースから葉巻を出して徐にその首を落とした。禁煙だと伝えても無駄だろう。
「……あれは」
「は?」
「ダゴンだよ。どうしてる」
些かの間があった。雪乃は細い目を少し意外そうに見開き、簡潔に事実を伝える。
「……とても元気ですよ。毎日授業と、剣技のお稽古をして」
「ふん。やっぱりか。……完治もしてねえ癖に聞かねえ奴だな……」
「……あの子はどこかに怪我を?」
「ダグじゃねえ、清一の方だ。左の腿。付け根が今少し、植わりが甘い」
舌で転がした煙が吐かれ、空に撒かれる。煙の向こうで大鬼の影がこちらを睨みつけていた。
「わかるか?あいつは今、万全じゃ無い状態で用心棒だの剣の師匠だのやってんだよ。誰かさんが手引きしたお陰でな」
「………………。」
オーガの地獄から響くような銅鑼声が、雪乃を暗に責めている。それは構わなかった。この流れは当然だ。電話越しに幾度も聞いた決まり文句。
「……そうではないでしょう」
「…………あ?」
「貴方はいつもそう言ってあの子を家に閉じ込めようとするけれど、私には軟禁までする必要があるように思えない。———清一の左足の後遺症は八歳の頃からあるものよ。日常生活どころか、あんな荒事まみれの仕事だって平気でこなせるくらい回復しています。……完治するまで十年だったかしら?随分曖昧な数字だけど、どちらのお医者様が診て下さったの」
「うちの主治医にケチつける気かぁ?呼びつけて証言させたっていいんだぜ」
「あまり信用できないわね。貴方の抱え込んでいる医者だもの、雇い主との打ち合わせ通りお話してくれるに決まっている」
鬼面が歪む。首を傾げて睨め上げるようにこちらを見る金の瞳に、吹けば飛びかねない真白き矮躯が映っている。
「あの子がどうしたいかはきちんと聞きましたか?勝手に決めて、生活を管理して、それでいいと思っているの?———私には、何より貴方に話を聞いてもらえないことにあの子が傷ついているように見えたわ」
「…………」
女の目に燭台の灯りが反射して、炎のゆらめきに合わせて力強く揺れた。細い魔女の肉に押し込められたさらに弱々しいはずの彼女は、漲る筋肉達磨の大鬼に対して一向に矛を収める気は無さそうである。
「理由があるのならきちんと伝えなさい。気にかけているのならそれを言葉にする努力を惜しまないで。……それができるまで、貴方との契約書をお渡しすることはできません」
長い沈黙があった。バルドはしばらく呆然と目の前の女を見つめていたが、やがてぎちぎち鳴るほど歯を食いしばり、渋面で視線を彷徨わせたのち大きな大きな舌打ちをした。
「ケッ!!ズケズケ言いやがって、こっちにも色々あるんだよォ!!」
「子供のような言い方をなさいますけど、貴方は私の倍以上生きてらっしゃるのよね。みっともないとは思わないのですか?」
「ハーッ!!うるせえうるせえ!!クソッ!リリス!!ザル通り越してワクの癖しやがって、伸びてんじゃねえ!!てめえの侍従なんとかしろ!!」
「私は言い負かしたい訳では無いんですよバルドさん、ただ、家族に対する扱いはやがて自分のところに帰ってくるのです。わかりますか」
「ああああああ!!!誰が言い負かされたって!?クソったれ!!おいダゴン出てこい!!お前の親父が迎えに来たぞォオ!!」
「おやめなさい!寝ているところを無理やり起こすなんて、可哀想でしょう!!」
「んぁ~、ねえどうしたの?うるさ……父上だ!!父上~!!」
「うあ……喧嘩、喧嘩はだめら、ぁ~……っ!!ング……」
「おうおう帰るぞてめえら……ギャアァアア!!仮面はつけたままにしろッ!!」
寝惚けて仮面を外した清一と何も知らない息子に抱きつかれ、バルドの巨体が契約違反に白く燃え上がる。
大鬼はいたく悔しそうに、しかし苦々しい顔で捨て台詞を吐いた。恨みがましげに雪乃を指差して曰くこうだ。
「一ヶ月だ!覚えてろ……一ヶ月後に迎えに来る。絶対にだ」
白いレースが織り込まれたドレスの裾を持ち上げ、可憐な魔女が困ったように首を傾げる。
「……特にいつ連れて帰っても構いませんよ」
「なに。本当か?」
「ええ。つきましては本人たちと話し合いを。息子の外出許可と孫への剣術指導を書面でお約束して頂ければ」
「カ~~~ッ!!ふざけんじゃねえ!!そんな危ねえ許可が出せるか!!」
「は……?」
「いいか、きっかり一ヶ月だ!……おいダゴン。離せ、動けねえ」
父親の腰にくっついていた幼子の肩が跳ねる。そろそろと腕を離し、所在なさそうに視線を彷徨わせ、そして寂しそうに返事をした。
「…………う、うん。あ、えとっ、……はい……。」
まだ短めの角が下に傾くほどしょげかえっているように見えた。他にかける言葉はないのか、雪乃が口を開きかけたその時だ。おもむろに、バルドの右腕がダゴンの顔に伸びた。
「……おい」
「えっあ、え?父上……あの……」
「こりゃなんだ」
子オーガの顎の下には絆創膏が何枚か繋げて貼り付けてある。治癒魔法が使えるリリスが帰ってくる迄の間、切り傷を覆うだけの簡単な処置をしていた。当の魔女はソファにひっくり返って夢の中だ。ダゴンは恥ずかしそうに視線を落とす。
「先生の授業の後、稽古の復習してたら転んじゃって……」
「ふぅん。男前になったじゃねえか」
「……!!え、そ、そう?」
「ああ、いいツラになってきた。指の皮削って頑張ってるみてえだな」
「!!そう、そうなんです!母上に毎日みてもらって、すごく上達したって褒めてもらったんですよ!!こんなでっかい岩も粉微塵です!!」
オーガ族の厳しい顔が年相応に緩む。全身で喜びを表している息子の頭を撫でながら、この父親はダゴンには見えないように雪乃の方へ勝ち誇った笑みを向けてきた。中指を立て長い舌を出す顔面は凶悪だが言動が余りに子供じみている。彼は今年で350歳になると聞く。雪乃は小さく首を振り、嘆息した。しみじみとアクの強い男だ。
「じゃあな糞婆。今日のところは見逃してやる。せいぜい孫との短い交流を楽しんでおけ……、よ……。」
感激してはしゃぐダゴンと一度角をぶつけ合い、大鬼は玄関口へ向かおうとしたが何者かにそれは阻まれた。
少し遠慮がちに父親を見送ろうとしていたダゴンとその背に手を当ててやっていた雪乃も同時に足元を見る。……魔王軍幹部服の裾口に、ひしとしがみついて止める者がいる。
「帰っちゃヤダ!!」
「…………。」
「…………清い、……奥様」
ダゴンがしゃがみ込んでオロオロと視線を彷徨わせている。母上どうしたの?どうもこうも、酔っ払っているだけですよ。安心なさいと雪乃がフォローを入れるが、肌蹴たシャツに火照ってのぼせたような姿は非常に残念なものがあった。普段の生真面目な姿からは到底想像のつかない域に突入してしまっている。
「だめ、らろ……なぁ!!でっかいケーキ、あまっちゃうだろうが!!」
「お、おい落ち着け」
「だいひゃい、いっつも、いっつもしごとしごとで!!誕生日らぞ!!だぐとしごとと、どっちがぁ大事なんン……ッ!!」
「は、母上……僕は大丈夫だから……」
「大丈夫らないッ!!!全然大丈夫じゃなぁッッッ!!むなぁあ……mフィjのpぁッ!!」
最後の方は何をいっているか聞き取れなかったが、ピラニアのような執念でバルドの足元に食らいついたまま何事か文句を言い続けている。
「お前らが一番だっつってんだろうが!!あの日は本当に空けておいたんだ!!」
「ンンンンん!!アグぐ……」
「ズボンの裾なんぞ噛むな、汚ねえな!魔傷風になるぞ!!」
もちゃついている二人は見ていなかっただろうが、少し遠目に様子を伺っていた雪乃にはダゴンの耳が赤く色づいたのがよく見えた。妻の仮面がうっかりズレるたび小刻みに表面を焦がされるオーガ族の長はなりのわりにちっとも恐ろしく見えない。三人の邪魔をせぬように、雪乃はその場を後にする。今更ひとり泊めたところで気にするリリスではないだろう。寝具と、彼のサイズに合う着替えがあればいいけれど。
「…………やだ、ですって。駄々をこねたわ、……あの子が……。ふふ……本当に、お節介だったかしらね……。」
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